Ⅲ 森の道
第20話 ノアトゥン辺境伯領
ヴァナン大公国ユンリイ大公の六年。
シグルズ・ヴォルスングが沿岸航路の旅から帰ると、
ユグドラ大陸の南の大河・エリバ河中流域北岸の彼方は田園と森林で地平線をなしている。ノアトゥン辺境伯領の同名領都は、そんなエリバ河の北岸地方の一角に位置していた。
小妖精ブリュンヒルドが
俺はそのシグルズに、
「赤髭のドバリンは思わぬ拾い物だったな」
シグルズが同じ馬に乗っている俺に白い歯を見せた。
シグルズがドヴェルグ大公国で拾った食客ドバリンは、ドワーフ族出自の工匠で、土木技術にも造詣が深い。ドバリンを監督として、新辺境伯が第一の仕事としたのが、後方の補給路確保である。
ヴァナン都城とノアトゥン城とを東西に結ぶ〈ノアトゥン街道〉の途中には、エリバ河の支流・ヴァン川が南流し、本流に合流する。その支流に、五百フーア弱(四百五十メートル)もの長大な木造橋を建設した。
赤髭のドバリンが言うには、
「さらに上下水道を市域に巡らせ、衛生を確保し、将来におけるヨナーク大公国勢力が仕掛けてきた場合の籠城戦に備えませんと」
ノアトゥン辺境伯領私兵達の大半はサピエンス族であるが、領主シグルズ麾下には、移住してきたエルフ族やドワーフ族やホビット族までもいた。
エルフ族やドワーフ族は戦士や弩弓兵として活躍が期待されていたが、何よりも工兵として有能で、空堀、防御柵といった施設の整備も得意としていた。
ホビット族は、小柄な体格と敏捷さを生かして、もっぱら斥候と連絡役に就いていた。彼らは、国境線で敵に動きがあると領都にすぐ、
偽歯鳥が領都に舞い降りた。
「シグルズ卿、ヨナークに動きがありました」
*
――後に聞いた話しだ――
「ヴァナン大公国は、今のうちに潰さねばならぬ」ヨナーク大国の六大臣達が口をそろえて言った。
第一次中津洲戦争で、南のヴァナン大公国が覇権を握ったが、第二次中津洲戦争で北のヨナーク大公国が覇権を握り、現在に至っている。だが、ヴァナン大公国の急激な革新は、覇者ヨナークの国力にじわじわと迫り、拮抗していった。
「攻略の第一目標はノアトゥン――」
ユグドラ大陸諸国の大臣達は、有事になると、執政(国防大臣)のもと、元帥として戦地に赴く。ヨナーク大公国の元帥は都合六人いた。その一人ブラジ・スキルド元帥は、中津洲三公国の一つで、南にあるイエータ公国に陣取り、ヴァナンに圧迫を加えた。
矢面に立ったのはシグルズ・ヴォルスングが守るノアトゥン辺境伯領である。
ブラジ・スキルド元帥が、
「戦車五百乗か、兵力的にはまずまずじゃが――」
ヨナーク大公国南征軍は、隻眼大公ヴァーリが督戦し、総指揮を白髭のブラジ・スキルド元帥が執った。偉丈夫な老将が率いているのは、戦車五百乗、兵員五万だ。一個軍団が五千で十個軍団編成となる。
元帥と戦車を並べているホーコン軍師は、
「――ブラジ
「辺境伯のシグルズ卿は戦上手と聞く。勝機をどこに見い出す?」
「判らない。今回の出兵は探りにとどめておくのがいいだろう」
戦車は一頭だてで、これに乗った士官に百人の
*
「シグルズ様、国境に敵が――」
国境を監視させていた斥候・ホビットが、ノアトゥン辺境伯の城館に戻って来た。シグルズと俺が望楼に登ると、地平線が薄茶色に染まり、敵軍の剣や甲冑の反射光が複数、小さく瞬いて見えて来た。
辺境伯になったシグルズは、ヨナーク大公国の軍勢が国境に迫る前に、察知していた。
すぐさま事態は、ヴァナン大公国の同名都城にも報告された。――ミミル宰相はすぐさま、弟である執政ホグニに救援の軍勢を集め、出陣させた。
ところがシグルズと執政ホグニには確執があった。
決戦というほどでもない、国境で敵味方が睨み合いをするような過去の小競り合いの局面で、執政ホグニの麾下にいたシグルズは、敵ヨナーク軍の隙を見つけて突撃し、華々しい武勲をあげたことがあった。
これにつられて、自分も超人であると錯覚した若い大貴族の息子達が、麾下の兵を引き連れて突入したが、返り討ちにされてしまった。
結果、全軍指揮を執っていたホグニの執政府には、戦闘の後、遺族達が苦情に押し寄せてきた。
執政ホグニはシグルズを叱責した。だが当の本人は、「勝手に後からついてきて、勝手に討死したのだから迷惑な話だ」とバッサリ切り捨ててしまった。
偉丈夫の執政からすれば、――あんな奴をなんで俺が助けねばならんのだ、ということになる。
〈覇者の道〉は、ユグドラ大陸を南北に縦断する幹線街道で、南にある列強国・ヴァナン大公国、中津洲三公国のイエータ公国やニグヴイ公国、さらに北の覇者・ヨナーク大公国を結んでいる。比較的なだらかな丘陵地帯・森林地帯だったが、街道はよく整備されていた。
「気に入らんが国家の大事には違いない――」馬上のホグニ執政は仏頂面だ。
ヴァナン大公国の同名都城を発った国軍五万の兵は、
シグルズほどではないが偉丈夫である執政が、
「シグルズに意趣返しをするわけではないが、急ぐほどのことでもなかろう」
そんな執政ホグニの軍勢五万の後から、地響きを立てて追いついて来る者がいた。戦車や歩兵はいない。戦象十九頭を挟んで、騎兵四千、革車(食料輸送車)一千両が続いて来た。
「味方援軍? 近衛騎士団だと? 指揮官は誰だ?」
一人乗り戦車の上にいる執政ホグニが、いぶかしそうに振り向くと、近衛騎士団の伝令が口上を伝えにやって来た。見覚えがある顔だ。宰相である兄ミミルの末息子・ドルズではないか! 今は平侍従として大公の側近になっている青年だ。
「ホグニ叔父、先に行かせて戴く」
「おまえがいるということは、近衛騎士団を率いているのは、あの大公なのか!」
執政ホグニの知る大公ユンリイは、惰弱な君主だった。兵士を戦場に送りつつ、自らは宮中に籠って宴席を開き、酒色に耽溺しているはず。どういう風の吹き回しで最前線にしゃしゃり出て来たというのか?
王国志:設定書(人物・地図)
https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075593255049
主要登場人物一覧
https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075606792966
図解:偽歯鳥ペラゴルニス
https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093076500440797
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