第20話
少し離れたところで寂しさと嫉妬と喜びと複雑に混ざりあった瞳で我らを見るリトスの耳元で女神が囁く。
「ライバルは更に強敵になったぞ」
そう囁く女神にリトスは首を横に振った。
「ライバルとかじゃないですよ。あたしは二人共大好きですから。ちょっとだけ、そう想える相手がいるのが羨ましかっただけです」
晴れやかな笑顔で女神に笑いかけるリトスに女神は寂しげに笑う。
「そんな、そなたらが私は羨ましい」
「それなら、女神様も一緒に行きましょうよ」
名案だと言わんばかりに弾んだ声を出すリトスに我は神の立場を教えた。
『リトス、それは出来ない。神々は直接地上に関与することは許されないんだ』
「そんなぁ」
しょんぼりと肩を落とすリトスと女神。我とて良くしてくれたこの幼い女神の希望を叶えてやりたいが、それは出来ない。何か案はないかと皆で考えていると妙案を思いついたのかコキネリが口を開いた。
「神の造物であるわたしとクーの目と耳は創造主とも繋がています。ですので、女神もご自身の目と耳になるものをお造りになられてはどうですか?」
「それは名案だ」
即、コキネリの案を採用した女神は棚から銀色の砂を取り出すと自身の手の甲をつねり、無理やり流した涙を一滴、砂に垂らした。瞬く間に砂は兎の形になって固まり、兎の口に女神が口づけをすると銀色の砂の塊だった兎にさわり心地の良さそうな薄水色の体毛が生える。
「目を覚ませ」
女神が指で軽く小突くと閉じていた兎の目が開き、銀色の瞳が顕になる。
「おはようですぅ、私」
目を覚ました子兎が女神に挨拶を返すと「うむ、上出来」と女神は満足げに頷いた。女神は作り上げた造物に自我では無く自身の精神を分け与えたようだ。
「そなたの名前はルナだ。地上に出れぬ私に代わってその身で感じたことを伝えて欲しい」
「了解ですぅ」
そう言い、ルナと名付けられた子兎はピョンと女神の手から飛び降りると、髪色が銀髪ではなく薄水色と頭に兎の耳がある以外は女神と瓜二つの少女の姿になった。
「これからよろしく頼む」
「了解なのですぅ」
晴れやかに笑い応える少女、ルナを大歓迎するリトスとコキネリの女性陣に対して、我は胃などないのに胃痛がしてきた。
「これから世話になる選別だ」
女神が我に手を翳すと頭部、胸部、腕、足に銀色の追加装甲が付けられ、槍にも柄の部分になにかの魔術が掘られた。
「これでルナも守ってほしい。あやつは食う寝る遊ぶしか出来ぬからな」
あぁぁぁ、胃痛の元はこれだったのか。リトスは大丈夫として、コキネリとルナのこの先のことが思いやられる。それでも任されたのだから応えねば。
『承知いたしました』
恭しく一礼する我に女神は満足げに「頼んだぞ」と笑って応えた。
転移陣で迷宮の入口に戻った我らを待っていたのは大勢の探索家たちとピリアの姿だった。その中には子供達を探しに行った晩に出会った顔ぶれもある。
「お前さん達も無事で何よりだ。頼まれた子供はちゃんと教会に送り届けてきたぞ」
子供達を託した角刈りの男性が安堵の笑みを浮かべながら我らに歩み寄ってくる。
「で、攻略は出来たのか?」
単刀直入に本題に入ってくるのは好感が持てる。リトスが男性に左腕にはめた腕輪を掲げてみせた。
「おぉ」
感嘆の声が男性の口から漏れる。リトスの腕輪には迷宮の名が刻まれた宝石が二つ輝いていたからだ。一つは黄金の宝物殿、もう一つはこの迷宮、銀月の書庫。
「ほお、この迷宮の名は銀月の書庫って言うんだな。で、中はどうだった?」
先輩攻略者に助言を乞う男性探検家にリトスは真剣な面持ちで答える。
「毒消しと火起こしだけは絶対に切らしちゃだめ。後、防毒マスクがあれば攻略できるかもしれないわ」
