第94話
心地よい響きが、部屋に広がった。思い思いにごちそうにありつき、飲み、少し落ち着き始めたところでトリルは口を開いた。
「みんなは、これからどうするの?」
「私達は、一度モナルキーアに戻らなければなりませんね」
「えっ、どうして? ピエトラの手伝いは?」
「まずはアリア様に報告に行きませんと。戦いの結果がどうなったか気を揉まれているでしょうし、何よりも予言の旅が一段落したわけですから」
そっか、と言いながら、トリルはアインを見る。
「旅は、終わりなんだもんね」
沈黙が流れかけた気がして、トリルは慌ててリリコを見て口を開いた。
「リリコは?」
「当ての無い旅をしてみるつもりだったが、少し、ここに留まってみようかと思う。石の文化に触れてみたいし、彼らの音楽も気になるしな」
「それは重畳。お主のような、若く可憐な娘に留まってもらえれば、
コロラトゥーラの言葉に、トリルはつい噴き出してしまった。
「何か言いたいことでもあるのか、トリル」
リリコの口元には微笑みが浮かんでいるが、目が笑っていない。
「何でもないです、人生の先輩」
トリルが言うと、今度はスーが噴き出してしまった。
「二人とも、あとでゆっくり話そうな」
「なんだなんだ、どういうことだ?」
コロラトゥーラがきょろきょろする中で、次に口を開いたのはルーラードだった。
「吾輩も残ろうと思っているよ」
「隠遁生活はやめたのか」
アインが笑って言うと、彼も笑った。
「山の上にあった資料が気になってな。吾輩の知らぬ薬の知識がありそうだ」
スーがこくこくと頷く。
「あれはまさに財産ですよね。私も、モナルキーアに一度帰ったら、なるべく早くこちらに戻って、資料を読み込んでいきたいと思っています」
「それには、
シラブルが言う。
「誇りある
「じゃあ、シラブルは一度フォンテの都に戻るの?」
「いや、ディクション隊長が帰るから、そういう動きは自然と生まれると思う。僕は、前もって決めていたとおり、見聞を深めるためにモナルキーアに残る」
驚きながらも、トリルは次の言葉を待つ。
「スーに頼んで、モナルキーアの騎士団に出向させてもらうことになっているんだ。両親の具合は随分良くなったし、何よりも人族の武術を僕も学びたいからな」
思わず、トリルはスーを見る。顔を赤くしながら、スーは慌てた様子で口を開く。
「
シラブルが、眉をひそめてスーを見る。
「親切心? 僕はてっきり、耳飾りの約束を……」
わっ、わっと立ち上がり、シラブルの言葉を遮るスーを見て、こんなに慌てる姿を初めて見たような気がした。
「シラブル! いいかげんにしてください!!」
「いいかげんも何も、別に僕は……」
シラブルが何か言おうとすると、スーが懸命になって途切れさせる。その様子に、全員が笑っていた。
「ド、
顔をパタパタ仰ぎながら、スーが言葉を紡ぐ。
「そうだねぇ……
問われたマチネは、首を横に振った。
「私はモナルキーアに帰るわ。怪我はともかくとして、妹のソワレを置いてきたし、それに……」
胡桃色の瞳が、トリルとアインを交互に見る。
「二人が旅に出て、帰ってくる場所で報せを待っていようと思ってたから」
「てっきり、俺が逃げないように同行してくるのかと思っていたぞ」
やめてよ、とマチネが杯に口をつける。
「そこまで野暮じゃないわ」
トリルはスーを見た。スーは、ついてこないんだろうか。なんとなく、旅をするのは三人で――というような気がしていたからだ。でも、さっきスーは、モナルキーアに戻って、すぐに山の上に行くというようなことを言っていた。スーの翡翠色の瞳が、少し、寂しそうに光った気がした。
「私とは、その内一緒に旅をしてくれよ」
リリコがトリルを見て笑った。
「ただ、人族の命は短いからな。君が旅を出来る体である内に、声をかけてくれ」
「うん。でも、いくらなんでも、そんなにすぐに年取るわけじゃないよ」
「私にとっては、すぐに、というのは十年くらいだが、大丈夫か? なんといっても大先輩だからな」
ふふんと鼻で笑って、リリコが豆の殻を指で弾いた。
ピエトラの夜は、穏やかに過ぎていった。それぞれに共有した時間はそれほど長くないはずが、ずっと前からお互いを知っているように、和やかな時間が流れていった。誰も、終わりに向かう言葉を発しようとしない。それどころか、最初に話していた音楽のことで、またひとつ話に花が咲いていた。
「
「おおとも。踊りのためにつくられたものが多いし、気分によっても次々と生まれていくのだ」
「
「あぁ、それはドラグーンと同じだね。子どもが生まれたら歌うものとか、男女がつがいになったらたたく曲とかね」
聞いていたルーラードが、ふむ、と唸った。
「
「それなら、いっそみなの種族で楽器を持ち寄り、みなで演奏してみるというのも一興かもしれないな」
「
「それなら、お前さんは歌を担当すればよかろう」
リリコの言葉を皮切りに、今度はどの種族のどんな楽器があるかという話で盛り上がっていく。それを見ていたアインが呟いた。
「この光景を見ていると、大丈夫そうに思えるな」
「そうだね。種族が違っても、仲良くやっていけそうな気がする。私達の旅が終わる頃には、意見がまとまって、素敵な音楽が出来てたらいいね」
言いながら、トリルは大きくあくびをした。お腹も心も満たされて、すっかり眠くなってしまったらしい。それからアインといくつかの言葉を交わしながら、トリルのまぶたはどんどん重くなっていって、まどろみに抵抗できなくなっていった。
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