第34話 決戦前夜の宴
ユグドラ大陸中央部の大平原・
イエータ事変で、同公国の先君を弑逆し、公爵位を簒奪したエアルド。エアルドの妻は、絶世の美女であるイドイン伯爵夫人だが、その人の故国は、ニグヴィ公国だった。ニグヴィ公国は、中津洲の一角にあって、東流するケルムト河の南岸に位置していた。
つまるところ、北岸に位置した《北の覇者》ヨナーク大公国からすれば、大穀倉地帯・中津洲への足掛かりで、北岸と南岸は川船で往来する。
大公国から王国へと名称を変えた《南の覇王》ヴァナンとヨナーク大公国は、先代から、この地を巡って二度も会戦し、三度目が行われようとしていた。
ヴァナン王国の王都アスガルドを発した戦象二頭と六千の兵団が、〈王者の道〉と呼ばれるユグドラ大陸を横断する幹線街道を東に向かって移動した。
旧アスガルド王国から中津洲を経由して、ニーザ公国に至る〈王者の道〉は、アスガルド王国時代に建設された石敷き舗装路だったが、同王国の衰退とともに荒れ果てて、所々、石敷きが土に埋もれ、草地になっているところもあった。
沿道は麦の収穫が終わり、土が見えている。――出発から十日ほどして、王の軍勢は、ニグヴィ公国にある同名都城に入り、執政シグルズ元帥と麾下一万の軍勢と合流する。
そこにきて、臣従してきた中津洲のニグヴィ公国とイエータ公国の兵が加わる。両公国の格式は大公国よりも低かったが、穀倉地帯にあることから、人口が多かった。兵員四千を抱えており、そのうちの三千をそれぞれ出して来た。
新王国の軍勢は二万二千にも膨れ上がる。
「レオノイズを討つ――」
軍と外交は車の両輪のようなものだ。
ヴァナン国王ユンリイは、中津洲で未だに降らないレオノイズ公国に、ドルズ侍従長を全権大使に遣って臣従を迫った。――だがレオノイズ公国は、ヨナーク大公国との信義を重んじ、王国の要求を拒否した。――結果、王国軍は、中津洲統一のためレオノイズの攻略を決定するに至る。
*
国王ユンリイと傘下の諸侯が集結したところで、戦勝祈願の儀式と宴が催されることになり、主力軍を束ねる執政シグルズが、ニグヴィ公国の宮殿を借りて、諸侯重鎮の饗応をすることになった。
夜会の会場にて――
宮殿の広間には、真新しい干し草が敷き詰められていた。燭台を置いた長卓がコの字に置かれ、料理と酒盃が並べられる。さらに、コの字に囲んだ長卓の間に、出来たスペースが余興の場となる。そこで横笛と太鼓、リュートといった楽器が賑やかに奏でられ、舞姫達が踊り、袖を揺らめかせては、客達をしたたか酔わせた。
「いい宴だ」
「ありがたきお言葉、では余興にお耳汚しを――」饗応役のシグルズは満足した。
貴族の子弟は、武術全般と学問の他に、教養として音楽を学ぶ。シグルズは弦楽器のリュートを得意としていた。シグルズの演奏は賓客達のウケがいい。
奥の首座にはユンリイ王が、王から見て左隣には王妃ノルン、さらに王姉グルベーグ副王が同じ長卓の席に座る。右壁際の長卓には王国関係者、左壁際の長卓には同盟国であるエルハイム公国、そして属国であるイエータ公国やニグヴィ公国関係者が座った。
シグルズの角盃に酒を注ごうとした酌婦を遮り、ホバリングしている小妖精ブリュンヒルドが、
「おひとつ、どーぞ」笑みに刺がある。
「あ、ありがとう……」
――あのなあ、ブリュンヒルド……。
俺はシグルズを憐れんだ。
王国関係者の長卓には、首座に近い位置から廷臣が席に着いていた。席次は碧眼の宰相ウル・ヴァン、執政シグルズ、内務卿エギルの順となっており、従者達が後ろに控えていた。シグルズの背後には、
さらに長卓の中ほどから末席に近いところには、近衛騎士団長レリルと、ドルズ侍従長の姿があった。レリルとドルズは親しい。――猫である俺は耳がいい。二人のヒソヒソ話しが聞こえた。
騎士隊長レリルが、
「ドルズ殿、イエータ公国で捕縛した絶世の美女はどうなった?」
「イドイン伯爵夫人のことか? さしあたり、亭主のエアルドともども副都ヴァナンに幽閉して、沙汰待ちになっている。――主公に掛け合って、夫人をもらい受けたいのか? 気をつけろ、イドインは、男どもをつぎつぎとたらし込んだ妖女だ。――高貴な出自ながら、寝台では娼婦のように甘ったるい喘ぎ声を上げ、それを聞いた男どもは狂奔し、先代イエータ公一味よろしく呪われてしまう」
「イエータから亡命して来た《変態公》グンナル公の倅どもはどうしている?」
ドルズが指差したのは、余興スペースを挟んだ向かいの席だ。そこに問題の貴族二人がいた。
先君を弑逆した僭称公エアルドがヴァナン王国軍に捕縛されると、亡命していた〈変態公〉の息子達は帰国し、イエータ公国の公世嗣が後を襲った。だが、同国の臣民達は、伯爵夫人イドインとの醜態が原因で、イエータが取り潰される寸前に追い込まれたことを知っているので、冷ややかな目で迎えたそうだ。
*
宴たけなわとなった。
エルヘイム公国軍一千を率いて来た女大公ヒョルディスは、外見は三十歳に満たないのだが、人に年齢を聞かれると、「国家機密だ」と言って教えない。
その人が、同公国からユンリイ王に嫁いだ姫君ノルンに、挨拶に行ったついでに、両の手を広げ、
「若い男の肌はプルプルしていてええのお」
「母上、おやめくださいませ!」
王妃ノルンが嫁いで来たばかりのころ、王姉グルベーグから、優美な宮廷作法を教え込まれており、節度というものを知っている。
ノルンは赤面して母親をたしなめ、王から引き離した。
エルヘイムの女大公は、
「ちょっと首筋を舐めただけじゃない。二国間の親善交流としては欠かせぬ儀礼よ。頬ずりと抱擁、それから、《今夜は寝かせない》の儀式!」
「なっ、なんですの、《今夜は寝せない》の儀式って?」
そんなヒョルディス母娘に対し、ユンリイ王が笑って、「無礼講だ」とフォローした。
ニグヴィで宴が催されていたころ、ケルムト河の対岸に、敵の大軍が迫っていた。
王国志:設定書(人物・地図)
https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075593255049
主要登場人物一覧
https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075606792966
主要登場人物イラスト:晩餐(ノルン王妃と王姉グルベーグ)
https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093077367142599
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