第46話
たどり着いたのは、樹上の家々の中でも二回りくらい大きな家だった。色々な色の枝が組み合わされていて、全体がなんとなく丸みを帯びている。これまでに見たことのない建造物だった。
「リリコだ。入るぞ」
家に入ってすぐの広い部屋に、ちょこんと少女が座っていた。見た感じは、トリルやスーよりもさらに幼い。人族で言えば十歳くらいだが、
「えっと――妹さん?」
「わぁ、嬉しい! リリコとティコが本当の姉妹だったら良かったのに」
パッと花が咲いたような明るい声で、彼女はさも嬉しそうに言った。
「彼女はドラマティコ。里長の忘れ形見で、まだ十六になったばかりだ。生まれたときから私が守護を担っている対象だから、どうしても――」
「ティコにとってはお姉ちゃんと同じだもんね。あらためて、はじめまして、トリル。それに、スー、アインも。ティコって呼んでね」
まだ名乗っていないはず――驚くトリルを見て、少女はころころ笑った。
「特にアインは、四本ある足を踏み外さずにたどり着けてよかったね」
さっきの自分達の会話の内容だ。リリコがためいきをつく。
「また、聞き耳の魔法で遊んでいたな」
「聞き耳の魔法?」
「ああ、
スーの目が輝く。
「
「ティコが教えてあげる。一言でいうと、風が影響して可能になりそうなことは、大体できるよ。里に飛び上がること、高い所から音も無く着地すること、声を遠くまで届けること、遠くの声を聞くこと、物を押すこと、引っ張ること、くすぐること、くしゃみさせること、鳥肌を立たせること――」
途中から子どもらしい魔法が入ってきて、トリルは思わず笑ってしまった。
「そんな感じかな。もっとも、ティコは本来の魔法の言葉を省略しちゃうから、形は適当だけど」
「魔法の言葉を省略? 精霊に呼びかけないで、志向を伝えているということですか?
スーが色めき立った。
「この子が特殊なだけだ。私を含め、他の
「ティコは、生まれたときからなんとなく精霊の声が聞こえるの。だから、ティコの言葉も向こうにはなんとなく聞こえてるんだと思うよ」
「聞きましたか、トリル様! こんな話、聞いたことがありません。熟練の宮廷魔術師ですら叶わないことが、こんな年端もいかない少女に――」
「スー、少女って言っても、同い年だから」
「あ、そうでした――いや、しかしですね、こんなことは人族ではあり得ないわけで――」
あわあわと動くスーだったが、ハッとして口を閉ざした。
「し、失礼しました。お邪魔させてもらった身でありながら、一方的に……」
「ううん、平気だよ。でも、せっかくだから三人がどんなものを見てきたのか、森の外のお話も聞いてみたいな」
ティコの言葉を受けて、アインとスーの視線がトリルに注がれる。
「それじゃ、私が」
トリルは、ノルドで武具屋に生まれたこと、王都に向かう道中で
一連の話を聞く中で、リリコもティコも何度か目を合わせて何かを確認しているような表情を見せた。
「今の話に出てきた異形の怪物とやらについて、詳しく教えてくれないか」
「それでしたら――これは、私が記録として書き溜めている手帳です。一応、くだんの怪物についても絵は残していて……」
スーから手帳を受け取ったリリコの顔色が変わった。
「間違いない。ティコの父、前里長を襲った怪物だ」
「森にこいつが出たのか?」
「正確には、定期的なハーピー討伐の最中にだ。ティコの父、先代の森長レガートは先陣を切って里の平和を守るべく弓を持つ勇士だった。それが先月、無数の異様な影とこの怪物が姿を現し、レガートは皆を守って風に還った」
風に還った――おそらく、
「その怪物はどうなったの?」
「レガートが倒れると、森に消えていった。目的は果たした、とでも言わんばかりにな」
リリコの言葉に、三人は顔を見合わせ、首を傾げた。完全に変異したコレペティタは、とても理性があるようには見えなかった。一度怪異になってなお理性があったのなら、コレペティタ以上にあの力を使いこなしているということになる。もしかすると、カストラートと同じレベルの脅威なのかもしれない。
「だが、トリル達のおかげで話がつながった。やはり、レジーロが根を絡めているとしか思えない」
「レジーロって?」
「ティコのおじさんにあたる人だよ。森長の一族ではあるんだけど、長の役割は長子にのみ与えられるものだから、『役無し』としてずっと森の外に旅に出てたんだ。それが、お父さんが風に還った直後くらいに森に戻ってきて――」
「旅に出てたということは、カストラートか、あるいは奴に与する何者かと接触する機会はあったというわけだ。間違いなさそうだな」
「タイミングがよすぎると思っていたんだ!」
リリコが声を荒らげ、机を拳で叩いた。
「レガートが風に還ったことで、長の氏族の長子はリリコしかいなくなった。この幼さで長を務めた者は、森の歴史の中にない。そこに、長子ではないとはいえ長の氏族の年長者が戻ってくれば、当然その者に長を任せるという意見が出るに決まっている。レジーロは、自分が長の座につくために実の兄であるレガートを手にかけたに違いない……!」
険しい表情で机を見つめるリリコを尻目に、ティコは飄々とした顔をしていた。
「ま、ティコとしては、レジーロおじさんが長になるのはありかな、っていう気持ちもあったんだけどね。だって、おじさんは長になったらすぐ、氏族と役割の制度を廃止して森に自由をもたらすって公言してるじゃん。それが実現したら、ティコは魔法を駆使する護り手になろうかな~と思ってるし、リリコは晴れて自由の身になって旅人になれるし」
「ティコ! 滅多なことを言うな。レガート――父君のことがあって自暴自棄になるのも分からないでもないが」
「やけになんてなってないよ。リリコこそ、一人前の
「子供が大人に向かって言うことか」
「ほら、それも。年齢と能力は必ずしも比例しないって、リリコ、いつもティコに言ってるじゃん」
「それとこれとは話が違う。そもそも役割の制度があるからこそ、里は成り立ってきたんだ」
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