第二話 公女B

 ミューレンは「始まっちゃった」とかですこぶる機嫌が悪い。

 俺としては、むしろ「今月、まだ来ないの……」の方が恐いので、重くて機嫌の悪いのは別室に隔離することに異議はない。

 俺にはまだ、最近ぷよぷよ感の増した抱きまくらリリアン・スウィーパーがいるわけだから。

 ぷよぷよの内は良いが、ぶよぶよになったら捨ててくぞ?


 ここは国境の街、ミランダの宿屋。

 急ぐ旅でもないし、当然の訪問者が来るだろうから早めに宿を取って遊んでる。

 ミスリル級冒険者の来訪は領主に即報告案件だもんな。

『穏便に通過下さい』なり、『実は相談したいことが……』なり、アクションは有るはず。

 実はもう来ているのはわかっているのだが、天井裏なんて小癪な所で様子を覗っているので、敢えて無視してリリアンを可愛がってる。

 どっちが先に痺れを切らすかな?

 運動不足なリリアンは三時間くらい汗みずくにした方が、本人のためだ。


 結局、二時間半でリリアンの勝ち。

 ギシッと天井を軋ませるミスをやらかした使者は、リリアンを抱え上げたまま剣で天井板をずらすと、ポテッと落ちてきた。

 まあな……いくら密偵の心得があっても、下衣とぱんつを降ろして、何かやってたら受け身も取れないだろうよ。

 リリアンを放り出して、お尻丸出しの密偵を捕まえる。

 やっぱりな、気配どおり女の子だ。


「公王の密偵だろう? 他人の部屋の天井裏で何をやってるんだ?」

「それはこっちのセリフだぁ! 頃合いを見て声をかけるつもりが、聖女様ともあろう人がいつまでエッチしてるんですか!」

「それを見ながら、独りエッチに励んでた奴が言うな!」

「そ、そ、、そんな事して無いやい!」

「本当か?どれどれ……」

「きゃっ、やめてぇ……」


 急に可愛らしい声を出しても、やめてやらない。

 おしりから、前の方へと指を潜り込ませてしまう。


「嘘つきめ……もうこんなに、ヌルヌルになっちゃってるじゃないか?」

「勇者様、ダメですよ。年端もいかない子供にエッチな悪戯しちゃあ」


 慌てて身繕いを終えたリリアンが窘める。

 ん? 年端もいかない子供?

 股ぐらを覗き込んでみる。……反応は良いが、ちっちゃな器官が見えるぞ?

 胸を撫でてみる。……膨らみかけにもほどがある。上下の膨らみが足りないぞ?

