第8話 大団円
「ところで、そんなことをして、あなたに、何のメリットがあるというんですか?」
と聞かれた男は、
「そりゃあ、もちろん、報酬はいただきますよ。何の報酬もなく、リスクだけがあるこの状態で、こんな提案するわけはないじゃないですか? もちろん、そんなに難しい請求はしません。何と言っても、両方から取れるわけですからね。仲介役という立場だからですね」
といった。
「なるほど、私にも請求するわけだ」
というと、
「もちろんですね。ここであなたに払ったお金くらいは、返してもらいますよ」
と笑っている。
「たった、それだけ?」
というと、
「まあ、それだけではないけど、私の目的は金だけではないからですね」
というではないか。
「この男の真の目的は何なのだろう? 最初から金だけが目的ではないと思っていたのだが」
と考えたが、
「今までにも、交換殺人の実績はあるんですか?」
と聞くと、
「まあ、あるといっておきましょう。何しろ警察も見破れないものだから、ここで暴露しても分かりっこないからですね」
と男はいう。
この男が何かの目的を持っているとしても、その目的のせいで、明美の大願が成就できなければ意味がない。ここまで余裕しゃくしゃくで話すということは当然、自信があるに違いない。
この日、この男と別れてから、後は何度か、ホテルに呼ばれた。
最初は、殺してほしい娘のつむぎのことばかり聞かれた。
「あなたは、何でも知っているんだから、私に帰化かくても分かるんじゃないの?」
と少しいじわるっぽく聞くと、
「そりゃあ、表から見ている分には分かるさ。だけど、問題は母親から見てどうかということが知りたいのさ。何しろ、殺したいくらいの相手なんだからね」
と、こちらも、ズバッと言い切った。
「殺したいといっても、本当に殺したいわけじゃない。浪費癖がなくなって、いい子になってくれれば、私だってこんなことを考えたりはしないのよ」
というと、
「そりゃあ、そうさ。向こうだって、同じことを思っているさ。でも、今はいくら、尊厳殺人がなくなったとはいえ、どうしても、家族を殺害するということは、よほどのことだという発想が残っているものでね。昔は、肉親を殺せば、その罪はかなり重かったのさ。下手をすれば、無期懲役か、死刑かの二択だったんだからな」
と男がいう。
最初に男から話を聞かされてから、一か月が経った頃には、明美の方でも計画にすっかり乗り気になっていて、
「娘が死ぬ」
ということに対して、それほど、罪悪感を感じないようになっていた。
「そもそも、あの子が悪いんだ」
ということであり、覚悟というよりも、当たり前のことだと自分に言い聞かせていたのだった。
もちろん、こんなことは旦那も知るはずがない。自分と、この男との間で、進行していることだった。
ただ、この男の正体を知ることは許されなかった。
「それでもいいなら」
という条件でお願いしたのだ。
この男も、自分からリスクに自ら入っていこうというのだから、彼なりの計画があるに違いない。
「それが、今回の計画のウィンウィンなことなのだろう」
と、明美は勝手に思い込んでいた。
ただ、もう一つ気になるのは、もう一人の相手、父親に犯され、いまだに蹂躙されているという女の子は、今、18歳だという。今だと、18歳というと成人だが、本来なら、まだ高校3年生ではないか。
もっとも、中学時代に初めて犯されたというのだから、その時のショックは想像を絶するものに違いない。
そんな女の子でも、殺人に絡むというのは、相当な勇気がいるだろう? 40歳を半ばに差し掛かった自分でも、まだ心が揺れているというのだ。だが、こういうことは年齢に関係があるというわけではない。年を取るほど臆病になってきたり、世の中が分かってくると、躊躇いの気持ちが出てくるのも、当たり前のことではないだろうか?
それを考えると、いくら、仲介人である、あの男がいるからといって、この計画にはかなりの無理がある。
しかも、あの男の正体も知るわけではなく、目的も分からない。確かに死んでもらいたい相手がお互いにいて。それぞれ、安全圏で絶対に捕まることがない方法があるということであれば、この計画に乗るのも、無理もないことではないだろうか?
