太陽と血の朝

立談百景

太陽と血の朝

 生まれついたその時から私の苦労は始まっていた。

 不法滞在、不法就労中の母から隠すように産み落とされた私は、国際就労斡旋のブローカーが外国人を違法に詰め込んでいた寮とは名ばかりのおんぼろの一軒家の和室を四つに仕切って一部屋にしたプライバシーもクソもない人権の終わりみたいな場所で産声を上げ、それを運悪くブローカーに見つかって「クソを生みやがってクソが」と暴言を浴びせかけられながら母親ごと捨てられて、母親からは私をどこだかの病院の近くに段ボールに入れて捨てられて、生き延びたというよりは死ななかったのが不思議という状況でどうにか生き延びた。

 何も知らない赤子の時に死んでいればこうやって生まれたときの気苦労なんてしなかったのだろうか。しかし残念なことに私には記憶や意識があった。

 私は生まれたその瞬間から今までのことを全て鮮明に記憶していたのだ。

 私は私を助けてくれた病院の先生のことを覚えている。私は私に優しくしてくれた看護師さんのことを覚えている。私は私を迎え入れてくれた施設の先生のことを覚えている。私は私をからかった全ての人間の一挙手一投足を忘れない。私は母が「サーン」と名付けてくれたことを覚えている。私は感謝を忘れない。私は恨みを忘れない。私は世界を愛してる。私は世界を憎んでる。全てあってそれが私だ。だから私は私を捨てた時に泣き叫んでいた母のことを覚えているし、母をゴミのように捨てたブローカーの男のことを覚えているのだ。

 だったらどうする?

 探して殺す。

 殺す殺す殺す殺す!

 絶対に!

 しかし私はブローカーの男を殺すことはできなかった。

 ブローカーの男は私を殺してしまったからだ。

 ブローカーの男は名前をシラギと言った。恐らく偽名だがそんなものはどちらでも構わない。私が認識するあいつの名前はシラギだ。

 シラギはまだあの外国人寮の近くにいたし外国人寮はいまだに稼働していたし外国人寮にいた顔ぶれはお母さんが居た頃とは全く変わっていて私はシラギが何人も何人もこうやって外国人を入れ替えながら人身売買のような手段でいまだに金を得ているという事実に眼球が裏返るほど憎しみを覚えた。

 シラギは声も身体もデカい多分反社会的な人物で、私が夜道で待ち伏せして刃物で襲うも全く歯が立たなくて逆に顔を平手で殴られてその拍子に地面に叩き付けられて背中を踏みつけられて顔を蹴り上げられて息も身動きも出来ないほどボコボコにされる。

「なんだ手前てめえは」

 身動きの出来ない私の髪を掴んでシラギの顔が目の前に現れそのゾッとするほど鋭い眼光で睨みつけてきて私は思わず唾を吐きかけたがそのまま地面にガンと頭を叩き付けられて気を失って気がついた時には知らない部屋で男たちに輪姦されていた。

「しっかり種付けとけよ」

 15歳の私は強姦してきた男のうちの誰かの子供を妊娠してお母さんが住んでた外国人寮のお母さんが住んでたスペースに放り込まれて最低限の食事と最低限の尊厳だけ与えられて見る見るうちにお腹が大きくなって家畜みたいに扱われてひとりだけ優しくしてくれる男がいたけどそいつだってシラギの片棒を担いでるんだしそんな優しさなんてもはや意味もないなんて思ってたら臨月がきて闇医者の元で子供を生んだが産み落とした瞬間にシラギは私の頭を拳銃で撃ち抜いた。

「これの臓器バラして、ガキはそのまま売るから。……死体の血はちょっと抜いて寄越せよ」

 薄れる意識の中で確かに私はそう聞いた。

 そして次の瞬間、私は産声を上げた。

 最初は訳が分からなかった。意識は確実に途切れ、私は死を迎える瞬間まで憎しみを覚えていた。

 死を迎えたその瞬間、私の身体の自由はなくなり、ぐっと縮んだ心地がした。

 シラギの声と闇医者の声がぼやぼやと聞こえる。目が上手く開かず、ふにゃふにゃとした口しか聞けない。意識と身体が上手く噛みあってない感覚。私は……私はこの感覚を記憶している。これは、赤ん坊だった頃の感覚だ。

 つまり――私は、私を産み落としたのだ。

 全ての記憶を持って、全ての知性を持って、私は再び私から産まれた。なぜそんなことが起きたのかは分からない。分からなくていいし深掘りしない。私にとってそれは大きな好機ということだ。

