第八話 聖女様、邪悪霊を昇天させる

「あぁ、いたいた。アホだなぁ、邪悪霊りッチになってやがる」


 最奥の扉を蹴破れば、そこは墓所だ。

 どこの誰だか知らないが、豪華な棺に寄り添ってリッチが立ってる。

 こちらに気づくと、横行な態度で、何をお駄賃に召喚したのか知らんが、魔神をけしかけてくる。

 何だよ、セリフも喋れない雑魚リッチか……。


「リリアン、そっちのは任せた。聖女のお友達だろ?」

「違います。お得意様です」


 こいつも言うようになったな。

 必要そうだから、王冠と王笏を渡しておく。


 魔神の方は……やる気満々だな。

 青銅色の顔に、鎧兜の剣持ちか……。初めて見る顔だが、誰だお前?

 こいつも喋りそうにないな。


「ミューレン、手出しは無用だ。この程度の雑魚だと、逆に手出しをされると面倒が増えるからな」

「……これで、雑魚なんだ」

「俺が名前を知らないようなヤツは雑魚だ。ましてや、言葉も喋れないんだぜ?」


 こっちの言葉の意味はわかるのか、いきなり袈裟斬りに斬り掛かってくる。

 サッと躱して足を引っ掛けたら、すっ転びやんの。アハハ。

 あ、怒った。

 でも、そんな怒りに任せて振り回しても、剣なんて当たるもんじゃないぜ?

 こうして、狙い澄まして振り抜くもんだ。

 ほら、首が飛んだろ?

 ちゃんと脳みそに刻んで覚えとけ。

 って、脳みそどこやったお前?

 あ、俺が斬り飛ばしたか。悪い、掌にでもメモっとけ。


「本当に一瞬だね……」

「雑魚だからな。喋れねえから、名前も聞き出せやしない」


 さて、リリアンの方はどうなってるかな?


 我らが聖女様、リリアン・スウィーパーは微笑みながら、リッチと向き合ってる。

 リッチが暗黒魔法を繰り出そうとすると、それ以上の光を満たして消し去る。

 こっちも、完全に格が違うな……。

 清廉な光を纏いながら、両手を広げてリッチに近づいてゆく。


「あなたがどなたが存じませんが、何をそんなに怒っていらっしゃるのですか?」


 敵意などない聖女様に、リッチも戸惑って立ち竦む。

 リリアンは、リッチの頭に王冠を被せ、王笏も持たせた。


「きっとどこかの王族なのでしょう? 黄金の棺に、王冠、王笏。こんな豪華な埋葬をしていただいたのではないですか? まだ、何か不満があるのですか?」


 言葉が喋れないのがもどかしいのか、地団太を踏んで何かを訴える。

 聖女様は小首を傾げて、そっと目を伏せた。


「人の一生は短いですから、全てを成し遂げられるはずがありません。心残りはあるでしょう。やり残したこともあるでしょう。……でもそれはもう、あなたの仕事ではないのです」


 リッチが顔を上げ、眼窩だけの目で聖女を見る。

 聖女様の笑みが一層慈悲深くなった。


「こんな所で、後悔に囚われて寄り道をしていてはいけませんよ? 天空神様がお待ちです。あなたのしてきたこと、後悔……全て天空神様にお話しましょう。あなたの魂を天空神様に委ねるのです……さあ!」


