ネブラエンディング

木漏れ日の森、誓いのティアラ

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こちらのエピソードはkindle化のため非公開にする予定でしたが、非公開にすると、お寄せいただいた嬉しいコメントまで自動的に非公開となってしまうため、公開しております。当物語を未読の方は、ご注意ください。こちらはネブラエンディングのエピソードとなっております。

★コメントお寄せいただいた読者様、本当にありがとうございました。

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<ネブラエンディング>

木漏れ日の森、誓いのティアラ



「何だと……? 今、なんて言った?」


 ネブラは無表情を崩し、眉をしかめて私に問いかけた。 


 もう……ネブラったら。ちゃんと聞こえてるくせに。


「ネブラのお父さんに、会ってお礼が言いたいなって、言った。だって、ネブラの代わりに、しばらく魔王の仕事を続けてくれるんでしょ?」


 その話をネブラから聞いたとき、私は心底ホッとした。

 一時的な怪我や病気で魔王が職務に当たれないとき、魔王は引退魔王や準魔王に「魔王代理」を命じることができるそうだ。

 ネブラは私を取り戻したあと、お父さんである元魔王に会いに行き、「魔王代理」を命じたんだって。

 だからネブラのお父さんは、今もラピス城で元気に魔王業をやってる。……魔王業といっても、休暇中の今は冒険者を引き付けて遊んでいるだけ……らしいけど。そのうち魔界に帰ったら、それなりに忙しいらしい。


 ネブラは溜息をついて、怒りを込めながら言った。


「礼などいらない。あのクソ親父は自分の望みを果たすためにおまえを利用し、おまえを3日間も辛い目に合わせた。その代償は払ってもらうぞ。ボケて周囲に迷惑をまき散らすまでは、玉座に座って魔王業に時間と労力を費やしてもらう」


 辛辣だなぁ……。

 確かに、あの3日間は、すごく辛かった。

 だけどあの魔王城の思い出の部屋と、レグルスとドールたちが見せてくれた再現劇を見て思った――魔王は、ネブラのお母さんを心から愛していて、その忘れ形見であるネブラを可愛く思っているのだ。

 ネブラがこんなに反発するところを見ると、接し方にはかなり問題があったみたいだけど。

 まあ……あんなヘンテコな城を作っちゃうひとだから、かなり奇想天外な精神構造をしてるんだろう。


「でもね……あのね……私、お……お義父とうさんに、挨拶しておきたいなぁ……。あ……お義父さんって、呼んだら、魔王様は怒る?」


「怒るわけない……。それどころか………………」


 ネブラは先を言わず、沈黙してしまった。

 私は甘えるようにネブラを見上げると、トドメとばかりにおねだりした。


「……お願い、ラピス城に連れてって。……ダメ?」



 *  *  *



 マント姿の魔王(父)は、喜色満面で両腕を広げ、私たちを歓迎してくれた。

 ネブラと戦ってボロボロになったはずだけど、すっかり良くなって元気いっぱいみたいだ。


「おおおおおおおおおお!!

 我が息子、そして黒髪の娘よ、よくぞ会いに来てくれた!!」


 ネブラは、なんだかんだ言って私のお願いを速攻実現してくれたのだ。

 私はドキドキしながらネブラのお父さんに近づいて言った。

 

「あの、ええと、その、魔王様……私、ちゃんとした挨拶をと思って……」


「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」


 え? え? え? 嫌? どうして? 挨拶だめなの?!


「おとうさまと、呼んでくれ~~~~~~!!!!」


 魔王(父)は両手で自分の頭を押さえ、のけ反ってそう叫んだ。重低音の声を、ビリビリと玉座の間に響かせて。

 その瞬間、ネブラの攻撃魔法が魔王の腹に直撃し、魔王は10メートルくらい吹っ飛んで玉座の間の壁に激突した。


「きゃああああ!! ちょちょちょ、ちょっとネブラ!! し、死んじゃうよ!!」


「これくらいで死ぬものか。怪我もないだろう。おい、クソ親父! 今のは俺からの、心のこもった挨拶だ。有り難く受け取れ」


「う、うむ……。愛する息子からの挨拶……しかと、受け取ったぞ。我が腹が、おまえの愛で痺れるようだ……」


 魔王は私の傍までヨロヨロと近付いてくると、言った。


「ミト、おまえを生まれ故郷に強制的に送り付け、3日間寂しい思いをさせてすまなかった。おまえのおかげで、我はかねてからの念願通り、最強にして最愛の息子に魔王の座を譲ることが叶った。これでラピスラズリの一族から、栄誉あるキングオブ魔王が誕生することであろう。フフ……フフフ……フハハハハハハ!!」


