第三話 契約と決別

「ごめん……隠してるつもりはなかったんだ……」


 感情を押し殺して、ミューレンが呟いた。

 あまりのことに、状況を整理させてくれと申し出て、中座を許された。

 案内された小部屋で『遮音』の魔導器を作動し、何とか内緒話をできる環境を整えたわけなのだが……。


「公王陛下が、流れの占い師をしていた母を見初めて……生まれたのが私。母は寿命の違いすぎるエルフだから、私が物心着く頃には旅に出ちゃったし。私も、この耳じゃね。変な権力争いに巻き込まれるのが嫌だったから、早々に旅に出たんだ」

「驚きましたよ……本当に」

「戻る気なんて無かったんだけど、こんなルートを取るから……」


 恨めしそうに俺を睨むな。

 それより先に、聞きたいことが有るんだがな……。


「それで、お前は最初からそのつもりで、アドミランで俺に抱かれたのか?」

「そんなわけ無いだろ! 一応公女として躾けられていたから、貞操意識は他の子より高いと思ってるけど……。その……聖女様が蕩けそうな顔して、声を上げてるものだから。……そんなに気持ち良いものなのかなって、思って……つい。それだけだよ!」

「気持ち良いものなのか?」

「知りません!」


 確かめようとしたら、真っ赤な顔で拒否られた。

 本当に敏感で、しっとり肌が馴染むもんな、この抱きまくら聖女様


「避難民が耳で私に気づいたらしく、ティッカ……あの密偵の娘ね。が、先に接触してきて。帰りも、ぱんつ貸して下さいって泣きつかれたから……それで状況を察したみたい」

「生理っていうのは、本当だったのか?」

「嘘じゃないって! なんなら、見せてもいいよ!」


 見せてもらおうと思ったけど、後ろで聖女様リリアン・スウィーパーが、聖杖のフルスイングの構えをしているから、やめておこう。


「あんたたちが城に向かったあと、迎えが来て……この状態さ」


 半ば自棄になって、自嘲する。

 まあ、こいつも利用されたクチか。


「だから、勇者様は、見境なく女性に手を出し過ぎるんです! ミューレンさん、あなたもいけません。公女として躾けられているのですから、強い意志で自らの貞操を守らないから、こんなトラブルを招くのですよ!」


 などとリリアンは、したり顔で説教しているけど……。


「そのセリフって、そのまま、俺の従者となったお前を送り出す時に、天空神神殿の大司教が、言い聞かせてたセリフだよな?」

「うっ……」

「そう厳しく言い聞かされていた、お前はどうしてる? 最近は、しっくすないんとか覚えて、淫らな楽しみに耽ってないか?」

「勇者様が悪いんですよぉ! 次から次へと、私が気持ち良くなるような事をするから!」

「逆ギレすんな! お前の素質が有り過ぎるんだ」

「アハハ……二人は、どっちもどっちって気がするよ」


 腹を抱えて、ミューレンが笑い転げる。

 まあ、深刻な顔をしているよりは、笑ってる方がいい。

 それで、あの蛇みたいな妹は、一体どういう奴なんだ?


「んー。見ての通りかな。あの子の母親は、城の下働きの端女だったんだけど……。本妻に先立たれ、私の母も黙って旅立ち。その後のお父様の寂しさにつけ込んで、王妃にまで成り上がった女だもん。その血をしっかり受け継いでいるよ」