 死ななかった。いや、死んだがどうにかなった。憎しみを持って再び生まれ落ちたのだ。

 しかし状況は悪い。知性と記憶があっても私は身体の発達していない乳飲み子だ。デカい声を出すか糞尿を垂れ流すしか意思表示も出来ない。夜になって私は誰も居ないどこかの雑居ビルの一角の一室でベビーベッドの上に寝かされてデカい声で泣いてみるが誰にも気付かれない。しかしどうしようもない私は泣いて泣いて泣きわめいてぼんやりとした視界で上手く世界が見えなくてそれでもひたすらに泣いて、そしてようやく、それは誰かに届いた。

 誰かはそっと私のいる部屋に来て静かに静かに慎重に私をベビーベッドから連れ出して街を抜け車に乗り高速道路を走り恐らくどこかに逃げていた。そいつは畜生畜生と焦ったような声を上げていて、そこで私はようやくそいつが外国人寮で監禁されていた私に唯一優しかった男だと気付いた。

「ちくしょう、ちくしょう! なんでこんなことをしてるんだ俺は!」

 男は独り言を叫びながら夜を抜けていく。そして走り続けた車はやがて街を抜け誰も居ない見知らぬ土地に辿り着き私と男の生活が始まった。男の名前はユウシと言い長いことシラギの下で働いていたが妊娠した私を見て情にほだされ産み落とされた私を見て助けなければと思ったらしい。欺瞞に偽善も良いところだが赤ん坊の姿の私にとっては都合が良く、ユウシは子育てもしたことがなければまともな仕事もできないどうしようもない男だったが私の面倒は甲斐甲斐しく見てくれており私はどうにか死なずに済んでいた。

 私は私でなぜか成長が早く、一歳で大体の言葉を話すことができたし三歳になる頃には大抵のことは自分で出来るようになった。それはあまりにも異常だ。子育てをしたことも興味を持ったこともなかったユウシは私の異常な成長に気付いていない。記憶が引き継がれた影響なのだろうか。しかし都合がいい。私は早くシラギを殺さなければならないからだ。

 ユウシは私のことを「アサ」と呼んだ。彼はほとんど父親のつもりで私に接していたが私はユウシのことをあまり父親扱いしなかった。生活の様々は私の方が上手くできたし、ユウシはあまりに不器用だった。私たちにはお互いに戸籍がなく生活は色々と大変なことが多い。それでもどうにか生きていたのはユウシが真面目に働いてたからだし私をちゃんと育てようとしてたからだしユウシはそもそもどうしようもないクズでチンピラ崩れのやつだったけど少なくとも私への愛情は本物だったみたいで私はユウシのことは信頼していたしなんなら好きだったと思う。

 だからユウシと暮らしはじめて十年経ってからシラギがユウシを探し出したことに私は少し狼狽した。

 ある夜に突然私たちが住んでたオンボロのクソ狭い平屋に押し入ってきたシラギはユウシを見るやいなやその身体を引きずり倒して馬乗りになって顔と身体を何度も何度も殴りつける。

「ユウシぶっ殺してやる!」

 ユウシはシラギに殴られながら私に対して「逃げろアサ!」と叫んでシラギの暴力を受け続けていたが私にとってはシラギが自分から目の前にやってきて自分に注意を向けていないのは都合が良かった。

 私はすぐに台所にあった包丁を掴んでシラギの背中にめがけて突き立てる。何度も何度も肋骨の隙間を縫うように100円ショップで買った安く薄い包丁を突き立てる。そして最後に思いっきり深く包丁を背に突き刺すと、その刃は折れてシラギの身体の中に残った。

 ――これだけ刺せば、死ぬだろう。

 死ぬはずだ。

 殺したはずだ。

 殺した、殺した、殺した!

 ついに!

