第48話

「ティコもね、役割って、自分で定めることが大切だと思うんだ。できる人が、できるときに、できることをやれば、里はうまくいく。それだけのことだと思うの」

 トリルもスーも、黙って頷いた。ティコの草色の瞳の中で、大きな夕日が光を放っている。

森人エルフは、あらかじめ役割を定めることで、ほんの少し、手間が省けてきたっていうだけだったんだよ。でも、その少しの手間以上のひずみが、あちこちにつくられ続けた。そのひずみが、多くの人を里から遠ざけた」

 ティコは、トリル達に向きを合わせ、同じ空を見上げた。

「ティコは、氏族最後の長になろうと思ってたんだ。役割の制度を廃止して」

 細いながら、揺らぎのない声。

「レジーロおじさんが帰ってきて、同じようなことを口にしてたから、それならそれでいいかなと思ってたけど……トリル達の話を聞いて、それじゃダメだと思った。悪さをしている人が吹かせた風なんて、あっという間に淀んじゃう。正式な流れで長になったティコが制度の見直しを宣言するからこそ、きっと意味がある。ティコが森の長になって、あらためて、氏族と役割の制度をなくす。だから――」

 ティコがぐっと息を呑みこみ、決意めいた顔つきで言葉を次ぐ。

「レジーロおじさんの悪事を暴くために、力を貸してほしい」

 トリルは感嘆した。同じ年で、森人エルフとしては子供である彼女が、種族全体の在り方を真剣に考えている。ティコの小さな肩には、とても重く大きなものがのしかかっているが、彼女はそれに揺らがない。

「私達は、森人エルフがどうしていくかについては、何も言えない。でも、良くない力を行使している人たちを、私達は止めたい。だから、協力するよ」

 ティコは深く頷いた。

「トリル達にお願いしたいことが、三つあるの。まず、リリコと一緒におじさんの隠れ家を探ってきて欲しい」

「隠れ家? 森の外れにあった燻製小屋みたいな建物?」

 トリルの問いに、ティコは小さな頭をふるふると横に振った。

「ううん、それは本当にただの燻製小屋。森人エルフは一人前になると、樹上に小屋を造るの。ティコはまだだけど、みんなそこに自分にとって大切な品をしまっておく習慣があるんだ。守護の氏族は、いちいち里に帰らなくてもいいように、補充用の矢を置いたりしてるみたいだけど」

「どれがレジーロっていう人の小屋なのか、分かるの?」

 リリコならね、とティコは自慢げに笑った。

「でも、リリコは例の杖を見たことがないから――」

「私達が同行して、それを確かめればいいんだね。でも、首尾よく例の錫杖を見つけることが出来て、本人に突き付けたとして、しらばっくれられて終わりにならない?」

「それは大丈夫。風精ウェントゥスの力を借りて看破するから」

「看破?」

風精ウェントゥスの魔法のひとつだよ。言葉の中に含まれる嘘やごまかしに反応して、精霊に風を起こしてもらうの。こっちによっぽどの確信がないと風精ウェントゥスも力を貸してくれないけど、今回は、きっと大丈夫」

 ティコの話を聞きながら、トリルの視界の端でスーが目をキラキラと輝かせている。聞いたことのない精霊の力を知って、好奇心が勢いよく盛り上がっているのだろう。話の腰を折らないように必死に我慢しているに違いない。

「わかった。じゃあ、まずはリリコと一緒にレジーロの小屋を見つけ出して、錫杖をとってくるよ」

「うん。それで、二つ目のお願いは、それを持ってラーモの里についてきて欲しい。レジーロおじさんを糾弾するために」

 トリルとスーは大きく頷いて応えた。

「最後に、三つ目のお願いは――」


 翌朝、ティコからあらためて提案がなされた。アインは同意したが、リリコは一点、ティコの身に危険が及ぶ可能性について指摘した。

「今までは表立って動いてはいなかったが、奴はおそらく、森の外から君達が来訪したことに気付いている。感づいて、先手を打とうと何か仕掛けてくる可能性はあるぞ」

「では、私が残ります」

 スーが進言した。

「話を聞く限り、レジーロという人物は単独で動いているように思われます。もしもひとりでここに奇襲をかけに来たとしても、一対一なら後れを取りません」

 まるで絵本の騎士のように、スーは胸に手を当てて言葉を紡いだ。

「ティコは、風精ウェントゥスの力を借りれば、かなり素早く逃げられるとは思うけど……でも、スーがいてくれたら心強いな。アインは例の杖の気配を感じ取れるらしいから、リリコについていってもらわなくちゃいけないとして……トリルはどうする?」

「私は――」

 トリルは迷った。どちらのほうがいいだろうか。戦力という意味では、別に自分がいようがいまいが、大きな差は生まれない。移動力を考えると、リリコとアインについていくのは足手まといになってしまうかもしれない。それなら、スーと一緒にこっちに残った方が――

「トリルは俺達と行く」

 アインが言った。トリルは驚いて視線を移したが、アインの紫色の瞳はまっすぐティコを見据えている。

「わかった、トリルはそっちね。ほかに確認しておくことはある?」

「――なさそうだな。では、準備をしよう」

 おもむろに、リリコが立ち上がった。

「アインとトリルは、準備が終わり次第、はじめて上った木の傍に来てくれ」

 それだけ言って、リリコはさっさと家を出ていった。

「トリル様。アイン様が一緒なら大丈夫だとは思いますが、くれぐれもお気をつけて」

「うん。スーもね」

 トリルは軽くスーを抱き寄せ、ティコの家を出た。次いでアインが出てきたので、トリルは彼を見上げて口を開いた。

「アイン」

「なんだ」

「どうして、私を同行させることにしたの?」

「不服だったか?」

「そういうわけじゃないけど――でも、リリコやアインに比べたら、きっと私は走る速度で劣るから、足手まといになるんじゃないかと思って――」

 カツカツと蹄を鳴らして、アインがトリルに歩み寄る。そして、その太い腕で優しく抱き寄せた。

「ちょっ……」

「俺の隣が一番安全だ」

 アインはトリルを抱きしめたまま、小さく言葉を紡ぐ。

「もう、カストラートのときのようなことはごめんだ」

 トリルはアインの体に両手をそっと当て、優しく押し戻した。

「……頼りにしてるね」

「ああ」

 そしてトリルはアインを見上げ、アインはぐっと上体をかがめた。額に口づけを受けて、顔をパタパタ仰ぎながらトリルはリリコが待つ木の傍らへ急いだ。

「遅かったな」

「うん、ちょっと……」

「まぁ、いい。では、いくぞ。トイ、トイ、トイ……」

 リリコが手をかざし、『力在る言葉』を唱え始める。

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