第七話 勇者様、報酬を交渉する

 場所がわかっていれば、ダンジョンに開けた穴までさほど遠くはない。

 好き好んで陰気な穴に戻りたくないが、他にすることがないから潰しておく。

 聖女様リリアン・スウィーパーには、聖女様の対面が有るからな。

 屍人ダンジョンを放ってはおけないだろう。


 既に虫にたかられてるカボチャ頭の残骸は、大回りで避けて、先に進もう。

 しかし、こんな墓参りにも来られない場所に墓を作るなんて、迷惑な奴もいたもんだ。

 そんな心がけだから、ダンジョンを作るような陰湿な屍人になっちまうんだ。


「えっ。逆方向に進むんですか?」

「あの王冠の入ってた宝箱が、扉の前にあったんだろう? せっかく誘ってるんだから、誘われてやれば主の所に行けるじゃないか?」

「そっか、出口を探す必要はなかったんですね」

「勝手に作っちまったからな。帰りもあそこから帰りゃあ良い」

「賛成です。近いし……」


 広間の扉を開けると、骸骨共が立ち上がる。

 面倒臭えなぁ


「リリアン、やっちまえ……」

「はい……【浄化ピュリフィケーション】」


 一瞬で全てを浄化する力に、ミューレンがポカンと口を開けている。

 それから、リリアンを睨みつける。


「こんな事ができるんだったら、あのカボチャ頭だって……」

「さすがに無理だろ。今は俺がいるから安心してるが、不安が勝ちすぎた状況じゃ、神に祈りも届けられねえよ。神聖魔法は神の力であって、術者の力じゃねえからな」

「そうなの……かい?」


 リリアンは申し訳無さそうに頷く。

 特に魔道士には、その辺り誤解されやすいからなあ。

 一心不乱に祈れる時ほど、神官は力を発揮するもんだ。


 ご招待に応えて、宝箱の先の道をゆく。


「ほら、ゾンビが出たぞ」

「はい……【浄化ピュリフィケーション】」

「ほら、グールだ」

「はい……【浄化ピュリフィケーション】」

「ほら、ゴーレムだ」

「はい……【浄……って、あれは無理ですぅ!」


 チェッ、気がついたか。勢いでかけたら、馬鹿にしてやるつもりだったのに。

 気づいちゃったら仕方がない。あれは屍人じゃない。俺の相手だ。

 が、真っ先に【火球爆発ファイアボール】が飛んだ。

 蹌踉めくゴーレムを魔力を纏わせた拳で殴りつける。はい、おしまい。


「良い心がけだが、魔法を使う時は宣言してくれ。リリアンならともかく、ミューレンとの呼吸はまだ解ってないからな」

「あ、あぁ……ごめん」


 パーティーの最大火力として、アテにされてたんだろう。

 補助への気持ちの切り替えは、なかなか難しい。

 ましてや、俺の戦闘を殆ど知らないのだから、余計だ。

 あの程度なら巻き添えを食っても平気だが、しばらくは大人しくして欲しいね。


「でも、呆れるほど強いね……」

「でしょう? 私、聖女なのに回復魔法なんて使ってないんですよ? アイデンティティが崩壊しそうです」

「気にするな。抱きまくらとしては重宝してるぞ」

「だから、そういう事を言わないでください!」

「……抱きまくらって?」

「はぁ……色々ありまして……お気になさらず……」


 下への階段を見つけたが、まだ終わりではないらしい。

 その先も、同様の回廊が続くだけだ。


「相当の嫌われ者だな。こんな孤島に埋葬された上、地下深くかよ」

「でも、労力はかかってますよ?」

「おお……手間をかけても、エンガチョ扱いって、相当だぜ?」

「また、そういうことを……死者を冒涜するのは感心しません」

「……屍者が冒涜的なことをしてるから、お前が鎮めに行くんじゃないのか?」

「はぁ……お互い迷惑な人達です」


 クスクス笑うな半分エルフ!

