さらに強い奴。

天皇は俺

さらに強い奴。

俺、伊藤怜恩は、まだ見ぬ決勝の相手に胸躍らせながら、闘技場にて待っていた。

目の前の卓球台は、少しずつ沈んでいく太陽に焦がされ、微妙な色彩を放っている。


観客席には、老若男女、多種多様な人種が見える。

特に目立つのは、俺の追っかけをしている低俗な女どもだ。

俺の顔がデカデカとプリントされたTシャツを着ているため、嫌でもすぐにわかる。

訳がわからん矯声をあげ、俺の一挙手一投足に頬を赤ている。


全く馬鹿な女どもだ。

俺の官能的卓球を見ることで、性ホルモンが過剰に分泌され、即死する女の数は年々増加している。

実際、準決勝でも多くの死者が出た筈だ。

それにも関わらず、奴らは歓声をあげ、死など微塵も恐れていない。

恋慕と狂気は紙一重なのかもしれない。


まぁ、全ては俺の溢れ出る魅力がそうさせているのだろう。

我ながら、罪な男だ。


しかし、妙だ。

決勝が始まるのは16時半。

だが、時刻は17時になんなんとしている。


ふと、心に一抹の不安が過った。

相手が怖気付いたのでは...?


実際、準決勝は物凄い試合だった。

命が惜しくなっても無理はないだろう。


俺の武者震いは、いつしか恐怖心からの震えとなっていた。

意気揚々と踏み込んだら階段を外されたような、そんな気持ちが俺の体を蝕んでいた。


俺は、勝利以外での自己を証明する方法を知らない。

俺は、俺の存在意義のためだけに卓球を極めたのだ。

そのために、まだ見ぬ強敵に沸いてきたのだ。


その敵が消えた今、自分に何が残るだろう。

何もない。何も残らない。

俺は勝たなければいけない

俺は勝たなければいけない


俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなければいけない俺は勝たなけ


雷鳴。

いや、正確には空中から何かが卓球台の上に落下し、その粉塵と衝撃音が舞い上がったのだ。

落下物は卓球台を真っ二つに叩き割り、そのままその場に立ち尽くした。

土煙の中でも、すぐに人影だと視認できる。


瞬時に理解した。敵だと。

つむじから踵にかけて、一本の針が刺さったような緊張と衝動が俺の中を駆ける。


自己の住処を見失い狼狽する俺の意識を現実に引き戻すには、充分すぎる刺激だった。


俺は先程と打って変わって、戦いの予感に口角を上げる。

クソが、あんま心踊らせんなよ。


「久しいな。」


人影が口を開いたのと同時に、土煙がはけていった。


俺はその声を覚えている。その顔も覚えている。

しかし、脳が理解に苦しんだ。


「どうした?死人が蘇ったような顔して?」


「なぜ、お前が...!なぜ、お前が生きている...!!?」


俺は狼狽え、そして叫んだ。

その男の名を。


「水谷!!!!!!!!」


柔和な顔立ちながら、確かな熱を灯したその目。

只者ではないアトモスフィア。


俺が殺した筈の水谷がそこにいた。


「狼狽えるのも無理はないか。確かに、水谷はお前が殺した。しかし、俺はお前に殺されていない。」


「どういうことだ...!!?」


「水谷ってのは個人の名前じゃない。団体の名前だ。お前が殺したのはその内の一体。」


「そう、俺たちは水谷。俺も彼もだ。」


俺から見て左のステージ入場口から新たな声がした。

乱入者だ。

その姿に、俺は驚愕せざるを得なかった。


俺の目の前にいるのは確かに水谷だ。

しかし、左から来た新たな乱入者も水谷だったのだ。

完全に同じ顔立ち。体系。声。


「驚いたか?勿論、双子じゃないぜ。さっきも言った通り、水谷は集団だ。そう、クローンのな。」


「オリジナルの水谷単体でお前を倒すのは不可能だと世界卓球連盟は理解していた。そこで、水谷のクローンを大量に生産した。で、生まれたのが俺ら。」


「お前が倒したのはその内の一体って訳。」


3人目...!!

俺の正面の観客席からステージに飛び降りた。


「「「「「「俺達を倒せるか?」」」」」」


気付けば、囲まれていた。

ざっと見て50体は水谷がいる。


1人1人確実に潰していかなければ....!

俺は真っ二つに破壊された卓球台の破片を手に取ると、目の前の水谷に襲い掛かる。

全筋力を乗せた渾身のスイング!!!!


「前と同じ手に乗るかよ!!!!馬鹿!!」


水谷は軽い身のこなしでそれをかわすと、別の水谷が俺の左脇腹にドロップキック!!!!


意識外からの強烈な一撃に俺の体は軋み、右方向に吹き飛ばされる!!


しかし、そこに更に別の水谷!!!!

左回転した踵が俺の体を捉え、弾く!!!!

重たい左回し蹴りを背中に受け、俺は思わず勢いよく吐血する。


右斜め上に蹴り飛ばされ、浮遊感を覚える俺に更なる連撃が襲い掛かる。


俺が蹴られると同時にジャンプしていた別の水谷が、空中で既に待ち構えていたのだ!!


祈るように握られた水谷の両拳が俺の脳天に直撃する。

ダブルスレッジハンマー!!!!!!!!


俺の体は一気に軌道を変え、地面に垂直に叩きつけられる。

コンクリート床が破壊され、巨大な跡を形成した。


連続攻撃と落下の衝撃によって大きく損傷した俺の体では、立ち上がるのも困難であった。


そこに群がる数多の水谷!!!!!!!!


