9 戦士の矜持
9 戦士の矜持
「これからはおまえが女たちをまとめて指揮しろ」
ある朝突然ボスにそう命じられた。
「男女別で訓練するときはおまえが監督しろ。戦闘でも女たちは一つの分隊にまとめて、おまえに任せる」
元々少年兵の訓練は男女で別に行われることも多かった。行軍では男に負けない持久力を見せる子もいたが、腕力の差だけは埋められなかったから、例えば大口径の機関銃の運用訓練などは専ら男たちだけのものだった。その辺りに関してはボスや〈断頭〉が監督する訓練は効率的だった。限界を超える訓練を精神力で乗り越えさせようとして、結果として兵士を壊してしまうというようなことは数えるほどしか起こらなかった。少女兵たちに関しては炊事や洗濯でも忙しかったという事情もある。
「ボス、お言葉ですが、女たちの兵士としての練度は男たちに劣ります。女だけの分隊では満足な交戦能力は得られないかと」
「だが人数は九人もいる。それに何よりおまえがいる。男たちの分隊は一つ辺り精々六、七人だ。おまえと女たちの九人で、七人の男たちがやる仕事もできないか?」
「いえ、そんなことはありません」
できないという答えは選択肢になかった。私は既に戦場ではボスと〈断頭〉に次ぐ活躍をするようになっていて、その点に関しては十分な信頼を勝ち得ていた。命令を実行できなければその評価を落とすことになる。
「おまえは自由に戦場を駆け抜けてるときが一番強く、美しい。それはわかってるが、他の女たちにもそろそろ立派な戦力になってもらわないとな」
「都市への侵攻が近いということでしょうか?」
辺鄙な村ばかり襲っているのは今だけで、いずれは大きな町にも攻撃をしかけ、大量の戦利品を手にする。ボスは以前からその計画を掲げてきたが、未だにそれは実現していなかった。大方ボスが大きな標的に恐れをなしているのだろう。自分たちの得意な
「まあその時期は近づいているな」
「わかりました。そういうことなら私が彼女たちを鍛えてみせます」
口だけのボスを内心で嘲笑いながら、私はレッド隊の隊長の任を引き受けた。
さて困ったことになったな、というのが正直なところだった。指示を出すこと自体はできるだろう。元々高度な作戦を立てて戦っていたような連中じゃない。指示の内容など限られている。だが私はボスの言うとおり、単独行動で戦場を自由に駆け回って力を発揮してきた。のろまな部下を率いていたら機動力が落ちる。
それに何より、もうしばらくの間ずっと、私と他の少女兵たちとの関係は、安心して背中を任せられるようなものではなくなっていた。
今に至るまで私はボス専用の愛人で、他の男たちに犯されることは一切なかった。その特別扱いを快く思わない女の子は多かった。私だって奴らに虐げられる立場の人間に変わりないのだが、奴隷の集まりは奴隷の中にも妬み嫉みを生み出すものらしい。
ボスもそれに気づかないほどの間抜けではないと思うが、レッド隊を作ろうとする真意はどこにあるのだろう? すぐにいくつかの理由が思いつく。
まずは、レッド隊に囮分隊としての価値を見出している可能性。少女だけで固まっている一団があれば、真っ先に狙われるのは想像に難くない。戦力的に穴だと思われるし、生かして拘束できればおいしい戦利品になる。他のゲリラだろうと政府軍だろうと考えることは同じだ。あまり頭のいい作戦ではないが、そもそも頭の悪い相手に使う作戦と思えば十分にありえる。
実際拘束されて捕虜になる可能性も十分にあるわけだが、ボスからすればそう大きな損失でもない。貴重な情報を持つ少女兵などいないし、古株の二人の少女兵などは既に女として飽きられ始めていた。新顔の美形はともかく、他は死んだら代わりを補充すればいいくらいに考えているだろう。
もっとありそうなのは、少女兵たちに私を監視させようとしている可能性だ。自然の中で生きる術も戦う力も得た私が、逃亡したり反旗を翻したりすることを危惧していないはずがない。レッドがおかしな素振りを見せたら背後から撃て――少女たち全員が裏でそういう命令を受けていてもおかしくなかった。
