いちばん強い奴。
天皇は俺
いちばん強い奴。
ピン球が跳ねる音。
額の汗。
やけに遠く感じる女子たちの歓声。
そのどれもが、俺の内臓をチリチリと焦がしていく。心地良い。
俺、伊藤怜恩は口角を上げながら、冷静に来たボールを返して行く。
ラケットがボールを打つ音が、周囲にこだまする。
ここは、世界卓球連盟の会議室。
大理石で作られた荘厳な部屋だ。
奥側の壁に掛けられた時計は午前10時弱を示している。
会議室には数多の死体がある。
全て、眉間に空けられた風穴が死因だ。
そう、俺のスマッシュが、だ。
目の前の敵は世界卓球連盟の最高責任者・ニシコリだ。
だが、最高だからといって、最強な訳ではない。
俺が一度スマッシュを打てば、眉間に大きな風穴が空くだろう。
俺とクローン水谷との激しい闘いの余波として、世界は大混乱に見舞われた。
当たり前だ。プレートが一つ抜ければ、災害の一つや二つ起こるだろう。
その混乱に乗じて、俺は世界中の卓球プレイヤーを屠っていった。
あれから2年。
卓球プレイヤーの数は減少の一途を辿っていた。
卓球プレイヤーが増える割合より、俺が殺す割合の方が圧倒的に上だからだ。
そして現在、現存しているプレイヤーは目の前のニシコリ、ただ一人だ。
最後の試合くらい手応えが欲しかった。
3分前に殺した秘書の方が強かったぜ。
俺はあくびをしながら、スマッシュを打った。
ボールは素早くバウンドし、ニシコリの額に直撃すると、脳を木っ端微塵に粉砕しながら貫通した。
卓球プレイヤー絶滅!!!!!!!!
ただ1人、俺だけを除いて。
俺は5分の達成感と5分の無情に打ちひしがれて、ただただ立ち尽くした。
自分が一番わかっていた。
俺に王者は向いていない。
俺は勝利を求めてる。
ただ、それだけだ。
俺は勝利を求めてる。
目眩がし、思わず床に座り込んだ。
それから胸から込み上げてくる何かに逆らえず、生まれて初めて泣いた。
嗚咽し、苦悶し、涙を流した。
こうなるとわかってた。
わかってて尚、
やった。やり遂げた。
悔しかった。
ただただ悔しかった。
5分ほど号泣すると、急な眠気が襲ってきた。
泣き疲れたのだ。
寝た。死んだように寝た。
稲妻が走った様な心地がして、俺は飛び起きた。
辺り一面が暗い。
俺は宇宙空間にいた。
無限に膨張し続ける黒一色の世界にポツポツと無造作に置かれた惑星の数々。
紛れもない銀河がそこにはあった。
俺はそのど真ん中でプカプカと浮かび、目の前の状況を飲み込めずにいた。
生き残った卓球プレイヤーの幻術か?
いや、確かに地球上の卓球プレイヤーは俺が根絶やしにした筈...。
俺は一つの結論...というか予測に辿り着いた。
地球上の卓球プレイヤーではない、地球外からの卓球プレイヤーだと。
実際、その予測は当たらずとも遠からずだった。
「『「『起きたようだな』」』」
なんとも形容し難い声が聞こえた。
男とも女とも若人とも老人とも違う、だが確固とした声が俺の頭の中に響いた。
それを聞いただけでわかった。
こいつは人類...いや、この銀河に存在する生物全てを超越した存在...そう、神だと。
信じられないかもしれない....。だが、俺も信じられんのだ。この存在を。理解を。
「『「『伊藤怜恩だね。』」』」
「自己紹介は招いた方からすんじゃねぇのか?」
俺は吐き捨てるように挑発したが、実際のところかなり恐怖していた。
声の震えはなんとか誤魔化せたが、股間は濡れている。
失禁したのだ。しかも5回。
この俺が...?
心では拒んでいても、全身全霊がこの存在に対する畏敬の念を示している。
示しているのだ!!!!!!!
「『「『自分も理解しているでしょ?天上天下唯我独尊。私がこの世界の創造主。いわば、神といった所かな。』」』」
随分と驕り高ぶった自己紹介が脳内にこだまする。
相変わらず、その姿は視認できない。
だが、本当は見えているのだ。
森羅万象が神の具現。目の前に広がる銀河こそが、神なのだ!!!!!
