第93話

「ずっと昔も、同じようなことがあったはずなんだよね。英雄がすべての種族を率いて戦った。それなら、どうしてそのときに、この塔や装置を壊さなかったんだろう」

「……それはきっと、私と同じ意見で」

「うん、そうだと思う。スーの言うこと、私にも分かるんだ。コレペティタは自分のために、カストラートは他種族を傷つけるために使ったけど、良いことに使えば素敵な結果が生まれるかもしれない。そう思って、古代の人々はこれを未来に――今の私達に託そうとしたんだと思う。でも、その結果、インブロリオがこれを見つけて、同じ過ちを繰り返した」

 アインが頷く。

「俺達が終わらせる。サルヴァトーレとやらがやり損ねたことを、終わらせてやろう」

「スー」

 二人のまなざしに、スーは微笑んで応えた。

「予言に謳われたお二人がそうおっしゃるのでしたら、私が口を挟む余地はありません。きっと、それこそが『影を晴らす』の本当の意味なのだと思います」

 他に、誰も何も言わなかった。ただ、二人の決断を頷いて承諾した。アインが白く輝く大剣を構え、装置に近づいていく。

「壊した瞬間、何かが出てきたりしないかな」

 トリルが呟くと、リリコは頷いた。

「一応、距離をとったほうがいいかもしれないな。森にも、衝撃を受けると大きく破裂する植物があった」

「いや……」

 アインが巨大な装置に近づいて、口を開く。

「分かる――闇の力を生み出した箇所が。ここを断てば、終わる」

 アインが大剣をかざした。そして、並々ならない力を込めて、振り下ろした。白い刃は、装置の中央とおぼしきところに深々と刺さった。ギュオォォォン、という低い音が響き、次第に装置のあちこちについていた不思議な光は輝きを失い、やがて消えていった。

「――終わった」

 アインはそれだけ言った。トリルはじっと、突き刺さった大剣を見つめた。その表情を見て、スーが首を傾げる。

「トリル様、どうなさったんですか? 使命が果たされたんですよ」

「難しいな、って思ったの。とても長い時間を経ても、力を正しく使えるようにはならなかった。いつかそうなれたらいいと願いながら、そうはなれなかった。その根っこには、インブロリオが言ってた、他の種族への嫌悪感があるような気がするの。自分とは違う人を受け入れることは、やっぱり難しいんだな、って」

 リリコが、寂しそうに微笑んだ。

「難しいだろうな。なんとなく好き、なんとなく嫌いというのは、誰しもがもつ感覚だ。奴が口にしていた嫌悪感というのは、決して特別な感覚ではない。これから各種族が関わりあうようになれば、同じように差異に抵抗を示し、悪辣な感情を露わにする者も出てくるだろう」

 スーが目を伏せる。

「こんなことは言うべきではないかもしれませんが、クプレ大臣も、度々そういう発言をしていらっしゃいます。インブロリオのような極端な考え方ではないようですが、種族間の軋轢というのは確かに出てくるのかも知れません」

「深刻になる必要は無かろう」

 アインが一笑に付した。

「今回の戦いで、種族を越えて手を取り合うことの素晴らしさは証明された。それになにより、ここに、こうして分かり合えることの証拠があるだろう?」

 アインがトリルの体が抱きかかえた。

「た、高いってば!」

「待て待て、その先は帰ってからにしろ。日没までに下りてこいと、鉱人ドワーフの王が言っていただろう」

 リリコが苦笑して言った。ここにある資料は後日調査しましょうとスーが言い残し、トリル達はその場を後にした。

 来た道を戻り、一行が塔を出ると、塔の外では、戦士達がくつろいでいた。戦っている途中で、オンブラが急に消えたのだと言う。もしかしたら、あの装置がなければ、少なくともこの施設にいるオンブラは姿を保てないのかも知れない――とスーが言った。

 カテーナの都に戻ると、街のあちこちに明かりが灯されていた。

「ディスカーリカへ続く道の封印は、必要ないかもしれません」

 トリルは、ディスカーリカと呼ばれ続けた場所で見たものを、アクート王に伝えた。それならば、とアクート王は見張りの鉱人ドワーフをつけることだけに留め、後日、山の上にある資料は各種族の共有財産にしようと言ってくれた。

 また、アクート王は、都にある家々を戦いに参加した人々に提供し、自由に体を休めて欲しいと通達しており、トリル達にも大きめの家をひとつ取り置いてくれていた。さらには、牛人ミノス達が少ないながら食糧も運んでおいてくれたとのことだった。

 一緒に塔に登った仲間達に加えて、マチネも合流して、一行はささやかな宴を催すことになった。

「まぁ、牛人ミノスが用意してくれたら、こういう量になるよね」

 石造りの借宿には大きなテーブルがあったが、その上にはどっさりと食べ物と飲み物が載せられていて、トリル達は笑ってしまった。

「さすがにお腹が空きましたね。すぐ、食べるものを用意します」

「私もやるよ。スーが一番疲れただろうし」

「年長者が休むわけにはいかないだろう。私もやるさ」

 リリコがてきぱきと片付けはじめ、それからシラブルを見た。

「君はやらないのか?」

「いや、そういうのは女の……」

「女の、なんだ? 水人フォークには、男が食事の支度をしてはならないしきたりでもあるのか?」

 澄まし顔でリリコが言葉を紡ぐ。ぐっとなったシラブルは、スーに何をすればいいかを聞き始めた。スーが、声を抑えて笑いながら言う。

森人エルフは男女の差がほとんどないんです」

「そうなのか? しかし、だからといって……」

「ああいう違いが、種族ごとにどんどん明らかになっていくんだろうね」

 少し離れて見ていたトリルは、アインと目が合い、笑った。

 さあ食事だ、という場面で、外から音楽が聞こえてきた。柔らかい音色が、美しい旋律を奏でている。

「懐かしい……鉱人ドワーフの伝統的な曲のひとつだ」

 コロラトゥーラが懐かしそうに目を細めて言った。

「ピエトラが賑わっていた頃は、あちこちから音楽が聞こえてきて、なんとも優雅な気持ちにさせてもらったことだ」

「節々が森人エルフのものに似ているな」

 リリコが目を閉じて言った。

「トリルの話では、サルヴァトーレの物語は元が同じものだということだったな。であれば、音楽も同じものが少しずつ形を変えて残ったものなんだろうか」

「誇りある水人フォークにも、伝統的な歌や踊り、曲がいくつも残っているが――興味深いな」

 あちこちで音楽の談義が始まってしまい、アインが大きく咳払いをした。

「まずは、杯をぶつけて食事にしないか」

 それぞれにばつが悪そうにはにかんで、その手に杯を持ち直す。

「確か、君達のかけごえがあったな。なんと言うんだったか」

 トリル、アイン、スーが、それぞれ近い場所に腰を下ろしている人に伝えていく。では――と言って、トリルは杯を構えた。

「ヴィンクルムッ!」

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