「「「「「「「「死ね!!」」」」」」」」


水谷たちはラケットやガレキを持って、俺の周りに集まると、各々、俺を叩いたり殴ったりした。集団リンチとはこのことだ。


想像を絶する痛み。

俺は思わず血反吐を吐く。

全身から出血し、今にも肉が弾けんばかりだ。

観客席からのざわめきが酷く遠く聞こえる...。

意識が朦朧としていく....。


変わることのない苦痛の波。

その中で、太陽だけが変わってく。

沈んでく。

沈んでく...。


段々と痛みは消えていった。

感覚が鈍ってきたのもあるだろうが、それ以上に大きな感情が俺を蝕んでいったからだ。

敗ける。

いや、

勝者でなくなる。


それは、自分が自分でなくなるということだ。


理解し難い異質な恐怖に俺の心臓は握りしめられていた。


昔から、俺は誰にも認められなかった。


だから、認めさせた。

力で捻じ伏せて、自分を確信した。


そういう弱さが俺にはあった。

その時点でもう敗けていた。


敗ける。


敗ける。


...敗ける?


そうだ、試合が始まる前もこんな気持ちだった筈だ。


だが、水谷と相対した時、俺は本当に「敗けたくない」と思ったのだろうか?


確かに、その気持ちもあっただろう。


だが、それ以上...


理屈をひっくるめたその先に...


勝ちたいと思ったんじゃないか?


そうだ。

今だってそうだ。


勝ちたい。

訳も分からずに。


心が勝利を欲している。


勝ちたい!!!!!!!!

勝ちたいんだ!!!!!!!!


俺はリンチの中、無理矢理に体を動かし、不恰好な倒立をすると、風車のように回し蹴りをして水谷たちの攻撃を一瞬、ひるめた。


俺はその隙を見逃さずに、跳躍でその場を離れると、水谷たちから少し離れた場所に着地した。


俺は水谷を見た。

そこに言葉はなかった。

皮肉を言うでも、獣の様に吠えるでもなく。

ただ、目の前の勝利を欲した。

ただ、見た。

ただ。


「なっ.....!!?」


1人の水谷が口を開いた。


「「太陽が....!!」」


2人の水谷が口を開いた。


「「「「「「「登った!!!!」」」」」」」


全ての水谷が口を開いた。


俺の背後にはゴウゴウと燃えたぎる太陽が、最初からそこにあったかの様に鎮座していた。


俺は、全神経を両腕に集中させ、それを地面に深々と突き刺した。


かつての自分を越え、かつての自分の方法で奴に勝とう。


俺は、地面を握りしめた。

いや、地面ではない。

もっと広い概念。

そう、北アメリカプレートだ。


両腕が軋み、縄の様な筋肉が浮かび上がる。

地面が大きな音を発して割れ始め、観衆のざわめきが強くなる。


ゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウ


いずれ、地面が完全に分断され、俺の右手には北アメリカプレートが確かに握られていた。


動揺する観客たち。

狼狽える水谷。


俺は絞り出した最後の力を右手に込め、北アメリカプレートを全力で振り落とした。


観衆や水谷の悲鳴。

そして....


「はぁーッ…やぁ、らめぇ…っあぅ…ッあっ…♡ふぇ、きもち゛ぃのこわい゛ぃッ…!♡♡ぎゅ、ッて♡し゛て゛ッ♡♡もっとぉ…♡きもひ、ぃッ♡あ゛っ♡♡お゛っ、ん゛んっ!!ひっ♡♡♡ひッあ゛ああァッ♡♡♡♡あ゛ッ、んああ゛あぁッ!?♡な゛んれ♡♡イ゛ッて゛る゛のに゛ッ♡♡♡」

「ああぁっ♡ひっ…!!んんん…っ!…っ!な、なん゛でぇっ!♡すき、あぅっ!すっ、きぃ……っ♡あ゛、ぉ…っ!?♡♡やっ…あ゛ァ!!♡♡あ、あ゛ーッッ♡♡し、ぬ゛…ッ♡♡しんじゃ、あああ゛ァッ!!♡♡♡」

「あっ…♡んんん…っ!ああぁっ♡ん…っ!もっとぉ…♡きもひ、ぃッ♡もうやだ……っ!!!♡やら゛あぁッ♡♡♡んんッ…!?!?♡♡♡あ゛ッ、ん、ふぅっ♡♡やっ、な、んんん゛っ、なんかァ♡♡く、る゛…ッ♡♡♡くる、きちゃ…ッッ♡♡♡」

「んんん…っ!はぁーッ…ああぁっ♡あっ…♡むり、らからあ゛…ッ♡♡さわ、って゛ぇ…ッ♡はやく、あぅ、っ♡んぁ、あっ!!♡♡あ゛ああァっ!!!♡♡ひっ♡♡らめぇええ゛っ♡きっ♡あァ♡き、ち゛ゃうぅ゛う゛ッ!!!!!♡♡♡♡♡」


女どもの最後の絶頂。

 

酷く長く感じたその瞬間は、一瞬にして終わった。


水谷も観衆も闘技場も、周囲の何もかもが俺によってプレートの下敷きにされた。


物凄い速度で海水が迫り来る。

きっと、プレートを無理に剥がしたことで異常な現象が大量に生じたのだろう。


世界が破壊され、荒波に呑まれようとしている。


だが、何もわだかまりはなかった。


むしろ、憑き物が取れた様な異様な達成感をしめじみと感じていた。


「絶好調」


思わず、口をついた言葉の語呂の良さが気に入った。


初めて勝った。


陽は登る。

ゆっくりと

ゆっくりと

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