見えているのに見えていない。
未知の感覚が俺を苛み、キリキリと心を狂わす。
明らかに卓球の技や流派によるものではない。
その恐怖心が、奴を嫌でも神と認識させた。
「『「『わかってくれたかな?さて、本題に入るんだけど...この世界は卓球によって作られたのは知ってるかい?』」』」
「神話か?あんなの人間が作ったファンタジーだろ。」
「『「『考えてみなよ。人間も神話も私が創ったものだよ?わざわざ回りくどい嘘とかつく必要ある?』」』」
神は想像よりも軽い口調で話を進めた。
「『「『気が遠くなって擦り切れるくらいに昔の話さ。私は夢の中で既存の物理法則を無視したスマッシュをしてね。そのスマッシュは夢という概念、生物、万物の法則、全てを破壊し、世界は私を中心に再構築するに至った。全く面倒な話だよ。』」』」
「『「『そこでだ、私はこの世界に遊び心を一つ差し込んだ。察しの通り、私は卓球が大好きでね。この世界の生活に卓球を組み込んだ。なぁんか、世界最強の卓球選手と勝負してみたくなったからね。』」』」
「『「『君はその遊び心の成れの果てって訳。』」』」
「全部はお前の手の平の上ってか。」
「『「『酷い言い方だなぁ。僕はただ、自分を満たす対戦相手が欲しかっただけだよ。そのために世界にちょっと干渉しただけ。まさか、生命が生まれたのが地球だけだとは想定してなかったけど。』」』」
「自慢話はいい。やんだろ?卓球。とっとと姿見せろよ。さっきから脳に直接、言葉送りやがって。頭痛が酷いんだよ。」
「『「『うん、話が早くて助かる。君が世界一で良かった。』」』」
ふと、人影が無から降りてきた。
それは老婆から青年に、青年から少女に、少女から水谷に...と不規則に姿が変化していく。
さながら、ゲームのバグのようだ。
ふと、俺の右手にはラケットが握られていた。
赤いラバーが星々に光って映える。
「いいぜ、どこからでもかかって...」
爆音。
何かが弾け、砕けた様な音がした。
猛スピードで目前に迫る惑星を眼球で捉えたのは、その音がしてから約2秒後のことだった。
いや、ただの惑星ではない...
あの大きさ...!形...!
火星!!!!!!!!
凡人なら、その時点で回避動作を試みることだろう。
だが、それは凡人の思考....
俺や水谷は異なるアンサーを出すだろう。
最大威力でぶっ潰す!!!!!!!!
俺は全身に力を巡らせ、突撃に備える。
巨大な縄めいた筋が筋肉に走った。
渾身の力でラケットを振るう!!!!!!!!
風切り音に重なる風切り音。
そして、爆音。
目前まで迫っていた火星が木っ端微塵に消し飛んだ。
これは俺の必殺技・殺人スマッシュを応用して編み出した技だ。
そう、かつての部長やニシコリを葬ったあのスマッシュ。
ラケットを振るった風圧と衝撃波によって、相手の首から上を吹き飛ばすのだ。
ぶっつけ本番だった、さらなる応用と拡大。
その成功に俺は震え、絶頂した。
しかし、その快感もほんの僅かなものだった。
360度から接近する新たな惑星の数々!!!!
おぉ、見よ!!!!!!!
金星!!!!!!!!!
水星!!!!!!!!!
海王星!!!!!!!!
冥王星!!!!!!!!
土星!!!!!!!!!
天王星!!!!!!!!
木星!!!!!!!!!
太陽系惑星だ!!!!!
それらが一斉に距離を近づけてくるのだ!!!!
一体、どうすれば...!?
恐怖のあまり、俺はさらに10回失禁した。
常人なら...いや、水谷や遜でさえもこの状況に置かれたらショックで気絶するだろう。
一体、どうすれば...!?
ん...?
遜...?
そうだ、遜と戦った時を思い出せ!!
あの時も同じ状況だった。
スナイパーに周囲を囲まれた、まさに四面楚歌の状態。
そこで、俺は独楽の様に回転し、全角度からの攻撃を防いだのだった。
そうか...!
あの技を応用すれば...!!
俺は全身全霊を込めて、その場で回転...いや、見よ!!!!猛スピードを超越した猛スピードで回転することで、寧ろ静止して見える!! これぞ回転の極地!!!!超人!!!!!
