第33話 中津洲侵攻

 ヴァナン王国ユンリイ王の三年(ヴァナン大公即位から十一年)の秋。

 郊外で組み上げられた木製大型機械が設置された場所に、灰色猫の俺・ヨルムンガントが行くと、錬金術師の小妖精ピグシーがすでにいた。

「ブリュンヒルド、これは――?」

「投石器ですえ。歯車でロープを巻き上げ、アームをしならせて枷を外し、石弾を遠くへ飛ばす装置なのでありんす」

 魔道人形を使って、投石器の図面を引いたのは彼女だ。

 ホバリングしていたブリュンヒルドが、魔道人形ピグマリオンの王冠形コクピットに舞い降りた。

「和睦の条件は、不始末をしたイエータ公国の取り潰し。だが大人しく降伏するのであれば、同公国の臣僚には新たに王国の官職を授けよう。もちろん、臣民を傷つけはすまい」

 ヴァナン王国は武断統治であるので、シグルズ執政が戦場に出ると、元帥の肩書が付く。

 属国・イエータ公国における叛乱鎮圧の大義名分で、ヴァナン王国執政シグルズ元帥と麾下一万の兵がノトウン辺境伯の領都を出撃し北伐した。

 投石機は組み立て式で、台車の上にシーソーのようなカタパルトを設けた攻城兵器の一種だ。城外に三機が設置されていた。三機の投石器が、都城を囲んだ市壁の三方から石弾を飛ばし、北門を除いた四辺の市門を破壊するとシグルズは、降伏勧告を行った。


 エアルド伯爵は、本家筋の愚かな先君グンナル公を弑逆して後を襲い、公爵を自称していたが、ヴァナン王国以外の周辺諸国のどこも認めない。それは〈北の覇者〉ヨナークさえも同じだった。――ゆえにエアルドは「僭称公」と呼ばれるようになる。


 イエータ公国の同名都城宮廷の仄暗い広間には、円柱が並んでいる。

 奥の主座の左右には廷臣達がずらりと勢ぞろいしていた。

 エアルド僭称公は、ひとまずヴァナン王国の使者として来たシグルズ執政を丁寧に送り返すと、宮廷の広間に廷臣達を招集した。

「我らイエータ公国が、再度帰順することを願う旨の密書を携えさせた使いが、ヨナーク大公に追い返された」僭称公は続ける。「都城以外の六城邑はヴァナン王国軍にすべて寝返った。敵一万に対して、我らは二千。加えてあの投石機だ。――潮時だ。ならばこのエアルドの首一つで許してもらえまいか?」

 すると廷臣達が、

「恐らく無理でしょうな。――イエータの君主が誰になろうと、ユンリイ王はさして気にはしておりますまい。――はなからイエータ公国の併呑を狙っているとしか思えません」

「諸国を歴訪して来たシグルズ執政はどこの国でも、一度も約束を違えたことがないという」

「莫大な戦費、恩賞を略奪で埋め合わせするのが世の習い。―― 一介の全権大使であったころのシグルズ卿ならばそう出来ただろう。だが大軍を率いて来たらどうか?」

 そこで大臣の一人がいきり立って、

「戦いに敗れるということは、男子が皆殺しにされ、女子は慰み者になり、生まれてきた子供は、《物言う家畜》奴隷になるのが世のことわり。――壊された門から突撃し、死に花を咲かせてくれようぞ!」


 シグルズ執政麾下の兵一万は、包囲するイエータ都城の市壁の向こう側で、術式が詠唱されるのを聞いた。詠唱には時折、泣き声も混じっている。――初めは祖先や町の守護神に詫びる厳かな歌だったが、だんだん、市井の民を含めて、大麻の粉末を焚いたのか、ハイになってきた。異様に気勢が上がり出す。

「やばいぞ、シグルズ、狂戦士ベルセルクが来る!」

「そうだな、ヨルムンガンド、咬みつかれるだけ損というものだな」

 シグルズが麾下の騎士隊とともに殿しんがりとなって、全軍を二十マイルズ強(三十キロ)後退させた。それから四角い貯水池に臨んだ小高い丘に、食糧輸送用の革車ワゴンを並べて防壁〈車城〉となし、二日待機する。

 イエータの狂戦士達は肩透かしを食らって、麻薬と術式の効果が消えたため、すごすごと都城へ戻るほかなかった。

 そのタイミングでシグルズは、再びイエータ都城に乗り込んで、降伏勧告を行った。


「先日の突撃は見事であった。だが我々は無傷だ。和睦の条件は、先君を弑逆したエアルド僭称公の一門をヴァナンに連行するが、それ以外の臣僚・臣民に危害を加えない」

 イエータ宮廷では、

「シグルズ卿は、また単身で乗り込んで来たな。豪胆というか、無謀というか」「殺されないだけの腕に覚えがあるのだ。試してみるか?」

 結局のところ僭称公と廷臣達は、

 ――シグルズ卿は嘘をつかない。言質げんちを取った!