「そうなのか助言ありがとう」
そう言うと男性はリトスに一礼して仲間のもとに戻っていった。
「あぁは言ったけど、クリューソスのおかげなんだけどね」
『そうか?』
最下層の迷宮主も皆で頑張ったと我は思うんだがな。あぁ、そう言えば女神に伝え忘れていたことがあった。
『ルナ、銀月の女神に伝えて欲しい事がある』
我が頼むと「なぁに?」と気の抜けた声でルナが返事をする。
『十層の階層主、アレの弾力は人族が破るにはありすぎます。攻略させるつもりがあるならもう少し弱体化しないと攻略者が現れなくなります』
我の言葉にルナが耳を立てて驚く。
「そうだな。そなたの半分の力も人族はないのだからな。改良しておこう」
我の助言に耳を貸してくれた女神に感謝だ。まあ、人族の中には我より強いものなど結構いるのでそのうち次の攻略者が現れるだろう。迷宮とは創造主と挑戦者の知恵比べ。神々はそれもまた一つの楽しみにしているのだから。
探索者の人垣の中から我らを発見したピリアが手を振り我とリトスの名を呼びながら駆け寄ってくる。
「二人共無事で何よりです。所でそこのお二人は?」
人の姿になったコキネリと初めて見るルナをピリアは不思議そうに見つめた後、我の肩の上にコキネリがいないことを不審に思った彼女は我に尋ねた。
「クリューソスさん、コキネリちゃんは?」
聞かれるのは当然だ。ルナの隣に立っているのが金色のテントウムシだったとは誰が想像できようか。
『あぁ、そこの金髪褐色の少女がコキネリだ』
驚き目を丸くするピリアに初めて会った時と同じ様に
「コキネリって言います。宜しくねピリアさん」
と変わらぬ声でピリアに話しかけた。驚きながらも全く同じ声にコキネリの無事が確認できて安堵するピリア。コキネリの事が分かると次に気になるのは水色の髪の幼女。
ピリアが視線をルナの方に向けるとその肩を抱きながらリトスが紹介を始めた。
「この子はルナ。両親と一緒に迷宮に来たんだけどはぐれちゃったのをあたし達が保護したの。残念ながら両親は見つからなかったから親戚のところまで送り届けるつもりよ」
予め聞かれた時に作っておいたルナの紹介文をリトスは淀みなく言い終える。それを信じたピリアはルナを不憫に思ったのか優しく頭を撫で励ましの言葉を送った。
「大変だったのね、ルナちゃん。でも、これからは大丈夫よ貴女にはリトスやクリューソスさんやコキネリちゃんもいますからね」
ピリアの言葉にルナとコキネリが首肯する。
「出発前にピリアに会えて良かった。……行ってくるねピリア」
ぎゅっとピリアに抱きつくリトスをピリアも抱きしめ返す。
「行ってらっしゃい。たまには教会にも顔を見せてね」
うんと頷き返すとリトスは身体をピリアから離し背を向け振り歩き始めた。その背を追う我らに「みなさんも気をつけて」とピリアの気遣いの言葉が送られた。
「次はどこの迷宮に行こうか?」
先頭を歩くリトスが我らに問う。
『我、今は等級一番下だから高難易度は入れないぞ』
「あ、そうだった。それにコキネリの探索家登録もしないとね」
「それより、ルナはお腹が空いたのですぅ」
「わたしもお腹すいた〜」
「それじゃあ、まずは街で腹ごしらえだね」
賛成とコキネリとルナが元気に手を挙げ、話し合いでもないただ賑やかな会話を交わしながら我らは一番近い街へ足を進めた。
これは冒険の始まり。
これからどんな冒険が我らを待ち受けているのか?
いずれその時が来たら皆皆様、我らの冒険をご笑覧あれ。
−おしまい−
鍍金仕立ての宝物庫番 犬井たつみ @inuitatumi
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