第42話
それだけ大きなものをごまかすのは無理だろう、とトリルは苦笑した。
「その、大事そうに抱えてるやつ」
スーがそれに視線を落とす。
「頂き物です」
「中身は?」
スーは、何も言わずに近くのテーブルにそれを置いた。そして包みをほどき、がちゃん、という音とともに中身を明らかにした。
二本の小ぶりな剣がそこにあった。スーがその内の一本を鞘から抜き放つ。スラァッ、と音を立てて姿を現した剣は、深く透明な青緑の刀身を古い明かりにさらした。スーはそれを抜き身のままテーブルにゆっくり置き、もう一本も鞘から抜いた。それも同じく澄んだ湖の底のような色をした剣だった。両方とも、これまでにスーが使っていた剣よりも腕一本分ほど短く、幅も細身だった。
「
「美しいですね」
二刀を持ち、スーが呟く。そしてテーブルから離れ、ヒュンヒュンと振って感触を確かめる。
「どう?」
「馴染みます。ずっと前から使っている剣みたいに」
ピタッと剣を止め、スーは二刀を大切に鞘に納めた。誰からもらったの、と喉まで言葉が出かかったが、ぐっとこらえた。
「それじゃ、先に寝るね」
「あ、はい。おやすみなさい」
トリルはベッドに横になり、目を閉じた。まぶたの裏に、
翌朝、三人で軽く食事を済ませた後、支度が済み次第広場に集まることになった。トリルは先んじて広場に向かい、そこにスーが追いついた。
「あれ?」
トリルは思わず声をあげた。
「スー、耳飾りなんてしてたっけ?」
スーの両耳に、白いまん丸い粒が付いている。真珠だ。
「いえ、あの……」
反射的にスーが耳に手を当て、それから両手で口元を覆う。
「……頂き物です」
そうか――と、トリルは思い至った。だから昨夜、「それ何?」と聞いたときに動揺していたのか。トリルは剣のことを聞いたつもりだったのに、スーは耳飾りのことを聞かれたと思ったのだ。
「誰からもらったのか、聞いてもいい?」
トリルがにやにやして言うと、スーは口を覆ったまま、トリルを見た。
「……そのうち、お話します」
「その石も、古い時代の言葉で『ティアドロ』って言うんだったりして」
「もう、トリル様! こういうときのトリル様、本当に意地悪です!」
あはは、とトリルは笑いながらスーを抱き寄せた。
「また来ようね」
「……はい」
「朝から随分と情熱的だな」
アインの声がした。
「もう少し時間をおいてくればよかったか……ん? スーのその耳の石は、古い時代の言葉でなんという意味なんだ?」
「もう、アイン様とトリル様、だんだん似てきてますよ! 支度が出来たのですから、女王陛下に挨拶に行きましょう!!」
声を張り上げてスーがずんずん歩いていく。トリルとアインは顔を見合わせて、ふふと笑った。
「贈り物をされたということは、やはり共には行けないということだったか」
「そうだね――でも、いつかまた、道が交わる日が来るよ、きっと」
アインが首を横に振る。
「それを何かに任せる必要はないだろう。自ら道を交えに来ればいいだけのことだ」
「いいこと言うじゃん」
宮殿の入り口まで来ると、女王やディクション隊長、そしてシラブルが表に立っていた。
「仰々しく謁見など、旅立ちには似つかわしくありませんわ。友人として見送らせてくださいな」
シェーナ女王がほほ笑む。
「達者でな」
ディクションが笑って、アインに向かって何かを放り渡す。一組の腕甲だった。
「餞別だ。鎧貝の欠片を組んでつくったものだから、質は保証するぞ。訓練中、私が唯一有効打を当てられた部位だったから、おそらく、君の数少ない隙なのだろう。気を付けてな」
アインはさっそく腕にはめ、ベルトで固定した。
「感謝する」
シラブルは何も言わず、スーを見ていた。スーも、何も言わなかった。
「お世話になりました」
トリルが頭を下げる。アインとスーも、それにならって深くお辞儀をした。女王、ディクション隊長、そしてシラブルの三人は、両手の平を合わせ、頭を下げた。
振り返り、三人は歩き出した。
「シラブル、一緒に行けたらよかったね」
「訓練中に、少しだけ、そんな話になりました。自分にも旅に出たいという気持ちはある、って」
「そうなんだ」
「でも、水の穢れによって両親が体調を崩している今、街を離れるわけにはいかないと言っていました。しきたりではなく、家族の務めとして、って。だから、私、言いました。その方が――」
トリルは何も言わず、スーの言葉を待つ。
「……いいと思う、って。ト、トリル様、なんですか、その視線は」
「ううん、別に。そういえば、さっきの別れ際は随分あっさりしてたなぁ、って。結局、種族が違ったら、そういう感情は芽生えないのかなぁ」
「そんなことありませんよ、そういう気持ちに種族の別は関係ないと思います」
早口になって否定したあと、スーははっとなってトリルを見た。
「ト、トリル様とアイン様のお話ですよ、今のは!」
「そういうことにしとこっか。それにしても、
「可能性はあるだろうな。少なくとも、大陸の東側にあるという共通点がある」
トリルは大陸の地図を思い浮かべた。翼を広げた鳥の姿の大陸で、自分は嘴を旅立って喉元を過ぎ、右側の翼を北東へ、そして中央付近へと移動してきた。南の森へ立ち入れば、大陸の半分を踏破したことになる。
「私達って、大陸の東側をぐるっと回ったことになるんだ。海岸線まで出たわけじゃないにしても、結構すごい旅じゃない?」
「そうですね。人族の記録の中にもほとんど見られないものだと思います」
「よく無事でいられたものだが、
「射かけられるって……
「そのように聞いています。
「あんまり脅かさないでよ……」
「警戒するに越したことはない、ということだ。どの種族もあたたかく迎え入れてくれるとは限らん」
それはそうだけど、とトリルは口を尖らせる。
「話してみたら意外と――ってこともあるんじゃない?」
「お前の楽天的な部分は長所だが、それ以上傷を増やさないように心を構えることも覚えてくれ」
「べ、別に楽天的だから肩を怪我したわけじゃないよ。行ってみないことにはどうしようもないし、まずは森の近くまで進んでみなくっちゃね」
トリルは努めて明るく声を出した。
こうして一行は、水の都を離れ、湖底の通路を通り、カスカータ王国を後にした。
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