方針が決まらないまま、初めのうちは以前と同じような訓練をさせていたが、そうしているうちにレッド隊の初陣となる日が来た。
舞台は私たちが次に襲おうとしていた集落だった。白昼堂々四台の車で乗り込んだが、そこで思わぬ反撃に遭った。
銃を持った男たちが屋外に六人。そいつらが侵入者の私たちに発砲してきた。他に外に出ている人間はいなかった。
車が次々と、粗末な家の陰に隠れるように止まる。二台に分乗していたレッド隊の面々が降りてきて車の陰に身を隠すのを確認して、私はボスの下に駆け寄った。
一瞬だけ目を閉じ、視覚とは別の感覚に意識を集中する。
感知できる範囲の屋内に、人型のルミナスがちょうど十人分。
この感覚は以前より鋭敏になっていた。力を使っているうち、ルミナスがあらゆるものに宿っているエネルギーだということが実感としてわかるようになった。石ころや土くれにも、水や空気にさえわずかなルミナスが含まれている。しかし生物――特に人間は高い密度のルミナスの塊だった。壁の向こうにいようとその存在を感じ取れる。
そこはちょうど私が誘拐された集落程度の広さで、端に近い位置からでは、私の感覚は全ての家屋の内部には及ばない。だが感知できた範囲の十人はおそらく全員大人だ。今まで見てきた子供は全員大人よりルミナスが弱かった。
「ボス、たぶんあいつら、この集落の人間じゃないです」
当然こんな芸当ができることは誰にも話していなかった。いずれ殺す連中やその奴隷に、自分の手札を晒すわけがない。だが戦闘時はそれでも共有しておくべき情報というものもある。
「だろうな。いきなり撃ってきやがった」
「それに外に女子供が一人もいないのは不自然です。奴らはおそらく先客です」
私たちとは別の反政府ゲリラ、もとい盗賊。ここが襲撃されたのが昨日か一週間前かはわからないが、若い女以外は皆殺しにされていても驚くには値しない。
言ったそばから、屋内から次々と人が飛び出し、こちらへ向かってくるのを感知した。非武装の村人なら反対方向に逃げるはずだが、誰もそちらには行かない。
「先を越されたか。なら外にいる奴らは皆殺しだな」
こうなってはレッド隊の部下たちに手柄を立てさせる余裕などない。私は足止めされたこの場から抜け出して奴らの側面に回り込みたかったが、足の遅い部下たちは邪魔になる。
「ボス、援護射撃をお願いします」
私は車の陰から飛び出して、弾除けになる遮蔽物へ向かう。粗末な家は銃弾を貫通するから、隠れても当たるときは当たる。私は命を運に任せる気はない。その先にある敵の車も、防弾仕様じゃなければ同じことだ。だがその更に倍の距離まで行けば、森に入れる。太い木の幹なら銃弾は通さない。
敵との距離は三〇メートル以上。大人より速く走る私に、この距離でアサルトライフルの連射が当たる可能性はかなり低い。しかも背後ではボスが援護射撃を始めた。敵は頭を引っ込めたのか、向こうからの銃声が一時止んだ。
だが私の背後を、走ってついてくる者がいた。
死んだ〈蛇喰鷲〉の次に年長の、〈猛牛〉と呼ばれていた少女だった。
「馬鹿! 戻れ!」
ボスの援護射撃で敵の攻撃が止むのは数秒だろう。その間に森との境目まで辿り着くのは私以外には無理だし、走る速度が遅ければ弾を食らう確率も上がる。
仕方なく、走る速度を緩めながら敵の方に銃を向ける。走りながら銃弾をばら撒いても当たりはしないが、牽制の援護射撃の代わりだ。敵の攻撃の勢いが弱まっているうちに、私と〈猛牛〉はほぼ同時に森に滑り込んだ。
身体を完全に隠せるほど太い幹の木は生えていないから、やられる前にやるしかない。ついて来て足を引っ張る〈猛牛〉を怒鳴りつける暇さえ惜しい。だが一番近い敵に照準を合わせる前に、状況のまずさを悟った。
ここまで走ってきたおかげで、集落の奥の方のルミナスの塊を知覚できるようになった。そこには更に八人がいた。こちらに向かって走ってくる、ということは敵だ。
たった二人で敵が多くいる方向へ突っ込んでしまった。ここで迎え撃つのは危険だ。今更遮蔽物のない所をのろまな部下と引き返すこともできない。森の奥に後退しながら追ってくる敵に対処するしかない。
