第三章ディノ・グランデと野望の帝国

第一話 帝国と公国

「ふぁあんっ……」


 切なげな声を残して、汗みずくのミューレンの身体が崩れた。

 よしよしと抱きとめて、ぷりぷりとした胸を楽しむ。

 中途半端に長いハーフエルフの耳元に囁いてやる。


「やーい。とうとうイカされちまってやんの」

「もぉ……本当にデリカシーってものがないなぁ」


 甘えるように俺の胸をポカポカ叩く。

 何とかミューレンの貞操を守ろうと頑張っていた聖女様リリアン・スウィーパーは、毎度毎度、真っ先に腰が抜けるほど可愛がられて沈没してる。

 それからでも充分、ミューレンを可愛がれるからな。


 ……遂にミューレンも悦びを感じられるようになったことだし、いつもまでも遊んでるのも退屈だな。


 もう一ラウンド楽しもうと、ミューレンを弄びつつも、そんな事を思ってしまう。

 港町ってのは、情報を集めやすいんだよな。

 あちこちの噂の宝庫だ。

 この先、陸路を進むならアイゼルハルト帝国を抜けていくか、ユンハイム公国を行くかのどちらかだ。

 帝国がデカすぎるのが悪いんだよ。

 現皇帝が優秀すぎるのか、気がつくと版図を増してやがる。実のところ、ユンハイム公国も呑まれかけているのだが、さほど重要性を見出していないのか、まだ命運を保っている状況らしい。

 まあ、時間の問題だろうな。

 魔族や魔神ならともかく、人間同士のイザコザに首を突っ込む気はない。

 そういう面倒くさいのが嫌だから、勝手気ままな冒険者などやってるんだ。

 アドミラン周辺が、そんな面倒な事態になってるとは思わなかったぜ。


「はぁん……」


 意地を張って、声を上げないように頑張るミューレンだが、息の荒さまで誤魔化せるわけがない。ましてや、つい先日まで、何も知らない娘だったんだから。

 しっとりと、吸い付くような肌をしたリリアン抱きまくらも堪らんが、男の手を拒むような張りのある肌も悪くないな。

 今宵も、遮音の魔導器はその役目を全うするのだった。


☆★☆


「えぇっ、今日旅立つのですか? まだ海宝亭の海鮮串焼きを食べてないのに!」


 アドミラン食べ歩きガイドを手にしたリリアンが、猛抗議する。

 初めての街にしては、やけに詳しいと思っていたら、そんな本を買っていたのか!

 しかも自分で聞いた噂まで、書き足してやがる。


「そんなもの、歩きながら食えばいいだろう?」

「タレが絶品なんですから、たっぷり漬けたいじゃないですか。歩き食いして、そのタレが聖衣についたら染みになっちゃいます!」

「構わないだろう? 食い倒れ聖女には、お似合いの聖衣だ」

「うぅ……じゃあ四本買ってきますから、お金をください」

「さり気なく自分の分を二本にするな!」


 食い物のことになると、際限なくボケ倒すなあ、こいつは。

 最初はリリアンの食い意地に驚いていたミューレンも、もうすっかり慣れたものだ。


「ねえ……戦場は避けるとして、帝国側と公国側どっちの向かうの?」

「公国側だな。……皇帝陛下なんて男の顔を見るよりは、美貌で噂の皇女様の方に興味がある」

「あのねぇ……お城に入る皇女様に会えるわけ無いだろう?」

「確率がゼロじゃないなら、皇女様コースだろう。皇帝が美女である確率はゼロだぜ」

「だったら、戦場を通ればいいじゃん? 帝国軍を指揮してるのは、姫将軍シャローナって話だし。そっちの方が確率高いよ」

「女だてらに軍人なんて、ガーネットみたいな筋肉ダルマに決まってるだろう」

「ガーネットは良いヤツだったよ」

「良いヤツと、良い女の間にはとんでもない距離があるんだぜ」

「これだから、男ってやつは……」

「ついこの間まで処女だったのが、一端の口をきくじゃないか?」


 くそぉ……色気たっぷりのウインクで躱しやがった。

 娘から女に変わると、育つのは一瞬だな。


「買ってきました。では行きましょう!」


 と、一人ご機嫌なのが戻ってきた。

 すっかり毒気を抜かれて、串焼きを齧りながら歩き出す。

 約一名の体型維持のためにも、アップダウンの激しい道を選んだ方が良いか?


「駄目ですよ、盗賊さんとか虐めて暇つぶししちゃ」


 誰の体重考えての発言だと思ってるんだよ!

 だが、なかなか良い案かも知れないな……。


 などと思っていたのだが、山道に入った所で、盗賊など現れる気配もない。

 諦めて街道に出れば、それも納得だ。

 家財道具を荷車に乗せた避難民が、ぞろぞろとアドミラン方向に流れてゆく。

 俯いたまま、声もなく。

 そこに住めないレベルになっては、盗賊で食いつなぐより、逃げ去ったほうがマシだろうな。


「戦禍は酷いようですね……」

「被害が酷くない戦争なんて、ねえだろう?」

「それはそうなんですけど……」


 聖女様としては、手を差し伸べたい気持ちがあるのだろう。

 でも、さすがに一人の手には余る状況だ。

 戦争を始めたのは、皇帝陛下一人の判断だとはいえ……。


「もっと肥沃な土地はいっぱいあるだろうに……なんでユンハイムを攻めるんだよ」

「ああいう連中は、前に攻める時は、後ろ全部を自分の版図にしとかないと不安なんだろう? 案外と臆病だからな」

「そんな些細なことで……迷惑な連中」

「そこには同意だ」


 春爛漫の華やかな風景の中、影を落とすようにすれ違う避難民たちに道を譲りながら、俺たちはユンハイムを目指す。

 長い耳への視線にうんざりしたのか、ミューレンがニットキャップを被った。

 野営地でも、あのリリアンが文句を言わずに保存食で済ます状況だ。

 倹約しながら避難する子供連れもいるのに、ワイバーンのステーキだ、海鮮の串焼きだとか言い出すほど、空気が読めないわけではないらしい。

 ……大発見だ。


 ようやくたどり着いた国境の町ミランダ。

 例によって、娘二人は聖女と従者として検問をくぐって情報集め。

 俺は胡散臭さ爆発で、足止めされつつ兵士から情報を得る作戦だ。

 門を守るのは……どう見ても予備役の老兵たち。

 若いのは、みんな戦場かな……。


「ふぎえ~っ! ミスリル級の冒険者だとぉ!」


 何だ、その芝居がかった反応は。

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