「……なんだ手前てめえは」

 しかしシラギは刺されてよろめくこともなくそこでようやく私に注意を向けた。

 ――どういうことだ。シラギは刺されたこと自体、意に介していなかった。血は流れている。しかしその目の鋭さは衰えることなく、その巨体で立ち竦む私を見下ろした。

「お前……まさかユウシが持ち出したガキか? にしちゃあでけえな」

 私はいま十歳だったが、体格は中高生くらいはある。私の成長の早さについてはさすがにユウシも気付いてそれでも発育が良いだけだと笑っていたけど、私は自分が普通でないことは自覚していたつもりだ。

「それに殺意が桁違いだ。目の前で家族みてえなもんが殺されそうになってる時に出る殺意じゃねえ。もっと深い深い、恨みを感じる殺意だ。手前てめえはなんだ? ユウシに俺のことを聞かされてたってのか? ――でも残念だったな、俺はじゃ死なない」

 シラギはそう言って背中に深く刺さった包丁の刃を自ら取り出し私の前に投げ捨てる。

「俺は死なない。吸血鬼ノスフェラトゥだからな」

 シラギが言い終わると同時に私の顔にやつの膝が入り私は台所のシンクまで浮かんで乗り上げてしまう。シラギはそのデカい片手で私の細い両手首を締め上げもう片方の手で私の首を掴み、私はまともに身動きが取れなくなるし声も出せない。やつは相変わらず鋭い眼光をしていたがどこか楽しげに私のことを見ていた。シラギは私の首をギリギリと締め上げながら興奮したように言う。

「ああ、ああ、ちくしょうめ。久しぶりだ。こんな殺意は久しぶりだぜ俺は。こんな殺意を待っていたんだ俺は。なあお前ユウシが持ち出したガキなんだろ。お前の母親は俺を夜道で刺し殺そうとして捕まっちまったんだぜ。あいつは弱かったがあいつの殺意だけは覚えてるぜ。なあお前なんで俺を殺したいんだ? お前にとって俺はなんだ? お前が生まれた瞬間にお前の母親を銃殺した男か? お前の目の前でお前を育てた男をなぶり殺す暴力か? それだけじゃあ説明がつかんぜなあお前、お前はなんだ、お前はなんだ」

 私は――私は。

 私は手首に力を入れる。首が絞まりきらないように肩に喉に力を入れる。シンクにハマった腰をよじり足をばたつかせる。興奮した様子のシラギを睨み続け、殺意を向ける。

「ははははは! 殺すのがもったいねえ、もったいねえなおい! お前は俺を殺してくれんのか? お前を生かしてたら俺はいつかお前に殺されんのか? なあ? おい! なあ! 俺はお前に殺されんのかって聞いてんだよ! お前――」

 シラギの手に一層の力が入り、私の喉がいよいよ潰れるかもというその時――

「あ?」

 私からシラギの手を引き剥がそうと、ユウシがその腕にしがみついていた。

「アサ、いま助けるから……」

 それは僅かだがシラギの油断を誘った。

 シラギは私の手を締め上げていた腕を振り、ユウシの身体を振り払う。振り払われたユウシはそのあまりの力で吹っ飛び壁に身体を打ち付けた。

 ――手を離したな!

「クソが、いま手前てめぇに構ってる暇は……」

 一瞬ユウシの方に顔を向けたシラギが私に向き直ったその瞬間、私はろくに切っていない長い爪の生えた指をやつの顔面に向けて勢い突き出した。

 指に生暖かい感触、爪の間に肉が挟まる心地悪さ――

 私の人差し指と中指が、シラギの左目を貫いた。

「ああっ!」

 シラギは思わず声を上げて一歩引き下がった。その拍子に拘束は解かれ、私はようやくシンクから身体を出し立ち上がる。

 ――ユウシが心配だ、と思った。

 しかしそれでも私の意思はシラギに殺意を向けていて、結局ユウシの方を見ることさえしなかった。

手前てめぇ手前てめぇ手前てめぇ手前てめぇ手前てめぇ手前てめぇ――! やりやがったなクソやりやがったな畜生が! 畜生が!」

 シラギは目を抑えその指の隙間から血をぼたぼたと零しながらこちらを睨みつけてくる。

 しかしシラギは何かに気付いた様子でふっと息をのみ、数拍置いて、私に信じられないことを口にした。

「――手前てめぇ、まさか俺の子供なのか?」

 私は思わず潰れかけた喉で叫び返す。

おばえどごどもなばげねえだろお前の子供なわけねえだろ!」

 やつにとっても事態が飲み込めないのか、シラギは何かを考えるように何かをぶつぶつと口にしはじめ私はその無防備な身体に向かって今度こそと台所の収納の下に隠していたハンドアックスを取り出してシラギの身体めがけて何度も何度も木を倒すように振り下ろすがシラギはぶつぶつ言うのをやめない。