 覆面を取って顔を見てみる。……将来有望だが、まだガキだ。


「何だ、まだガキじゃねえか」

「勇者様……確かめる順番が逆です……」

「くっ……面を晒すなど、不覚」

「もっと別の所で、不覚を恥じろ!」


 ガキとなれば、尻を叩いて叱りつける。

 キャンと悲鳴を上げて、涙目だ。


「だいたい……公王の密使が、こんな未熟者かよ」

「仕方ないだろ! 腕利きはみんな戦場に出払ってるよ! 使い走りができる私が、城では一番の腕利きだ」


 あぁ……それなら、納得だ。

 この小国が帝国を押し返そうとすりゃあ、総力戦になるよな。

 自分で使いっ走りと認識できてるのは、偉いぞ。お尻を撫でてやろう。


「やぁん……ばか、やめろぉ」

「ガキのくせに甘ったるい声を出すな。それで、公王の伝言は? 有るんだろ?」

「だからぁ『首都ユンハイムの城まで、早急にご足労願いたし』だ。有り難く受けろ」

「じゃあ、『了承した』と伝えろや」


 下衣とぱんつを脱がしたまま、帰れとばかりに背中を押してやる。

 モジモジしながら、消え入りそうな声で訴える。


「あの……ぱんつと着るもの、返して……」

「城で公女様に渡すから、姫様経由で受け取れ」

「ひとでなしぃ!」


 あはは。泣きながら帰って行った。

 ここから城まで、下半身丸出しで全力疾走だ。


「ダメですよぉ……子供を虐めちゃ」

「途中で急停止されて、モヤモヤしたままの聖女様の意趣返しのつもりだったが、迷惑だったか?」

「……このまま、続きがない方が迷惑です」


 もちろん、続きはした。


☆★☆


「絵に描いたような小国だなぁ……」

「可愛らしいお城です」


 規模はノルドランの半分くらいか。独立国にしては威厳がない。

 まあ、ユンハイムはピクルスが名産なだけの、取るに足りない小国だしな。帝国もよほど几帳面だとしか思えない。

 わざわざ軍を出して征服する価値があるのか? この国って。

 女子供と老人ばかりの表通りを抜けて、城の門へ。

 女の子の日なミューレンは、『どこかで合流する』と言うから宿に置いてきた。

 小国とはいえ、対王族は体に障るだろう。

 全体に話が通っているらしく、近衛らしい衛兵に導かれて、謁見の間にすんなり入れた。

 玉座に公王の姿はなく、代理で座っているのは噂の公女様か?


「私は戦地の公王に代わり、代理として後衛を任されております公女のフェン=イェン・ユンハイムです。あなたが【英雄】ディノ・グランデですね」


 切れ長の目と黒い瞳、黒い髪を持つフェン=イェン公女は、鷹揚に言った。

 白地に赤やピンクや水色の模様の入った独特の様式のガウンを着た……美姫は確かに美姫だな。

 何となく、作り物めいてピンとこない。

 ノルドランのルーテシア様などは、際どいハイレグアーマー姿でも、王族の高貴さが隠しきれなかったけどな。それ故、恥じらわせるのが楽しかったが。

 年の頃はリリアンより、ちょい上か……。落ち着き具合は段違いだが、その分人間味に欠けるというか、取り繕ってるというか……。

 一言でいえば、美形だが虫が好かねえ相手だ。

 そんな感想をリリアンに伝えたら、空を飛ぶ牛を見たような顔をしやがった。

 後でお仕置きだ。


「戦時中の大変な時にお騒がせして申し訳ありません。我々は、ただ領地の通過を望むだけですので、お気にされぬようお願い致します」

「我が国としては、お願いしたいことが有るのですが?」

「私は冒険者です。国と国、人と人の争いには興味がありません」

「あら? 私の存じている話では、冒険者というのは相応の代価を支払えば、護衛や身辺警護など、時には戦にも手を貸す者たちという認識ですが?」

「引き受ける者もいるでしょう。それは、個々の人格によります」


 めんどくせえことを言い出したな。

 口は回るようだから、余計なことを言わぬようリリアンに目で合図をしておく。

 慈愛深い聖女様は、時折足元を攫われやすいからな。ましてや、こいつは迂闊すぎる。

 冗談じゃない。

 何の因果もないこのちっぽけな国のために、あの帝国と戦えるかよ。

 俺だって、まだ命は惜しい。


「この国のために戦っていただく代価……如何程になるのかしら?」

「ありえないことに、そろばんを弾く必要はありません」

「金額でなく覚悟を示すのはいかが?」

「何をおっしゃりたいのかわかりません」

「例えば、このユンハイムの公女が夜伽をいたしたとして、その価値は如何程?」


 ブッ! と、思わず公女様との謁見中にも関わらず吹いてしまった。

 でも無礼に問われないだろうと思うのは、貢献であろう大臣たちも同様の反応を示しているからだ。

 いきなり、何を言い出すんだ、この公女様は?


「ものの噂では、【英雄】ディノ・グランデといえば、女好きで有名。従者の聖女様の純潔も絶望視されているのでしょう?」


 その通りだ! という訳にもいかず、肩を竦めて苦笑する。

 純潔を絶望視されてしまった聖女様は、真っ赤な顔で俯いている。


「ありえない話と、笑い飛ばしていただいても結構ですわ。……このユンハイム公国の公女の純潔は、あなたが参戦するには足りない額なのかしら?」

「そんなことがあり得るなら、充分な代価となるでしょうね」


 ありえないことと笑い飛ばす。

 だが、フェイ=イェン・ユンハイムは我が意を得たりと高笑いで返した。


「それでは、契約は成立ですわね。 既にあなたは前金を受け取っておりますもの」

「はぁ? それはどういう意味だ?」


 公女は勝ち誇ったように、手招きする。

 招かれて進み出た緑のドレスを纏った姿に、俺もリリアンも声もなかった。


「妾腹とはいえ、もうひとりのユンハイム公国公女、ミューレン・ユンハイムはもう紹介の必要はありませんわね?」

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