第47話
「なくてもなんとかなると思うよ。それどころか、このままじゃ、私達は緩やかに滅びていく。だって、ここ数年で森を離れる
ティコの言葉に、リリコがハッとなる。
「おじさんが長になるかどうかは別として、役割と自由についての問題は、いつかは話題にすべきだったんだよ。ううん、ずっと問題にも話題になっていたのに、歴代の長がそれに目をつぶってきただけ。ねぇ、リリコ。ティコ達
流れるように言葉を紡ぐティコに圧倒されて、トリルもスーも言葉を見つけられない。リリコは苦い表情のままだ。
「人族と
「違わないよ。でも、違うとしたら、逆にリリコは彼女たちと同じくらいの歳ってことになる。そのリリコは、同じように世界を見て回りたいって思ってる。ティコ、ちゃんと知ってるんだから。どうして、そうやって自分に嘘をつくの?」
吹きすさぶ風のように言葉を続けるティコに、リリコは口をつぐんでしまった。目を伏せて、きゅっと唇を結んでいる。
「……ティコは、長の責から逃れようとしているだけだ」
「それはあるかもね。でも、ちゃんと里のことは考えてる。
ティコはまっすぐリリコを見つめたあと、トリル達の方に向き直った。
「せっかく訪ねてきてくれたのに、急にこんな話を聞かせちゃってごめんね」
「ううん。力になれることがあったら、言って欲しいなとは思ってたから」
トリルが言うと、ティコは嬉しそうに笑顔を見せた。
「ありがとう。でも、ちょっと考えを整理する時間が欲しいから――そうだ。せっかくだから、今日は家に泊まっていって。今から森を出たって、どうせ野営することになっちゃうでしょ?」
一行は、幼い里長候補の申し出をありがたく受けることにした。客間だと案内された部屋に荷物を置き、外の空気を吸おうと外に出ると、既に日は落ちていて、遠くの空は朱色に、反対側の空は深い青に染められていた。
トリルは、樹上の街から空を見上げた。少し、空が近くなった気がした。
「トリル様」
声をかけられて見ると、スーがこちらに歩いてきていた。そのまま隣に立ち、スーがぐぐっと伸びをする。
「いい風ですね。高い所だからでしょうか、空気がきれいです」
本当だね、とトリルは笑った。アインはと聞くと、横になって休んでいるとのことだった。
「何を、お考えになっていたんですか?」
「何を考えたらいいのか、考えてた」
トリルが冗談めいて笑うと、スーもクスクス笑った。
「予言の『糸を紡ぐ』っていうのは、種族間で絆を繋ぐっていう意味なんだ、って思ってた。でも、種族の中での絆が綻びてるとなるとさ――これまでに訪れた国とは、勝手が違ってくるよね」
「コリーナでもカスカータでも、どちらかというと好意的に受け入れてもらえましたからね。リリコ様やティコ様はともかくとして、
そう言われて、トリルは周囲を見渡す。
「空洞の大木、木の上の街、久しぶりの海辺。言葉だけなら、どれも、美しい旅の一幕って感じがするんだけどね。悪者を退治して、邪悪な杖を壊して、一件落着! っていうわけにもいかないだろうしさ、今回は」
「レジーロという人物がカストラート達の一味だとして……真相を突き止めることが出来ても、長年の
「役割、かぁ……」
トリルは、沈んでいく太陽の光を見た。
「私の『虹の乙女』っていうのも、役割といえば役割なんだよね」
そうですね、とスーが頷く。
「自分が知らない誰かに役割を負わされたっていう意味では、一緒だって言えるかも」
「……予言は、重荷ですか?」
「ううん、そんなことないよ。予言のおかげで、アインと出会うことが出来て、スーと旅が出来てるわけでしょ。それに、これまでに出会ってきたたくさんの人との出会いは、私にとって宝物みたいなものだし」
スーが照れくさそうに頬を掻く。
「でも、それは私が少なくとも、そうしたい、っていう意志をもって旅に出たからなんだろうね。やりたくない役割を負わされている人や、やりたい役割があるのに担わせてもらえない人は、きっとやるせないよね」
ふたりの間に、沈黙が流れる。
「私は、役割というのは自分が定めるものだと信じているんです」
スーがゆっくり言葉を紡いだ。
「小さい頃、たくさんの物語を読む内に、英雄やお姫様に憧れるようになりました」
スーは空を見上げながら、蕩々と語る。
「英雄サルヴァトーレに憧れて木剣を振り始め、双子の賢者ロトロとリブロに憧れて魔法を学び始めました」
「お父さんのインテルメッツォさんに憧れて魔法を始めたんじゃないんだ」
「そう言われると、そうですね。父の影響を受けたのは、もう少し大きくなってから――そう、予言書について知ってからのことです」
スーはトリルを見つめた。翡翠色の瞳は透き通り、それ自体が宝石のように輝いていた。
「修練を重ね、学習を深める内に、気付いたんです。ああ、この人達には役割が与えられていたんだなぁ、って。英雄には魔王を打ち倒すという役割があって、賢者には天と地の世界への扉を開くという役割がありました。それなら、私の役割はなんなんだろう、って」
「それで、予言書の中にそれを求めたのね」
「はい。でも、該当するような記述を見つけられませんでした。そもそも、予言書には特定の人物の描写というのはほとんどないんです。『虹の乙女』という文言を知ったときは、思わず自分の瞳の色を鏡で確かめましたよ」
トリルのまばたきの回数が増える。
「それで、ある日、閃いたんです。私自身に大きな運命や役割が割り当てられていないのだとしても、その人物を支え、助けることは自分の意志で出来るって。それを自分の役割、人生にしよう、って」
スーがトリルを見た。これまでの旅の間で、一番美しい笑顔だった。
「私、トリル様に出会えてよかったです」
トリルは、自分の顔の熱さをはっきり認識した。胸のずっと奥の方が、じんわりした。
「私も――予言の記述は抜きにしても、いろいろな種族とつながりをもちたいっていうのは、もう自分の望む道になってる。きっかけは他の人に定められたものだったかもしれないけど、最後は、これは自分で定めて役割だったんだ、って胸を張って言えるようになりたいな」
「なりますよ、きっと」
「トリル。スー」
可憐な声に二人が振り向くと、そこにはティコが立っていた。
「魔法は使ってなかったんだけど、二人の声がして……途中から、全部聞いちゃった。すごく素敵だなぁって」
細くはかなげな声でティコは言葉を紡いだ。
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