 白き光を纏った聖女様は、リッチをその手に抱きしめた。

 その光の中でリッチは険しい王の顔に戻り、そして光とともに天に向かって消えていった。

 それを見届けて、聖女様は聖杖で石造りの床を打ち、鈴を鳴らした。


「【浄化ピュリフィケーション】……」


 清らかな鈴の音と光が、墓所を浄化する。

 できたてダンジョンは、何の変哲もない墓所に戻った。


「終わりました……」

「凄っ……本当に聖女様なんだと実感した」

「たまに凄いよな、こいつ」

「凄いのは私ではありません。天空神様ですよ?」


 ミューレンから、預けていたウリ坊を受け取りながら、当たり前の顔で微笑む。

 俺たちは、肩を竦めるしか無い。


「じゃあ、帰るか……」


 こっちまで毒気を抜かれちまった気分だ。

 船が直るまで暫く掛かるが、酒でもかっくらっているしか無いだろう。


☆★☆


「勇者様、凄いです。本当にお魚が波の上を飛んでます!」


 船が直って二日目、航海中の船の脇に念願の飛び魚を見つけて、聖女様は大はしゃぎしている。

 こういう所は、年相応に無邪気なんだよなぁ。


「お前、船酔い体質はどうした?」

「久しぶりに天空神様のお力を身に受けていたら、ご褒美に治して下さったみたいです」


 そんな都合のいい話があるか? と疑いたくなるが、こいつはそういう奴だ。

 真面目に相手をするとバカを見る。

 俺はミューレンから鳥刺しを借りて、何とか飛び魚を捕まえた。


「可哀想ですよぉ……」

「ほら見ろ、この胸鰭が羽根みたいに伸びていて、海の上を飛ぶんだな」

「不思議ですねぇ。他は普通のお魚と変わらないのに……。観察が済んだら、海に返してあげましょう」

「……返しちゃって良いのか?」

「当たり前です。海のお魚は海に返さないと」

「塩焼きにすると美味いのに……」

「し……塩焼き……美味しいのですか?」

「でも、聖女様が『海のお魚は、海に返すのが当たり前』だって言うし、返すしか無いか」

「意地悪を言わないで下さい! あ~っ……」


 俺がポイッと飛び魚を海に投げ入れると、この世の終わりのような顔をしやがんの。

 後ろを見れば、船員たちが虫取り網で捕まえまくってるというのに。

 今日の晩飯は、飛び魚の塩焼きだな。

 美味しいものを知った満面の笑みが目に浮かぶようだ。

 そんな聖女様だが、一回だけのはずの『しっくすないん』がすっかり身についちゃった頃、ようやく船はアドミランの港町に到着した。


「この後はどっちに行きましょうか?」


 ウリ坊を抱っこしたまま、リリアンが尋ねる。

 少し歩かせないと、抱き癖の付いたイノシシなんて聞いたことがない上、肉質も緩くて美味くないぞ?


「久しぶりの揺れない地面だ。港町は色々賑やかだし、しばらくはのんびり噂集めをするのも良いんじゃないか?」

「じゃあ、美味しそうな宿を聞いてきますね?」


 パタパタと衛士の所へ駆け出し、情報を集める。

 こういう時だけ動きが早いんだよなぁ。


「勇者様ぁ、貝料理の美味しいお店と、牛肉料理の美味しい店、どっちにしましょう?」

「肉だな。貝の方は船の中でお前の桜貝を、たらふく味わったから」

「そんな事を大声で言わないでくださいっ」

「ほんのり塩気と酸味が効いてて、なかなかの美味だぞ?」

「もう! 知りませんっ」


 目指す宿は、『猛牛の午睡ひるね亭』だ。

 勇ましいんだか、長閑のどかなんだか……。


「最上級の部屋を一部屋頼む」

「はい、ひと部屋三名様。ご精が出ますね、旦那」


 三名?

 俺、抱きまくら、ウリ坊? ……いつから後ろにいる? 半分エルフ。


「だって、あいつらすっかり折れちまって。分にあった仕事をするとか言うから、飛び出してきちゃった」

「だからって、自棄を起こしちゃいけません。勇者様と同室なんて、若い身空なのですから、もっと自分を大切にしなくちゃ」

「……聖女様の方が、私より若いじゃん?」

「そ、そうではあるのですけどぉ……」


 まったく! どうなることやら……。


 それと、後日噂に聞いた話なんだが

 ノルドランとの定期船の中で、セイレーンが大量発生したって話だ。

 馬鹿な船員が繁殖期のセイレーンを囲ってたのが仲間にバレて、乱交状態だったらしい。

 アホな奴もいるもんだ。

 ……俺は悪くないよな?


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第二章 ディノ・グランデと西海の孤島 完


第三章 ディノ・グランデと野望の帝国 に続く

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