もちろん、今だけではなく、相手の女の子とも絶対に会うことはしないというのが、ルールである。もっとも、相手が誰なのか、あの男が教えてくれることもない。ただ、自分が殺すことになる相手に関係のある人間、今回はその娘ということが分かっているだけに、すべて分かっているといっても過言ではない。
あくまでも計画を立てるのは、この男で、こちらは、ただの操り人形として動くだけだった。
だから、いつ計画を実行するのか、そして、いつ、娘がこの世から消えてなくなるのか、詳しいことは一切知らされない、下手をすると、ある日突然に、警察からの電話で、
「お嬢さんが、お亡くなりになられました」
といってかかってくるかも知れない。
それが、自分が先に相手を殺すのか、後になるのかも分からない。今回はいくら相手が先に殺してくれたとしても、この男がいる限り、逃げることはできない。交換殺人に、
「立会人」
と称する人間が介在するなど聞いたことがない。
というよりも、交換殺人自体、テレビドラマでもない限りありえないことだと思っていたのだった。
ある日、娘の死体が発見された。どうやら、相手が殺しをしてくれたようだ、これも予定通りのこと、あとは、自分がするだけだった。
その方法も、すべて、男からの伝授済みであった。お互いにまったく知らない者同士が会うということで、そこに、また一人介在する人がいた、何とその人というのが、ホストだったのだ。
見た目は確かに、金持ちの奥さんが好きになるタイプの男性で、爽やかそうに見える。しかし、明美は自分が風俗をやっているので、まったく気持ちが揺らぐことなどない。もっといえば、気持ち悪いと思うくらいだ。
「明美さんは、私のいう通りに動いてください。この件に関しては、元締めの方とお話は住んでいます」
どうやら、話を持ってきた男は、自分たちの手下になるような人たちから、
「元締め」
と呼ばれているようだ。
そのホストクラブの男が、一人の女の子を連れてきた。その女の子が、父親を誘惑するというのだ。
その時のシチュエーションは、いわゆる、
「美人局」
のようなやり方で、父親を脅迫する。
「そんな、昭和のようなやり方で、大丈夫なんですか?」
と聞くと、
「これくらいベタな方が、相手も心配にはならない。下手に小細工をすると、相手を不安いさせるので、却ってベタな脅しの方が、相手が考える隙を与えないという意味で、いいんですよ。元々昭和の時代のことなので、今の時代にあったら、逆に何されるか分からないと思うでしょう?」
といって笑うのだった。
そして、女がそれを聞いて、
「どうせ、死ぬんだから、何があったって、その男には別に関係ない。これはあくまでも、あなたが怪しまれないようにするための保険のようなものなのよ」
というのだった。
男も頷いていたが、少し渋い顔をしているようだった。
「そんなに、いろいろ言わなくてもいいだろう? お前はお喋りだ」
といっているようにも思えた。
ただ、気になったのは、この二人、どちらからどもなく、ぎこちなさを感じる。
「元締め」
と言われた男が差し向けた。
「刺客」
にしては、どうにもぎこちないという雰囲気だった。
ホストとその客というのは、明らかな主従関係にあるのではないか? 基本的には、女が金を貢いで、そのうちに女の首が回らなくなって、ツケで呑んだりした分が借金となるパターンである。
怖い兄ちゃんが出てくるか、それまで、ホストとして、まるで自分の召使いであるかのような奴隷扱いだったものが、お金のために立場がまったく変わってしまうのだ。
「金が払えないんだったら、金を稼げる店、紹介してやるぜ」
といって、女の顔を札束でひっぱたくなど、よくあることだろう。
女はビビってしまい、すべてが作戦だったことに、やっと気づくのだ。しかも、キャバクラなどの店ではない。もっと確実に稼げる店、そう、ソープに売り飛ばすというわけだ。
昔、昭和の初期の頃に、その日の食い扶持がないので、娘を売り飛ばすということが流行ったようだが、まさにそれの現代版である。
この女が、借金で首が回らない女なのか、それとも、このホストの金ずるとして控えている相手なのか、よく分からなかった。
ただ、二人とも、少し頭が回っていなそうなので、この元締めが操りやすいということで、
「飼っている」
ということなのだろうか?
「うまく利用できるやつは、いくらでも利用する」
ということなのだろう。
これでもデリヘル嬢をやっている明美なので、少しは裏の世界を分かっているつもりだった。とりあえず、この二人は、この元締めに、いいように操られているということだけは、その通りのようだった。
それから、数日が経って、計画が最終段階になる前に、何と殺すはずの相手が死んだようだ、事故死として警察では処理されたようだが、実際にはどうだったのか分からない。
なぜなら、あの元締めも、美人局の計画で出てくるはずだった二人も、二度と明美の前に現れなかったからだ。
それだけを見ても、
「彼らが今回のターゲットの死に関わっている」
ということが分かる。
交換殺人の鉄則が、
「絶対に犯行にかかわった人間が出会わないようにすること」
だったからだ。
一体どこで、何が、どうなったのか、経過どころか、結論も分からない。
「まるで、キツネにつままれたようだ」
と感じたが、自分で手を下すことなく、お互いに最善の結果となったのは、ホッとした気分になれた。
「世の中が、あれほど理不尽だと思っていたのに、こんなにうまくいくなんて、歯車があみあったり、運命がいい方に流れるのも、いい出会いが結んでくれた縁なのだろうか? それとも、神様が本当にいて、勧善懲悪の神が、守ってくれたということなのだろうか?」
と考えた。
ただ、裏では本当に何が起こっていたというのだろう?
一つ言えることは、
「ホストの美人局は、二度と現れることは、名実ともにありえない」
ということだった。
女の方は、実際にこのホストから逃れられたのだろう。
彼女は、名前を、源氏名で、
「つむぎ」
といった。
「つむぎとつぐみ」
名前が似ているので、紛らわしいが、実はこの二人、姉妹である。
どこでどうなって、この事件が絡み合ったのか、ハッキリと分からない。元締めも分かっていないかも知れない。
しかし、このことをずっと黙っている人がいるのは間違いない。
「この秘密は、墓場まで持って行こう」
と思っていたことだろう。
しかし、その思いは、もう実際に達成されていた。
そう、この男はすでに、この世にはいないのだから……。
( 完 )
秘密は墓場まで 森本 晃次 @kakku
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