迫り来る惑星の数々!!!!!!!!
おぉ!!しかし、全て俺に触れる数m手前で爆発四散!!!!!!!!
周囲に広がる、岩石の海!!!!!!!!
「『「『ん〜。中々やるね。じゃあ、こんなのはどうかなぁ。』」』」
神は人差し指を立てると、頭上でぐるぐると回した。
すると、無から這い出る様にその頭上に2つの惑星が出現する!!!!!!!!
青い惑星と赤い惑星!!!!
そう、地球と太陽だ!!!!
皆さんご存知の通り、太陽は太陽系惑星でトップの質量を持つ!!!!!!!!
そして、地球は太陽系2番目の質量!!!!!!!!
奴は、その2つを一気に俺にぶつける気だ!!
並の卓球プレイヤーなら、ショックで5万回死ぬであろう。
実際、俺も47回失禁した。
「『「『んじゃ、行くよ〜。』」』」
轟音×轟音!!!!!!!!
前方には地球!!!!後方には太陽!!!!
何ということだ!!!!あれほどの物体を同時に、真反対の方から投擲したのだ!!!!
まさに神業!!!!!!!!
ゴウゴウと喚きながら接近する2つの超巨大惑星。さながら死神の足音だ。
だが、解決策はもう出ていた。
水谷との2度の闘いを思い出してほしい。
力には更なる力を。そうして、2度の闘いに勝利してきたのだ。
現在、迫っている惑星は2つ。
そう、ご察しの通りだ。
俺は水泳選手の様に鮮やかな平泳ぎで太陽に接近し、それを掴んだ。
手の平に圧倒的なまでの熱が伝わる。
今にも焼け焦げそうだ。
しかし、日本には「病は気から」という言葉がある。
そう、日本人は気を確かに持てばどんな物理的苦痛も受け付けないのだ!!!!!!!!
俺はがっしりと太陽を掴むと、迫り来る地球をグッと睨んだ。
短く息を吸う。
全身全霊の向こう側の更に向こう側、人生の全てを放出して力を込める。
俺はいつしか恐怖を忘れ、原初的な、そして果てないあの感情に浸っていた。
ただ、勝ちたかった。
地位、名誉、存在意義。そんなものはどうでもいい。
醜くていい。不幸でいい。狂人でいい。
ただ、この一瞬。ただ、この一瞬だけは....
勝ちたい!!!!!!!!!!!!
腕の筋肉が最大級の膨張を見せ、ゴン太い筋が露出する。
もっと。もっとだ。
全筋肉から血が吹き出し、肉が裂ける。
いや、もっと。もっとだ。
皮が焼け、グロテスクな肉が顕れ、熱に焦げる。
俺は息を一つ吐いた。
そして、ハンマー投げめいてその場で3回転し、力の限り太陽を投擲した。
赤い。太陽が一段と赤く光った。
俺は、初めて何かを綺麗だと感じた。
星が終わる際に見せる、刹那の輝き。
ただ、それに見惚れた。
太陽と地球は、互いの距離をぐんぐんと縮める。
50m...
40...
30...
20...
10...
1...
衝突。
音は無かった。
ただ白い光が辺りを呑み込んで、これでもかと銀河を蝕んだ。
閃光が脳みそを焼き払い、水晶に変えた。
勝負はまだ終わらないだろう。
俺は嬉々とした。
デザートを前にした子供の様な顔で笑った。
勝負はまだ終わらない。
奥側の壁に掛けられた時計は午前10時ちょうどを示している。
会議室には数多の死体がある。
全て、眉間に空けられた風穴が死因だ。
そこに死んだ様に眠る1人の男がいた。
いや、実際に死んでいるのかもしれない。
ただ、男は幸せな醒めない夢を見ていた。
まだ午前にも関わらず、太陽が出ていなかった。周囲は暗闇と静寂に覆われている。
ふと、外から轟音がした。
何かとんでもないものが近づいてくる様な、世界の終焉めいた音。
急激に周囲が明るくなり、温度が一気に上昇を始めた。
その異常な程に白い光は、男を、周囲を、世界を包み込み、照らした。
やがて、全てに闇が訪れる。
一人の男を除いて。
いちばん強い奴。 天皇は俺 @Tabii
★で称える
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