異文化サプライズ

HiroSAMA

異文化サプライズ

 優しい日差しが昭和感ある喫茶店を温めている。

 そこには長い金髪を束ねた少女エイミが、同級生のショウくんと座っていた。

 年季を帯びても風格を失わないソファーに対面で座る小学生ふたり。ウェイトレスお勧めの焼き菓子と一緒に珈琲を飲んでいる。

 丸眼鏡のショウくんは普段からブラック。エイミは背伸びをしてそれに合わせ、後悔が表情に出ないよう必死だった。


「どうエイミ、日本には慣れたかい?」

「うん、ショウくんのおかげでバッチリだよ」


 エイミは海外からの転校生だが、父親が日本人で普段から日本語を使っている。漢字の読み書きは苦手だが会話には支障はない。

 そこにはあえて触れず、恋する男子の存在が役だっているとアピールを送るが……生憎と、それを向けられたショウくんに気づいている様子はない。常日頃浮かべているニコニコとした笑みを保ったままだ。

 それでもへこたれないエイミはアグレッシブに攻めようと心がける。

 周囲の客と店員たちは、その様子を見て見ぬフリで見守っていた。


 会話が進むうち、次第にエイミの表情に影が差し込む。

 目ざといショウくんはそれに気づいた。


「調子悪い?」

「いや、その……」


 エイミの異変は珈琲の利尿作用がもたらしたは尿意である。だが、意中の男子の前でトイレに行きたいと言い出せず言葉を濁す。

 しかし、このまま放置すれば未知の大災害おもらししてしまうのは間違いない。

 そうならないためにも「ちょっとお化粧直してくるね」と、誤魔化し立ち上がる。


 察したショウくんは「後ろの右手側に個室があるから、そこで直してくるといいよ」と彼女がスッピンであることに触れず、フォローするのだった。


   †


 エイミは恥辱を堪え個室に入り込む。

 だが、いまだ日本文化に不慣れな少女は、そこで己の目を疑った。

 トイレに来たハズなのに、見慣れた便器が見当たらないのだ。


 本当に化粧専用の場所に案内されたのかと戸惑うが、聡明な彼女はすぐに気づく。

 普段見慣れた西洋式とちがい、床に埋め込まれた白色の陶器こそがそう・・なのであると。


「おう、ジャパニーズ和式トイレ!?」


 初めての遭遇にパニックに陥りかける。

 戸惑いながらも膀胱の訴えに急かされ、そこに直に座ろうとする。


 だが、そうではないだろうと思いなおした。

 足が着くような場所へ生尻を付けるのはあまりにも不衛生。

 潔癖症キ●ガイの多い日本でそんなことを求められるハズがない。


「とすれば……」

 エイミは和式トイレを凝視し、その形状と機能を理論的に推測する。

 陶器であること、そこに水が溜まっていることから、ここに排泄物を流すので間違いないだろう。


 問題は体勢スタイルである。


 脳内に与えられたヒントを広げ直すと、どうするのが正答であるのかとシミュレーションを繰り返す。

 そして、かろうじて尿漏れを起こす前に答えを得ることができた。


「これしかない」


 エイミは決意とともに便器をまたぎ、その前方に立つ。

 スカートを持ち上げ下着をおろすと確信をもって腰を折り曲げた。


 慣れぬ体勢に負荷がかかる。太ももとふくらはぎにかかるに歯を食いしばる。バランスもとり難い。


「これで良いんだよね?」


 『立ったまま』ということも考えたが尿が飛び散る恐れがある。便が高所から水面に落とされたときの被害を考慮すれば、膝を折り曲げたこの体勢こそが正解であろう。

 しかし、それでも疑念はぬぐいきれない。


――本当にこんな恰好でして、粗相はないのだろうか。

――いまからでも誰かに聴きに行けば……。


 女性ウエイトレスもいたので、恥ずかしくても聞けないことはない。

 だが、幼い膀胱はすでに悲鳴をあげる直前。大人ぶって飲んだ珈琲の影響もあり余裕などありはしない。


「絶対大丈夫」


 アニメで見た魔法の言葉をつぶやくと、その場を満たしていた静寂をピチャピチャという音で打ち砕く。

 その水音はなんだか普段よりもハッキリ聞こえるような気がした。


 間違っているかもしれないという不安はぬぐえないが、排尿の洪水を止めることはもうできない。

 エイミはその内に抱えたものすべてを吐き出すまで、その場から離れることはできなかった……。


   †


 便器に付いた取手を押すと大量の水が流れていく。

 それとともに彼女のした痕跡が消失した。


 少なくともこれで誰かに迷惑をかけることはないだろう。

 そのことに安心すると肩から力が抜けた。


 下着をあげ、スカートを整えると手を洗う。

 ハンカチで拭いショウくんの待つ席へと戻った。


「大丈夫だった?」


 エイミは気遣いの言葉に笑顔で「うん」と答える……が、直後に硬直した。


「大丈夫ってなんのことかな?」


 確かに和式トイレとの遭遇は、彼女にとってとんでもない出来事トラブルではあったが、そんなことを彼が知るわけがない。

 とすれば、ショウくんはエイミのなにを心配しているのか。


 聡明な彼女は気づく。

 時間をかけ過ぎたのだ。


「ちっ、ちっ、ちがうから! ウン●なんてしてないから!」


 悲鳴にも似た声をあげ、返って店内の注目を集めてしまう。


 更には、いままさにトイレに入ろうとしていた男性客の足までも硬直させる。


「してません、大丈夫です! 臭くなんてしてませんから!!」


 そう言ってエイミは自らの潔白を訴える。

 同行しているショウくんは「大丈夫だよ」と言ってくれたが、日本語として多様の意味を含んだ『大丈夫』が、彼女にとって本当に大丈夫なのか、納得するのにかなりの時間を要することになるのだった……。

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