じね死ね! じね死ね! あやくじねよグゾやどうがよ早く死ねよクソ野郎がよ!」

 シラギに斧を振り下ろす度に血が跳ねるがしかしシラギの身体は反動に揺れるばかりで私の攻撃に堪えた様子もない。最悪だ、なんでだよ、折角殺す機会が巡ってきたってのになんで殺せないんだよクソクソクソクソ!ノスフェラトゥってなんだよクソが!早く死ね早く死ね早く死ね早く死ね!と私が渾身の力を込めて振り抜いたハンドアックスをシラギは目を抑えていた方の手で受け止めてそれはやつの手の平に食い込み刺さり抜けなくなる。私はそれを必死に抜き取ろうとしたが斧はそこからビクともしなくなった。

 シラギはいつの間にかぶつぶつ言うのをやめて、潰れていない右目で私を睨みつけた。

「俺の身体に治らねえ傷を入れられるのは高潔で聖なる精神を持つ人間と、そうでなければ俺と血を同じにする吸血鬼ノスフェラトゥの牙や爪だけなんだよクソガキ。そして俺は紅い血の膜から生まれた真なる吸血鬼ノスフェラトゥだ。俺に親兄弟はいない」

 斧を取るために藻掻く私をシラギは斧ごと振り払い私は床に転がってしまいうつ伏せになって倒れ背中をシラギに踏みつけにされ身動きが取れなくなる。

「――」そう言ってシラギは私の背中を一際に強く、床を踏み抜くように力を込め「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」私の背骨は鈍く硬い音を立てて砕けた。意識が飛んでしまいそうだったが耐えることはできた。――

 しかし耐えた私の背中をもう一度シラギは踏みつける。今度は声が出なかった。そしてシラギはもう一度私の背中を踏みつけ、もう一度私の背中を踏みつけ、何度も何度も私の背中を踏みつけながら再び興奮した様子で捲し立てた。

「お前が本当になら、じきに再生するだろうよ。……ふふふ、ふふ……はははははは! ようやくだ、ようやく念願叶う時がきたかもしれねえなあ! ! やっぱり種ってのは蒔いとくべきだったなあおい! お前がどうやって生まれたのかは知らねえ、お前の母親を妊娠させたのは俺じゃねえが、お前、あの時撃ち殺した母親そのものなんだろ? 胎児と魂を共にし、死ぬと同時に移り変わったんだな。そういやあん時の殺意は確かにお前の殺意にそっくりだったなあ! お前は不完全だが吸血鬼ノスフェラトゥってわけだ! ! お前はまだ不完全だが、吸血鬼であれば!」

 私の背中を最後に思い切り踏みつけシラギは私への執拗な攻撃をやめた。

「また俺を探せよ、不完全な吸血鬼ヴァムピーラ。俺を殺すための力を身につけ、俺を殺しに来い! お前の殺意が俺に届くのを精々楽しみにしてるからよ」

 そうしてシラギはユウシに一瞥もくれず、ただ睨みつける私を空の眼孔で刺し付けて、私たちの家から立ち去った。

 そしてシラギが家を出て行くと、ひどい静寂が世界を満たした。

「――ユウシ!」

 シラギの足音が消えてから、私はようやくユウシの方に顔を向ける。

 台所の端の壁に打ち付けられたユウシはぐったりとしていたが辛うじて呼吸はしているように見え、私は立ち上がることが出来ずに床に這ってユウシの方に近づいていく。

 ――本当ならこの状態で這うなんてできないはずだ。私は私の身体が次第に元に戻っていくのを感じていた。骨がみしみしと音を立てて形になっていく。擦り傷や打ち身の痛みが徐々に引いていく。そう言えばすっかり喉も元に戻っている。ユウシの元に辿り着くにはこの狭い部屋でも何分もかかったが、それでも辿り着く頃には自分の身体を起こせるくらいまでには回復していた。

 私のことを、不完全な吸血鬼ヴァムピーラとシラギは言った。私はやつの子供なのだと。

 あの口ぶりから、シラギは自分を殺せる吸血鬼を生み出そうとしていたのだろう。あの外国人寮で母を捨てたのは生まれた私が吸血鬼ではないと思ったのだろう。何か印でもあるのかも知れないが、少なくとも今の私にはそんなものはない。

 ――生き残った。生き延びた。生かされた。

 あのとき母と私をゴミのように捨てた男に、目の前で私ののユウシをいたぶった男に、私は生かされた、生かされた、生かされた!

 屈辱だ。冒涜だ。絶対に許さない――!

