第33話
そう言うと、シラブルは大皿の端にあった木の棒を持ち、それを串のように切り身に刺した。そしてそのまま、口に切り身を放る。
「ちょ、ちょっと! それがそういうものだって、先に言ってよ! てっきり、
「馬鹿をいうな。手で食べるなどという野蛮なことを、誇りある
「トリル様に向かって馬鹿とはなんですか、馬鹿とは!」
「いや、今のは中流のせせらぎ、話の流れで……」
「待て、スー、シラブル。あれはトリルが空腹に負けて思わず手づかみでいった可能性もある。となると、考えなしというのは言い得て妙かもしれん」
「アインも余計なこと言わないでよ! 大体二人が私に先に食べろっていう目で見るから――」
ひとしきり騒いで、四人は大いに笑い合った。それが落ち着いたところで、アインが「ところで」と切り出した。
「ヴェレーノ川からスフィーダ山に上れば、問題の元凶が分かるというのは確かなのか?」
シラブルも真剣な表情になって頷く。
「細かい話は省くが、僕たち
「原因としては、何が考えられる?」
トリルはシラブルにではなく、スーに向かって聞いた。
「精霊が宿らない、などというのは通常なら考えられないことです。ですが、異常なことと言えば、この旅の中で既に一つ、目の当たりにしていますよね」
「コレペティタ――ね」
「はい。
「
「もしかして、その英雄の名前って、サルヴァトーレだったりする?」
シラブルは、青い瞳の目を大きく見開いた。
「なぜ、人族のお前がそれを知っているんだ。そうか、誇りある
恍惚としているシラブルをそのままにしておいて、スーはトリルに小さく頷いた。
「ただの偶然にしては――といったところですね。あらためて、
食事が終わり、いよいよ新しい冒険が始まった。一行は都を出て、湖の下の通路を進む。
「ディクション隊長に聞いたのだが、陸地の種族は石で刃を研ぐというのは本当か?」
「砥石のこと? まぁ、あんまり使わない種族もいるみたいだけど……」
答えながら、ちらっとアインを見る。話は聞こえているはずだが、明らかにトリルと目を合わせないようにしていた。
「わざわざ聞くっていうことは、
「
「武具をつくる上でも、しきたりはあるのですか?」
「一度に聞くな!」
シラブルが声を上げて、トリル達は笑ってしまった。
「まったく……武具をつくる上でのしきたりは、もちろんある。専門の職人が、専用の場所、専用の道具を使って、手順も決まっている。使われる素材は、主に
「
「
トリルとアインの声が重なる。
「だから、同時に聞くなと……まあいい。
シラブルはそう言って、槍の石突を見せた。そこには巻き貝が添え付けられている。
「これが鎧貝だ。これは装飾として使っているだけだが、こいつを加工して鱗状にしたのが、僕達守備隊が身につけている鎧だ。硬さだけで言えば
「それで、武器の手入れはどうやってるの?」
「魔法だ。
「水の圧……って、金属を削るくらいに強いんだ」
「水の力というのはすさまじいぞ。だから僕たちは、
若き
「伝統やしきたりをないがしろにしていいとは思わない。でも、そのために、目の前に迫っている危機を解決する行動をとれないのは、歯がゆいんだ。これまでに何度、一人で水源に赴こうと思ったか」
「――あなたが案内役を買って出た理由が、分かった気がします」
スーは、そう言いながら少し目を伏せた。
「すべきことが明確でないのも苦しいですが、自分に出来ることが見えているのに身動きがとれないというのは、もどかしいですよね」
「勘違いしないでほしいが、僕は決して――」
「――
「……ありがとう、スーブレット」
「いえいえ」
前を歩く二人は、何も言わずに歩いた。トリルは、二人の間になんとなく、気持ちが通じ合っている雰囲気があるような気がした。途中で小休止を挟みながら、一行はシラブルの先導で進む。
「上流に向かうからには川沿いを歩いていくかと思ってたけど、違うんだね」
「まるっきり川沿いを歩くと、サハギンに遭遇する確率が高くなるからな。地上で奴らと戦う分には問題なくとも、お前達は水中に引きずり込まれたら戦う術がないだろう」
そう言ってシラブルは、いい調子で歩き続けた。夜というには早い時間帯に、サハギンではなくオークの一団に遭遇したが、その戦闘は瞬く間に終わった。
「シラブル、すごかったね」
振ることのなかった剣を納めながらトリルが言うと、アインも同意して頷いた。
「
アインが大剣を布で拭いながら言う。その言葉に、シラブルが反応した。
「気負って当然だ、
「それは俺も理解している。だが、あまり気張りすぎては最後まで体が持たん。必要なときに必要な力を出すのも、戦士の実力のひとつだぞ」
「む……」
前に同じようなことを言われたことがあるのか、シラブルは反論しなかった。
「少し早いですが、野営の準備をしましょうか」
スーが言うと、案の定、シラブルが振り向いて鼻息を荒くした。
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