 鈍い音がして、ネブラの拳が魔王のみぞおちに深く沈み、その反動で魔王は再び吹っ飛んだ。


「うるさいぞ、クソ親父。俺はそんなものになるつもりはない。仕事が増えるだろうが。俺はモフモフと平和に暮らしたいんだ」


「ネブラ、キングオブ魔王って、何……?」


「すべての魔王をべる者だ。その座はもう何百年も空位になっている。相応ふさわしいものがいないために」


「フフフ……その通り。だがネブラよ、おまえなら相応しい。おまえが本気を見せれば、11人の魔王はおまえの足元にひれ伏すであろう。おお――目に見えるようだ、おまえの立派な勇姿が!! 我が息子、最高!! ネブラよ、どうか父の願い、聞き届けて――」


「断る」


 速攻ズバッと断られ、魔王は寂しそうな、拗ねたような目で私を見つめて言った。


「我が息子の可愛い嫁、ミトよ……おまえからも頼んでもらえまいか」


 可愛い嫁……。

 あ……なんか今、キュンとした。


「あの……おとうさま……」


「おおおおおおおおううううううう!! 今の呼び方、もう一度!!」


「お、おとうさま…………?」


「ぐはぁっ!! 良いぞ!! もう一度!!!!!!」


「……おとうさま…………」


「良い!! 良いぞぉぉぉ!! もう一度!!」


「いい加減にしろ」


 ミシッ、と、音を立ててネブラの拳が魔王の顔面にめり込んだ。

 魔王は涙を流しながら、感動に打ち震えている。


「我が息子と、このような愛あるスキンシップが取れるとは……」


 ……スキンシップなんだ、コレ……。魔族って…………。


「父は嬉しいぞ、ネブラよ。まこと良い嫁を見つけたな。ミトよ、我はおまえの活躍を知っているぞ。おまえは清く優しく強い、まこと良い嫁だ。その上、黒髪で、黒髪で、黒髪だ!!」


 私の髪に触れようとした魔王の手を、ネブラが叩き落す。


「触るな!」


「けち……。少しぐらい、良いではないか。せっかく、嫁の美しい黒髪に映える贈り物を、持ってきたというのに……」


 そう言って魔王は、どこから取り出したのか繊細な装飾模様が描かれた箱を手に持ち、ネブラに差し出した。


「我からの結婚の贈り物だ。さあ、ネブラよ、これを受け取って、おまえの手で、ミトの頭に飾ってやるがよい」


「……!! これは……っ!」


 箱の蓋を開け、ネブラが息を呑む。

 布で内張りされた箱の中に納まっていたのは、美しい金のティアラだった。


「あ、それ、絵の中でネブラのお母さんが付けていたやつ……?」


 私の疑問に答えたのは、ネブラではなく魔王だった。


「そうだ。我が妻に贈った、魔法のティアラだ。贈り主の愛が深ければ深いほど、美しく輝く。愛を失えば、輝きを失う。このティアラはな、永遠に褪せない愛を誓い、それを証明するための、贈り物だ」


 ティアラはまだ、美しく輝いている。


 ――そうか、魔王は、今もなお、ネブラのお母さんを愛しているのね。

 うわぁ……、なんか……涙が……込み上げてきた。なんてロマンチックなんだろう。

 沈黙してジッとティアラを見つめるネブラの目も、潤んでる。


「さあ、我が息子よ、おまえの愛を証明するがよい」


 魔王に促され、ネブラは箱からティアラを取り出すと、私に向き合った。


 あ……うわ……ドキドキする。どどど、どうしよう。


「ネブラ……」


「ミト……。俺は、おまえに……おまえ一人に、永遠の愛を誓う」


 そう言うと、ネブラはそっと、私の頭にティアラをのせる。

 その途端、頭上でひときわまばゆい光が輝き、キラキラと周囲に零れ出した。


「!!」


「おお……なんと、これほど輝くとは……!!」


 魔王が感嘆の吐息を漏らす中、私は感極まってネブラに抱きついた。


「ネブラ、大好き!! 大好き、大好き!!」


 ああ本当に、私のネブラはなんて素敵なんだろう。

 私は信じることができる。このティアラの輝きが、一生褪せないことを。


「ありがとう、ネブラ、一生大事にする!」


 あなたのこの想いを。この深い愛情を。


 私は涙を零しながらネブラを見つめた後、今度は魔王に向き合った。


「おとうさま、ありがとうございます。おとうさまが魔王代理を務めてくださるおかげで、私はネブラとこちらで暮らすことができます。どうか末永く、元気にお過ごしくださいね。……私、生まれる前に実の父を亡くしたので、おとうさまとお呼びできる人ができて、とても嬉しいんです。だからこの先も、何度も呼ばせてください、おとうさま、と。ありがとう、……おとうさま……」


