1-05 自由バンザイ、でも路頭に迷ってます……

 最初のうちだけ、勇者たちは優しかった。でもそれは、見せかけの優しさ。

 彼らと生活を共にし、何度か一緒にダンジョンに潜るうち、彼らの本性がじわじわ現れてくる。

 私がなかなかレベルアップせず、いつまで経っても戦闘に役立ちそうな<お針子魔法>を覚えないので、ファウルたちは次第に苛立(いらだ)ち、私に嫌味を言うようになった。


 けど、私が新しい<お針子魔法>を覚えられないのは、彼らがダンジョンで入手した<糸>を、私に使わせず、売っぱらっていたせいなのよ!


 新しいダンジョンには、<お針子>が使う新しい種類のアイテムが登場するようになり、それらは<お針子魔法>の習得には欠かせないものだった。

 特に<糸>は消耗品で、さまざまな種類や色があり、利用頻度(ひんど)が高い上に、早くレベルアップするためには大量に必要になってくる。需要が高い物だと知ったファウルは、それが道具屋でそこそこの値段で買い取ってもらえることに目を付け、私に一切使わせず、売って金に換(か)え、自分たちの豪華な装備を購入する資金にあてたのだ。

 当然、私はいつまで経ってもレベルが上がらず、新しい<お針子魔法>を覚えることもできず、いつまで経ってもお荷物状態。


 こんな風にファウルたちの頭と性格の悪さは、最初の数日ですぐに露見(ろけん)した。

 私は最初に感じた悪い予感の的中に慄(おのの)き、彼らの底意地の悪さにムカつきながらも、じっと耐えた。――なぜって? この異世界で生きていくために、必要な情報を得るためよ。彼らは私には元の場所に帰る方法はないと言ったけど、彼らの言うことは信用できない。きっと何か、方法があるはずだ。


 私は、彼らが生活するために借りている一軒家で虫けらみたいに扱われ、洗濯に掃除に炊事などの日々の雑用の他、ダンジョンでは荷物持ちを命じられ、挙句の果てにアルバイトに出されて報酬(ほうしゅう)を没収されても、機会を待って、じっと耐えた。

 この世界の常識や生活費を得る手段が身に付き、一人で生活できる自信がついたら、さっさと彼らとおさらばするつもりで。

 不幸中の幸いというか何というか、彼らは私に対して『雑用係の<お針子>』という認識しかなく、貞操(ていそう)の危機を感じることがなかったのが救いだ。

 それでも、見知らぬ男4人と共同生活をしなければいけないというストレスで、私は心身共に衰弱(すいじゃく)していった。


 やがて、<魔法使い>のイゾルデ――絶世の美女である彼女が現れパーティに加わると、私の扱いは更にみじめなものになっていった。

 私はそろそろ限界か、と思い、どうやって悪魔のようなファウルたちから自由になろうか画策(かくさく)しているとき、みごとに追い出されたのである――女にとって最悪の呪いの言葉、「ブス」という言葉を投げつけられて。


 ああ、腹が立つ。何が腹が立つって、あまりの驚きに、一言も言い返せなかったこと。


 怒りは、エネルギーを生む。


 そのエネルギーを糧(かて)に、私はこの異世界にひとりぼっちの心細さと、もし他の世界から来た人間だということを知られたら迫害されるという恐怖と、それらが混ざり合い、きりきりと心を蝕(むしば)んでゆく不安を、忘れようとしていた。

 だからどんどん腹を立てた。今まで感情的になるのを抑えていたこともあり、怒りはおさまることなく次々と溢(あふ)れてくる。


 あの極悪ピーマン頭の、顔だけ勇者め!

 ファウルだヒットだぬかしやがって、おまえらなんか塁(るい)に出た途端、下痢の急降下で苦しみまくって一生トイレの住人やっていろ! ! や~い、や~い、う〇こ勇者どもめ、おとといきやがれ、お尻ぺんぺん!!


 ――と鼻息荒く下品な言葉を吐き、頭から怒りの湯気を噴出させながら、私は町を行くあてどなく歩き続けていたのだけれど。

 もともとあまり、怒りが持続しない性質の私。徐々に胸の溶鉱炉(ようこうろ)が冷えて、この先の不安が暗くのしかかってくる。


 うん、これからどうしようか。

 手元には、わずかなお金。500リーンほど。


 この世界の通貨の単位は「リーン」と呼ばれている。なんと分かりやすいことに、1リーン=1円くらいと考えて、買い物ができる。更に日本円と同じように、1・10・100リーン硬貨、500リーン硬貨、1000リーン銀貨、1万リーン金貨がある他、10万リーン金貨がある。覚えやすくてホントに助かった。


 それにしても……問題は、手元に500リーンしかないこと。このお金は、ダンジョンで拾ったり、アルバイト料をファウルたちに没収される前に、気付かれない程度の少額を抜いておいたりして、コツコツ貯めたものだ。

 今の私の全財産、500リーン……つまり500円程度。どんなに安宿でも、これで泊まれるところなんて、ないだろう。


 私は町の中心部の広場のようなスペースに辿り着くと、人々が休んでいるベンチのひとつに腰かけた。

 どうするか考え始めたとき、近くに座っている冒険者風の人たちの会話が耳に入ってくる。彼らはしきりに溜息(ためいき)をついて悩んでいた。


「はあ……どうしたものかなあ……」

「あの異世界から来た<お針子>にパーティに入ってもらうか、それとも、もう一度、高い金を払って別の<お針子>を召喚してもらうか、二つに一つだよな~」


 ……ん? 今、<お針子>って言った? しかも『召喚してもらう』って?? 異世界から人間を召喚するのは違法なんでしょ? こんな広場で、堂々とそんな犯罪じみたこと、相談してもいいわけ?


 私は、彼らの会話に耳をそばだてた。

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