Interlude ~傭兵稼業~
Interlude ~傭兵稼業~
ねぐらにしているホテルの屋上に迎えが来るまでもう十分もなかった。カーマインはカラーヘアワックスを髪全体に馴染ませ、即席で髪色を金髪に変えた。変装というにはあまりに杜撰だが、これで
通気性と伸縮性に優れた上等なスーツを身にまとい、動きやすく頑丈な革靴に足を突っ込む。そこらの安物で済ますわけにはいかない。戦闘時の激しい動きに耐えられる代物でなくては。
急かすように携帯端末が振動するのと屋上に着いたのが同時だった。
「どうも、ガーフィールド大佐。急を要する事態のようですね」
「ああ、交渉が難航していてね。このままでは公開処刑は今夜までに行われる」
「身代金を振り込む用意はできてるんでしょう? 自分たちから提示した五百万ユーロを蹴ってくると?」
「我々はそもそも身代金を取ること自体が奴らの総意ではないと睨んでる。誘拐実行犯たちの独断専行、裏切りじゃないかとね」
「なるほど。黒曜連合の野蛮人共のやりそうなことだ」
カーマインは吐き捨てるように言って眉間にしわを寄せた。
「身代金を払っても彼女が解放されるかは五分だと予想している。半ばビジネスとして誘拐を行う連中なら、身代金さえ払えば人質は無事に戻ってくるという信用が大事になるが、今回の相手は五百万ユーロを持って高飛びして、テロリストからも足を洗うつもりかもしれない。それなら人質を生かして帰す必要もない」
「ああ、それでポンドじゃなくユーロ……いいですね。殺しても心が痛まないクズだ」
カーマインは不敵に微笑んだ。こういう仕事こそ待ち望んでいる類のものだ。
「カーマイン、さっきも言ったように、これを頼めるのは君だけだ。奴らはこちらの交渉人が一人出向いて、直接人質の無事を確認してから送金することを承知した。だが送金が済めば交渉人も人質も殺される可能性が高い」
「おまけに誘拐実行犯が黒曜連合を裏切って身代金を要求してるなら、奴らものんびり交渉してる暇はないから、他の受け渡し方法を提案しても検討しちゃくれない。そういうわけですね?」
「そうだ。だから君に交渉人の役を頼んでる。君ならたった一人でテロリストたちに囲まれても殺されないからだ。うちの現役の隊員の誰よりも、君が適任だ」
「
「すまないな。だがこの人質は絶対に死なせるわけにはいかない。彼女の安全を最優先にするには、特殊部隊による突入よりも君一人を潜入させるべきだと判断した」
「まさか辞めてから現役時代より危ない仕事を振られるとは思いませんでしたよ」
「傭兵稼業は命に高値が付かない。わかってて転職したんだろう?」
ガーフィールド大佐が余裕の笑みを見せる。彼はカーマインがこの依頼を断らないと知っている。
「嫌だなあ。民間警備会社と言ってくださいよ」
「起業するならもっと他の道がいくらでもあったろうに」
「ご存じでしょう。これが性に合ってるんですよ」
大佐はカーマインの金髪に染めた頭から革靴のつま先までを眺めた。
「……本当に、他の道だってあったものを……」
「ちゃんと政府の人間に見えますかね?」
「ああ、ジョン・ランボーには見えんよ」
「あんたが交渉人か?」
「ああ、言われたとおり一人だ」
ヘリを降りてから、用意されていた車で郊外の指定された場所まで来たカーマインを待っていたのは、黒曜連合の構成員四人だった。
人質の姿はなし。これは予想どおりだ。
「人質の安全が確認できたら、このタブレットから指定された口座に送金する」
カーマインはブリーフケースを開けて中身を見せた。
「いいだろう。だが追跡はさせない。こっちの車に乗り換えてもらう」
カーマインが後部座席のドアを開けようとすると、車が一メートルだけ前に進んだ」
「そこじゃない。こっちだ」
一人が車のトランクを開けると、内部は全面アルミホイルのようなものが張り付けられていた。電波を遮断するための改造だ。
「用意がいいことで」
呟いたのと、カーマインの首筋に背後から強い衝撃が襲ったのが同時だった。
「あぐっ」
膝を折って崩れ落ちたカーマインは両側から抑えつけられ、後ろ手に手錠をかけられた。今では広く抜け方が知られている結束バンドなどは使わない程度にはこうしたことに慣れている連中だった。
黒曜連合の男たちはカーマインの身体とブリーフケースをトランクに放り込むと、車を発進させた。
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