「おおおおうううううう!! なんと健気な!!」


 ガバッと、魔王が私を抱擁……する手前で、サッとネブラが私を抱えて避けた。


「何をするぅっ、息子よ!! 我にも抱きしめさせてくれ!! ケチ!!ケチ!!ケチ!!」


「…………」


「ネブラ」


 私はネブラの頬を撫で、許しを請うように見つめた。


「……仕方ない。一度だけだぞ」


 ネブラが溜息をついてそう言った後、私は魔王を自らギュッと抱きしめた。


「おとうさま……ネブラとの結婚を認めてくださって、ありがとう」


「おお……ミトよ」


 魔王は私をそっと優しく抱擁しながら、震える声で言った。


「もちろん認めるとも。おまえ以上の嫁などおらぬ。亡き妻も、喜んでいるだろう」


「もういいだろう」


 ベリッと音がしそうな勢いで、ネブラが私を魔王から引きはがした。

 

「くぅぅぅっ、ネブラよ、おまえは鬼だな!」


「どこが鬼だ。俺のことを優しいと言ったのを忘れたのか、親父」


「くっ……!!」


 あれ……。ネブラの言う「親父」の前の、「クソ」がなくなっている。

 私は嬉しくなって、笑顔で二人を見つめた。このまま仲良くなってくれたら、もっと嬉しいなあ……。

 その私の思いを汲み取ったかのように、魔王が大きな袋をネブラに差し出して言った。


「おまえにはこれをやろうと思っていたのだ。受け取るがよい」


 袋の中には、大小さまざまな大きさの、モフモフのぬいぐるみがいくつも入っていた。

 一瞬、ネブラの無表情が崩れ、微かに喜びの朱が差した。

 でも次の瞬間、ネブラはその袋を魔王に突っ返した。


「……いらん……」


 嘘っ!! ネブラ、欲しいくせに!!

 

 私は上目遣いでネブラを見つめて言った。


「私、欲しいなあ……モフモフのぬいぐるみ。ねえ、お願いネブラ、もらって?」


「うっ……」


 私のおねだりは、今のところ成功率100%だ。


「仕方……ないな……。おまえが欲しいなら……もらってやる……」


 魔王はニヤニヤしながら、突っ返された袋を再びネブラに差し出した。


「ありがとう、おとうさま。ホラ、ネブラもお礼……」


「………………。ありがとう、親父」


 魔王は、感動のあまり号泣した。



 その後、魔王は私たちを城の外まで見送ってくれた。

 魔王に手を振り、何度も振り返り、私はそうして、ネブラと一緒にラピス城を後にした。

 私は嬉しい余韻に浸りたくて、しばらくネブラと魔王城周辺の森の中を歩くことにした。木漏れ日の森を、私の頭にのったティアラの光がキラキラと零れ、明るく照らす。

 私はネブラの腕に自分の腕を絡ませ、ギュッとくっつきながら、どっぷりと幸福感に浸かりこんでいた。

 

 こんな幸せな日が来るなんて、思いもよらなかった。

 この世界に来る前の、あの孤独な日々が嘘のよう。

 この幸せを一針一針生地に縫いこんで、特別な一着をネブラに仕立ててあげたい。

 どんなデザインがいいかな? 何色がいいかな?


「どうした、ミト……。さっきからずっと、ニヤニヤして」


「だって、幸せなの。……ネブラも、ニヤニヤしていいよ?」


「…………頬の筋肉を動かすのは、訓練がいる……」


「じゃあ、手伝ってあげる!!」


 私はネブラの脇腹をコチョコチョした。


「くはっ! やめろ、やめ……ふはは、アハハハハ!!」


「あはははは!! ほら、笑えた!! あははははは!!」


「アハハハ、やめろ、こらミト、ぐはっ!! そこだめだ、アハハハッハ!!」


 ネブラが顔をくしゃくしゃにして、大口を開けて笑う顔はとても可愛くて、額に入れて飾りたくなるくらいだ。

 いまや魔王となった人の脇腹をコチョコチョして笑わせる私、もしかして最強の存在じゃない?!

 というか、何このリア充なバカップルぶりは?! 自分のアホな行動に、更に笑いが込み上げてくる。


「うふふふ、あはははは、ホラっ、ここでしょ、ネブラ!!」


「くっ、お返しだ、ミト!」


「キャーハハハハハ!! やっ、そこ、こそば過ぎ!! キャーーーッ!! アハハハハハ!!」


 静かな森の中に、騒々しい私たちの笑い声が響く。


 ネブラへの愛しさが爆発しそうで、私は笑いながら叫んだ。

 

「ネブラ、無表情なあなたも素敵だけど、笑ってるあなたはもっと素敵!!」


 ネブラは照れくさそうに一旦笑うのをやめると、熱のこもった瞳で私を見つめた。そして屈託のない優しい笑顔で私を引き寄せる。

 キラキラと零れるティアラの光に包まれながら、私たちは深い深いキスを交わした。


 ――私は、この人を愛して、ずっとずっと、この人と生きていく。

 

  魔法の存在する、この不思議な、愛しい世界で。



 


    ゜。+*☆ 終わり ☆*+。゜


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異世界召喚されたので、仕立屋しながら魔王城を目指すことになりました。 ことのはおり @kotonohaori

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