「増援の声が聞こえた。森の奥に入るよ」
予想を超えて、敵の半数近くがこちらを追撃してきた。車の後ろに釘付けにできている相手よりもこちらの方が放置できないと判断してのことか。
危険な状況だが、敵が全員ボスの方へ向かうよりはいい。そうなるとボスが死ぬ確率が上がる。私が殺す前に奴が死ぬことなどあってはならない。
弾除けも考慮して適切な道を選んだり、切り開いたりするのは〈猛牛〉に任せ、私は応戦に専念した。二人撃ち殺した時点で相手は警戒を強め、不用意に追ってこなくなった。
相手との距離が十分に開き、緊張を解いたときだった。背後をついてきていた〈猛牛〉が私に銃口を向けた。
「振り向かないで、レッド。今あんたの背中を狙ってる。少しでも動いたら撃つ。あんたみたいに射撃が上手くなくても、この距離なら外さない」
「何の真似?」
裏切りの理由が何であれ、無言で後ろから撃たなかったのは正解だ。もしそうしていたら彼女は死んでいた。
ルミナスによって瞬間的な殺意の爆発を感知できる私には、背後からの不意討ちは通用しない。相手が銃の引き金を引く直前、私を撃ち殺すという意志が音よりも銃弾よりも速く飛んできて、全身の皮膚をぴりぴりと刺す。人間の位置がわかるときのぼんやりとした感覚をそよ風に喩えるなら、こちらは静電気のような感覚とでも言おうか。
撃つ直前のタイミングさえわかれば、むしろ距離が近い方が、瞬時に射線から身をかわすと同時に反撃できる。そのためには安定した地面に両足をつけて立っている必要があるが、その点に関しては油断していない。他の女たちから反感を持たれているという自覚がある以上、彼女らが銃を持っているときは、必ず一瞬でその場から飛び退ける、或いは先に撃てるような体勢を意識していた。例えば川を渡る必要があったなら、足場が不安定になるので〈猛牛〉を先に行かせていただろう。
「ボスの命令?」
たとえ〈猛牛〉が私を嫌っていても、この状況で殺そうとは思わないだろう。一人でこの場を切り抜けて生きて帰れると思うほど馬鹿ではないはずだ。或いはこのまま脱走するつもりかとも思ったが、それにしたってその後の展望がなさすぎる。ならば命令で動いていると考えるのが自然だ。
「……そうだよ。あんたが逃げるようなら後ろから撃てと言われてるんだ」
「逃げる? ちょっと待て。私がいつそんな話をした。追手を迎え撃ったら戻るつもりだったよ」
「嘘だ! 敵から後退するふりしてみんなから離れて、そのまま消えるつもりなんだろ」
「逃げ出してどうなる? 追われ続けるだけだ。政府軍の兵士を何人殺したと思ってる? 投降したって殺される」
「あんたは外国の人間だろ。自分の国に助けてもらえば――」
「今まで一度だって私の国の人間が助けに来たかよ? 私は死んだと思われてる。外国人だからって故郷には帰れないし、この見た目のせいで目立って、隠れ住むこともできやしない」
厳密には首都に行けばイギリス大使館というものがあると知っていたが、それは伏せておく。
「わかるだろ。私もあんたらと同じだよ。逃げ場なんてどこにもない。ここで生き抜くか、死ぬかしかない」
ゆっくりとすり足で振り向いて〈猛牛〉と相対する。もう撃っては来ないだろう。
「同じ? 違うだろ。あんたはそんなふうに思ってない」
彼女は依然として銃を下ろさず、何やら語り始めた。面倒だな。まだ敵のルミナスは探知できなかったが、このままだとすぐに追いつかれる。早めに迎撃体勢を整えたい。今すぐ彼女を殺して、ひとりで準備して戦う方がマシかどうか逡巡する。
「わかってるんだ。あんたは心の中であたしたちを見下してる。ボス専用のあんたと違って、あたしらは二十人の男たちに汚されてる。それに男たちのようには戦えない。だからあたしたちのことを陰で笑ってるんだろ」
否定して宥めることもできた。だが苛立ちを抑えるのも面倒になってきたし、それにいつまでも引き金に指をかけさせていたら、本人の意志とは無関係に暴発しかねない。その場合、「殺意」がないために私の感覚は反応しないことも考えられる。
「嘲笑ってなんかない。ただムカついてるんだよ」