 リリアンも、最近は口が達者になっていけない。


「うわっ、コウモリか?」


 聞こえてきた羽音に、ミューレンが顔を引き締める。

 反対にリリアンは首を傾げた。


「コウモリにしては羽音がゆったりしてます……これって……」

「ああ、少し事情が違ってきたみたいだな」


 俺は愛剣『神罰いらず』を抜いて、闇を睨みつける。

 現れたのは、予想通りに下級魔神のインプの群れだ。


「あぁん! もう本当に迷惑な方のようですね。黄泉がえっただけじゃ飽き足らずに、何か変なものを召喚しちゃってるみたいです!」


 せっかく格好良い所を見せられるつもりでいたリリアンが、八つ当たりしてやんの。

 屍者ならともかく、魔神相手じゃ聖女様の及ぶところじゃないからな。

 インプが湧いてりゃあ、上級魔神がいるってことだ。

 やっぱり、俺が仕事しなきゃダメか?

 ……って、依頼じゃ無いから、タダ働きかよ。やる気無くすぜ。


「ミューレン、行くよ。【火球爆発ファイアボール】!」


 ピッタリ群れの中央に放り込んでの爆発。素質は有るな、こいつ。

 一匹撃墜の一匹フラフラ。まあ、こんなものか。

 俺が斬撃飛ばして五匹落とす。残り二匹がリリアンをからかってる。

 返す刀で叩き斬って終わりだ。


「だいぶ解ってきたじゃないか?」

「全然だよ、威力が足りない……」

「そんなものは鍛えりゃ増えるさ。鍛えずに増えるのは、どこかの聖女の体重くらいだ」

「ふ、増えてません!」

「船酔いでしばらく食えなかったからな……それがなきゃ危ないくせに」

「うぅ……ご飯が美味しすぎるんです。神殿に比べて、なんとも……」

「最低限の神殿暮らしと一緒にするな。食い物への冒涜だ」

「美味しいものばっかり頼む、勇者様がいけないんです!」

「俺のせいにするな、聖女なら自制しろ」

「無理!」

「即答かよ!」


 ケラケラ笑ってたミューレンが耳をピクつかせる。


「あ……また宝箱が有る」

「どれどれ……ミミックじゃないな。開けてみるか」


 中から出てきたのは、王笏だ。

 これも、黄金製。……エンガチョっぽいから、リリアンに浄化させる。


「ミューレン、こりゃあ、宝箱は期待薄だな」

「えっ……どうして?」

「王冠に、王笏……黄金製とはいえ、こりゃあ、自分の埋葬品だろう? 宝にするものが何もないから、埋葬品入れてるんだぜ、これ」

「納得できすぎる……」

「くぅ……依頼じゃないから報酬無しな上、お宝も期待薄かよ。……帰ろうか?」

「ダメですよぉ。ちゃんと鎮めてあげないと……」

「じゃあ、報酬はお前が払え?」

「うぅ……じゃあ、妖精王様に貰ったバーベキューの串で」

「それほどの仕事じゃねえだろ……耳貸せ」


 コソコソと囁く。

 途端に真っ赤になって喚き散らした。


「ダメです! そんな事できません!」

「だから報酬になるんだろ? 聖女様のエロいとこ、ちょっと見てみたいっと」

「そんなの……あんまりですよ?」

「大丈夫、常識的なプレイだ」

「勇者様の言うことは、その方面ではあてになりません!」

「じゃあ、屍者の魂を鎮めずに帰ろう。聖女様は身を切る覚悟がないみたいだ」

「その言い方ぁ! ……わかりましたよ! 一回だけ……ですからね……」

「最初の一度がやみつきになる聖女様でした……」

「不安になる事を言わないで下さい……」

「何の話ししてるの?」


 ミューレンが不思議そうに首を傾げる。

 こいつも、何でこんなに無垢なんだか……。


「報酬の話がまとまっただけだ。さあ、元気に最奥を目指すぞ!」


 気合充分な俺に、首を傾げるミューレン。

 真っ赤な顔で、ウリ坊を撫でてるリリアン。

 それぞれの足取りで、出来立てダンジョンの最奥を目指した。

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