 僭称公が降伏した。

 ヴァナン大公国軍は、先君弑逆を企てたエアドル伯爵と夫人を連行し、ヴァナンに護送した。


 イエータ公国平定を終えたシグルズだが、実はもうひとつ、ユンリイ王から密命を受けていた。

 ヴァナンの駐留兵一千のみを同国都城に入城させ、残り全軍をさらに北へ進めた。――行く手には中津洲三公国の一つ、ニグヴィ公国がある。

「ウル・ヴァン宰相との密約に従い、我らは、ヴァナン王国への臣従をお誓いしましょう」碧眼の大常卿ウル・ヴァンが表敬訪問した際、ニグヴィ公国宮廷は、「もしヴァナン王国軍が北伐をしたら降る」という密約を結んでいる。

 シグルズの軍勢が国境に迫ったとき同公国は、無駄に抵抗せず、ヴァナン王国に降った。

 

 中津洲三公国のうちの西側二国が、ヴァナン王国の傘下に入り、〈北の覇者〉ヨナーク大公国との戦力差は互角以上のものとなった。ヴァナンが南北を縦断する主要街道〈覇者の道〉を制圧したことで、中津洲でヨナーク陣営に最後まで残ったレオノイズ公国が東側で分断された状態になる。

 かくしてユグドラ大陸の均衡は崩れ去った。


               *


 ヨナーク大公国は旧王国アスガルドの〈最後の盾〉である。同国に潜ませた〈草〉が、執政シグルズ元帥宛ての伝書鳩を飛ばした。


 同名都城の郊外にある演習場に、バルドル王子とヨナークの軍師がおり、戦車を並べ、模擬戦をしていた。

 バルドルはアスガルド王国の王子だ。同国はユンリイに奪われ、国王と麾下一千の兵が、分家筋に当たるヨナークを頼り、亡命政府を置いている。

「ホーコン殿、祖国アスガルドを奪ったヴァナンのユンリイは、敵ながら開明的だ! ユンリイを止めるには、暗殺しかありますまい」

 亡命政府王族バルドルの言葉に、ヨナーク大公国の軍師ホーコンが、

「それも選択肢の一つですが、まずは対抗手段を講じねばなりません。――殿下、ノトウゥンの敗戦で、我々は敗北を喫しました。ですが、ただで負けてはいない。戦象と象使い一式を鹵獲しましてね、欠点を見つけたのですよ」


 〈北の覇者〉ヨナーク大公国の同名都城周辺は、麦畑や豆畑になっており、休耕地では家畜が放牧されている。

 農地の外縁は深い森になっており、耕作地と森林の狭間に、草がまばらに生えた広大な空き地があり、演習場になっていた。演習場は耕作地側に天幕が張られ、森林側に障害物が設置されている。

 戦車に乗った士官達が疾走し、その後を槍や弓矢を携えた徒士達がついて駆けて行く。木々をなぞる風の音、兵士達の武器・甲冑の擦れる音が鳴り、将領達の号令が響く。


 ブラジ・スキルド元帥は、ノアトゥン戦役で鹵獲した戦象の輿に乗っていた。この人が創設した、ヨナーク大公国軍最精鋭〈黒装兵団〉は、文字通り甲冑を漆黒に塗った親衛隊だ。

 元帥が率いる兵団に対峙するように、演習場の中央には、敵に見立てた張子の戦象が四十頭、前面には、徒士に見立てた藁人形数一万体が布陣している。

 好好爺に見えるヨナーク大公国の軍師は続けて、

「殿下、戦象には弱点があります。――耳です。――この急所を戦車士官がハンマーで思い切り叩く。上手くいけば一撃で仕留められましょう」


 何人かの戦車士官が、張り子の戦象と戦象の合間をかすめながら、耳に一撃を食らわす。

 すると張り子の戦象は傾き、地面に横転した。

 好好爺の軍師が続ける。

「殿下、戦象にはもう一つ、重大な欠点がある。小回りが利かないところだ。――確かに戦車や徒士で、凄まじい戦象突撃を受け止めることは出来ない。だが、かわすことはできる。――御覧なさい」

 ユグドラ大陸諸国軍の基本は横列陣形だ。〈黒装兵団〉の陣形は、戦場の空気に呼応して自在に変化する。――百人隊が百個集まって一個軍団、二個軍団で一万をなし、密集方陣となって前進しだした。

 敵に見立てた張り子の戦象には車輪の付いた台座があり、雑兵が前に押し出す。張り子が迫って来た。〈黒装兵団〉は、ぱっと散開し、やり過ごす。

 張り子の戦象は演習場を直線的に進み、森との境目に向かって行った。

 兵団は戦象と戦象の間を、縦一列になってかわした。――直後、隊列を横列隊形に戻す。そして、戦象が通り過ぎたところで現れた、横列隊形をとる藁人形に、槍穂を突き刺す。


 アスガルドの王子は、

「ホーコン殿、素晴らしい。これならば逆賊ユンリイを仕留められましょう!」

「あくまでも演習です。あのユンリイのこと、藁人形と違い、討ち返してくることは必定。二手、三手と策を練らねばなりません」

 〈黒装兵団〉を指揮していた、鹵獲戦象の輿に立つ白髭の元帥が、軍師と王子に手を振っていた。




王国志:設定書(人物・地図)

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075593255049


主要登場人物イラスト:集合図

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093075606792966


図解:破壊された宮殿

https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093077337281160

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