彼女が瞬きしたのと同時に一歩踏み込みながら、銃身を掴んで銃口を向けられないようにする。暴発させて追手に場所が悟られないよう、速さと慎重さの両方が必要だった。その状態で一睨みすると、彼女は引きつった表情で銃を手放した。
私は空いた左手で彼女の首根っこを掴んで持ち上げ、近くの木にその身体を押し付けた。
「ああそうだよ。私はあんたらを見下してる。けどそれは、何十の男に犯されてるからでも、弱いからでもない。私が見下してるのは、このくそったれな国の人間全部なんだよ。無知で野蛮な救いようのない腐った国の、どうしようもない国民たち。二十一世紀も後半だってのに、未だに自分の国さえ平和にできずに殺し合い続けてる馬鹿ども。それがおまえらだ。おまえらを自分と対等だなんて思うわけねえだろ! 見下して何が悪い!」
差別的だと糾弾する者もいるだろう。だがそれの何が悪い。綺麗事を抜かす連中は、私と同じ目に遭っても奴ら野蛮人を同じ人間だと思えるか? そんなはずがない。
「それでも、生きるためには手を組むしかないんだ。自分を見下す人間とは協力できないって言うなら、ここで死ね。なんなら敵に撃たれる前に私が楽に殺してやる」
彼女の首を掴んだまま身体を持ち上げると、呼吸ができない苦しさで暴れ出し、蹴りが私の脛や腿を打った。だがそんなものは痛くもかゆくもない。
「どうだ。生きたいか、死にたいか」
手を放すと、彼女は四つん這いになって激しくむせた。私は既に敵が接近するのを感知していた。彼女に生きようという意志がないなら、足手まといはさっさと始末して一人で迎撃しなければ。
「死にたくない……けど、こんな所で生きていたくもない」
それは彼女だけではなく、少女兵全員に共通する思いだったろう。
「こんな毎日が続くなら、あたしたちは何のために生きるの?」
私には復讐という明確な目的がある。だが彼女たちには戦う理由が何もない。復讐を終えた私には帰る故郷がある。だが彼女たちの中には既に帰る場所を失った者もいる。
「死にたくないなら、理由はそれだけで十分だよ。少なくとも今は。他の理由は、この場を切り抜けてから探しな」
彼女たちには未来の展望が何もない。死への恐れだけに衝き動かされてここまで生きてこられたのだとしても、それがいつまでもつかはわからない。
「私の合図で援護の弾幕を張れ。そのとき以外は身を晒すな。協力すれば私が必ず奴らを蹴散らす。あんたは死なせない」
無事に追手の六人を始末すると、私たちは来た道を引き返した。
「昔の自分なら、どっちを見ても同じ風景に見えただろうね。この森を迷わずに戻れるなんて、考えられなかった」
そうした成長は私にとっては価値がある。だが部下たちにとって、それがどれほど意味のあることだろう。
彼女たちに何か、戦う目的を与えられないだろうか。
私が復讐のために生きていることを伝え、それに協力するよう呼びかけることも一瞬頭をよぎったが、やはりその選択肢はない。彼女らをそこまで信用するのは危険すぎる。
それに何より、私の復讐は私のものだ。獲物を誰かに渡す気はない。
「私だけじゃない。〈猛牛〉には負けるけど、みんなこの一年で強くなった。力を合わせれば、男たちに負けない手柄を挙げることもできるようになる。そうすれば待遇も変わるかもしれない」
結局私に言えたのはその程度の、気休めにもならない希望だけだった。
「それにどんなに辛くても、私は惨めな奴隷のまま死にたくない。強くなれば、たとえ毎日男の玩具にされていても、自分は誰にも負けない戦士なんだって思える。私は死ぬときは、奴隷じゃなく戦士でいたい」
「……あたしはあんたとは違う。そんな戦士にはなれないよ」
「特別な強さなんてなくても戦士にはなれる。戦って何かを変えようとする意志がある人間を、戦士と呼ぶんだ」
だから私は最初から戦士だった。レッドという名前を与えられる前からずっと。ロゼリア・ライヴリーという名前を奪われる前、両親を殺され、凌辱されたあの日から、変わることなくずっと。
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