「見た目だけなら、嫋やかな美姫と言えるんだがなぁ……」

「中身は、ちょっとした妖怪だね」


 半分しか血が繋がってないとはいえ、物言いが辛辣だな。

 まあ、気持ちはわからんでもない。

 あんなの相手に、権力闘争はしたくはないだろう。


「……で、その中身はどれだけ知れ渡ってる? 特に帝国方面」

「あの子は帝国の学園に留学していたよ。優秀は優秀だから、飛び級して次期皇帝陛下のクラスメイトになるって聞いた頃に、私は逃げ出したけど」

の武力行使ってわけか……後方に不安があると」

「たぶんね……。後方に毒蛇がいたら、気持ちよく版図を広げられないもん」


 あっけらかんと、肩を竦める。

 下手に占領しちまうと、アレを手元に置かねばならなくなるし、首切ったりすると祟りそうだ。……何も出来ないように、国力を削ぎつつ、戦闘状態を続ける。

 なるほど、無駄に戦争が長引いてるわけだ。

 皇帝陛下に、初めて同情するぜ。


「それであの蛇姫が、俺に何を期待してると思う? まさか、俺一人で帝国軍を押し返せるなんて思っちゃいないだろうから」

「それがわかるくらいなら、城を逃げたりしないって」

「まあ、そうなんだが……どこまでの線引をしてるやら」

「……二手、三手先を考えていて、どう動こうと絶対、自分が損しない手を打ってるね」

「だろうな……」


 まったく、嫌だねぇ。

 魔物相手ならぶった切っちまえば済むけど、人間相手じゃあ、そうもいかない。

 これだから、国家間の争いってぇのは困るんだ。


「お話は、纏まりまして? お姉様」


 もう正体を隠す気はないらしい。

 罠の中の獲物をいたぶる目で、フェイ=イェン公女は微笑む。

 チロチロと、二つに割れた舌が見えないのが、不思議なくらいだ。

 不満たらたらに、俺は言ってやる。


「参戦してやるのはいいが、一体どんな戦果を望んでいる? まさか、冒険者一人で帝国をぶち破って、皇帝の首を取って来いとは言わねえだろうな?」

「できると言うならお願いしたいですけど……まあ、無理でしょうね」

「当たり前だ。まだ人間をやめた覚えはないからな」


 ホホホと上品に笑って身をくねらせる。

 そっちこそ、人間をやめてねえよな? 

 そう確認したくなるほどの艶めかしさが、垣間見えた。

 人間をやめていてくれれば、退治して終わりだから、楽なんだがなあ……。


「そうね……我が国に切っ先を向けてる帝国軍のみを、一、二度壊滅させて、敗走させてくだされば結構」

「一度か、二度かどっちだ? はっきり決めてもらおう」

「……では二度で。必要なら、我が国の軍を動かす権利を与えましょう。お父様に親書を送ります」


 簡単に言ってくれるぜ。

 名にし負う帝国軍が、どの規模の軍を送り込んでると思ってんだよ。


「それで、何か得することでも有るのかよ?」

「ええ……こんな占領しがいのない土地に、二度も敗走させられれば、力押しではなく外交の手順を踏まざるを得なくなるでしょう?」

「その条件なら、ただの一度の敗走でも、帝国を外交のテーブルに着かせれば、それで契約完了で良いか?」

「そうね……冒険者なんて、外交にお呼びじゃないもの。契約終了は、帝国軍の二度の敗走、もしくは、帝国を外交のテーブルに着かせること。その、どちらかで良いでしょう」

「承知した。その内容で文書を作成してくれ。……冒険者ギルドに正式な契約として登録しないとな」

「面倒なこと……」


 サラサラとお互いにサインを入れて、契約締結だ。

 少なくとも、約束を違えられることはない。……と、思いたいがな。


「それじゃあ、俺たちは行かせてもらうぜ」

「あら? お姉様も行かれるの?」

「こんな時だけ姉呼ばわりは、やめてよね。私は、冒険者のミューレンとして、ディノ・グランデをサポートする」

「ついでに、公王家に余計な血を入れないように、お気をつけくださいね?」

「安心して、もうここに戻る気はないから」


 心温まるような姉妹の交流を聞きながら、さっさと城を出る。

 塩があったら、撒いてやりたい気分だ。


「これで大丈夫なのでしょうか?」

「さあな……とりあえず、依頼達成条件の言質は取れた。さすがに一国の公女が、契約を違えるような真似はしないだろう?」

「だと、いいけど……」

「不安にさせるな、半分エルフ」


 とにかく、俺たちは最前線へと歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ディノ・グランデが征く! ミストーン @lufia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