 私はユウシの元に寄り添い、その身体を起こす。ユウシの身体には力が入っておらず、壁にもたれさせるのでやっとだった。脚は折れ曲がり、腕は減し曲がり、口からは大量の血を吐いている。僅かに呼吸はあり、血液が泡になったものがぶくぶくと垂れる。もはやユウシに意識はなく、私の呼びかけに応えることは終ぞなかった。――もう助からないのだろう。

 ユウシと最後に交わした言葉はなんだったろう。ユウシは最後まで私を心配してくれていたのに私は声すら掛けずにシラギを殺すことばかりを考えていた。とは、まさに私だ。

 だったら私は徹底して人でなしになってやろう。

 私はユウシの服を引きちぎり、裸にする。ズボンからベルトを取り、ユウシの首に巻く。

 ――ユウシのことは、私が殺そう。私がそれを背負いたい。

「私が吸血鬼なら、これから何をすればいいのか、自ずと分かるはずだ」

 私はシラギの言葉を反復した。

 私は自らも裸になり、ユウシにまたがった。そして勃起をしていないがやたらと長く大きいユウシの性器を取り上げ、自分の性器に無理矢理押し込める。大した痛みもなく私の隙間にユウシの性器が潜り込んでいく。

「ユウシ――ごめんね」

 そして首に巻き付けたベルトで、私はユウシの首を一気に絞めた。ユウシの身体は一瞬びくっと痙攣したと思うとその性器から射精して私の中に精子を注ぎ、私は彼の身体を抱きしめた。死の反射なのか、身体がまだ少し痙攣しているように感じる。しかし鼓動はもう弱く、その命は今にも尽きてしまいそう。

 そして――

 そして私は、大きく口を開く。

 。いまこのとき、牙を持った。

 そしてその鋭い牙を、彼の首筋に強く強く突き立てた。

 牙の刺さったそこから血が流れ、私はそれを口で吸い、嚥下し、肉をほじるように噛み続けた。

 私は私が吸血鬼であることを自覚し、そしてシラギの子供であることを理解する。

 私は――

 私は吸血鬼ヴァムピーラ

――瞬間、ユウシの血液が身体中から吹き出し、まるで生き物が泳ぐように私の身体にまとわりついた。そして膜を張るように私の身体を覆っていく。私の身体とユウシの身体と血が混じり合い、液体のようになり、赤くぶよぶよとした塊になっていく。私のお腹の辺りが次第に大きくなる。受精した私から私が急速に肉体を作り出しているのが分かる。私の次の魂を入れる器――『完全なる不完全な吸血鬼ヴァムピーラ』になるための器が出来上がっていく。赤くぶよぶよとした私たちの真ん中にいる次の私だ。

 アサ――と、ユウシの声が聞こえた気がした。

 そして、私は再び生まれた。

 赤くぶよぶよとした膜を弾けるように破り、私の肉体は動き始めた。膜の中の血液が部屋中に飛び散りそこら中から血が滴る。そこに溜まった血の池に佇むようにして、私は立ち上がった。

 ――自らの身体が人間ではなくなったことが分かる。大人のような体つきだ。自らの白い肌に血の滴る様が心地よい。そして私が強く念じると、部屋中の血が私に向かってずるずると這うように向かってきて、私はそれらの全てを身体に取り込むことができた。

 これが吸血鬼ヴァムピーラ――。血を得る度に力が滾るのが分かる。

「ユウシ――」と私は彼の名を呼んだ。

 返事をする者はこの部屋にはなく、その肉体さえも私は自らに取り込んだのだ。

 もうここには何もない。あるのは私という殺意だけ。

 そして私はユウシの適当な服を借りて着て、ユウシの首を絞めたベルトを身につけ、それ以外は何も持たずに家を出た。

 夜明けがくる。

 太陽の光が疎ましい。

 私はシラギの跡を追うように歩き始める。

 きっとこれから永い永い時間、私はやつを追いかけるのだろう。

 シラギを殺すため、あるいはシラギは私に殺されるため――。

 吸血鬼になって分かる。きっと私たちは殺されても殺されきれない。殺して殺して殺し尽くすまで殺さなければ死ぬこともない。

 私はいつまで生き続けるのだろう、いつまで殺し続けるのだろう。

 しかしきっとあいつを殺すことが私の生きる意味で、殺されることがあいつが生き続ける意味なのだ。

 やがて太陽が昇り、朝がくる。

 そして私はいつまでも夜を待ち続けるのだ。


/了

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太陽と血の朝 立談百景 @Tachibanashi_100

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