第28話

「いえ――安心しただけです。遺跡でお二人が仲違いのようになったとき、正直、すごく焦ったので。あらためて、事なきを得てよかったなぁ、と」

「スーのおかげだよ。ビシッって言ってくれて、すごく嬉しかった。かっこよかったよ」

 えへへ、と言いながらスーが頭を掻く。その顔はどこかあどけなくて、白馬の戦士に強烈な言葉を浴びせた人と同じだとは思えない。

「時々思うんですけれど、アイン様がトリル様にとる態度って、好意の裏返しだと思いませんか」

「と、唐突に何を――そんなわけ……」

 慌てて言葉を紡ぎながら、トリルの脳裏にはコレペティタの手投げ矢のことがよぎった。アインがあの手投げ矢を持ち歩いていたのは、自分トリルがやられた分をやり返すためだと言った。あれは、どういう意味だったんだろう。

「トリル様?」

「な、なんでもない! さ、ほら、声かけにいこ!」

 アインを部屋に迎えに行くと、しっかり体を洗って身支度も終わらせていたようで、扉を開けた瞬間石鹸の香りが漂ってきた。

「思ったより早かったな」

 銀の髪に紫色の瞳はいつもどおりだが、トリルやスーと同じように、鎧を着ない軽装だった。胸がはだけていて、筋肉質な胸板が覗いている。見慣れない姿に、トリルはつい目を逸らしてしまった。

「場所はどうする?」

「宿に着くまでに、結構な数のお店がありましたね。ひとまず外に出てみましょう」

 スーが先導して、三人は大通りに出た。通りは賑わっていて、あちこちを牛人ミノスの集団が闊歩している。

「ねぇ、あそこはどう? あの「羊飼いの王様」っていうお店」

 トリルは目に入った看板を指さした。中からたくさんの笑い声が聞こえてきているから、人気の店なのだろうと思えた。

「特段当てがあるわけでもない。そこにしよう」

 看板に王冠を掲げた店に入ると、中は老若男女の牛人ミノスで賑わっていて、香ばしいにおいが立ち込めていた。

 石鹸できれいになった体だったが、おいしいそうな香りが体についてしまいそうだ。

「私が適当に注文をしてきますから、お二人は席についていてください」

 スーが軽やかな足取りで注文受付に向かい、トリルとアインは店の端の大きなテーブルを確保した。

「なんか――結構、注目されてる?」

「それはそうだろう。人馬ケノスが珍しいことはどの国でもそうだろうが、この街では人族も十分珍しい」

 言われてみればそうだ、とトリルは思った。

 ノルドの食堂に牛人ミノスが姿を見せたら、その場にいた全員がぎょっとしてそっちを見ていたはずだ。

 受付にいるスーは――と見ると、しきりに周りに話しかけられている。

「見てみて。スーがたくさん絡まれて、珍しく困ってる」

「体格も違うし、物怖じして当然だと思うぞ。どちらかというと、トリルの平静さの方が不思議なように思うが」

「そう?」

 注文が終わったらしいスーは、疲れた顔でテーブルにたどり着いた。

「お、お待たせしました。中々注文することが出来ずにすみません。どこから来た、あの人馬ケノスはなんだと質問攻めでして……」

 トリルは店を見渡した。

 ほとんどの視線が自分たちのテーブルに注がれている。

 トリルは、なんとなく笑顔で手を大きく振ってみた。

「イェー!!」

 反応して、牛人ミノス達が歓声を上げて杯をぶつけあう。

「明るい人ばっかりだね」

「さ、さすがトリル様ですね。私はすっかり気圧されてしまったのに」

「俺に対しても最初から警戒心がなかったし、チェーロでもミノタウロスの子供たちをすぐに手懐けていたな。他の種族に対して抵抗がないのはある種の素質なのかもしれんな」

 アインが笑う。

「はい、どうぞ召し上がれ」

 細面の牛頭の女中が、大皿を運んできた。

 上にはいろいろな料理が盛り付けられていて、種類も多かった。

「飲み物も、今持ってくるからね」

 続けて、乳白色のグラスが三人分届けられ、また別の大皿も届けられた。

 テーブルは大きかったはずだが、そのテーブルが狭くなるほどに料理が並べられた。

「スー、お腹空いてた?」

「ち、違うんです。私は、いろいろな種類の料理を食べてみたいのでと伝えて、お金をお支払いしただけで。そう伝えたら、ひとつひとつの量は少なく、種類は豊富になると思ったのですが」

 目の前の料理は、とても量が少ないとは言えない。

「体の大きいミノタウロス基準だと、これくらいで普通なのかもね」

 そう言いながら、トリルは手近にあった鮮やかな黄色のお芋を小皿にとって口に運んだ。

 ひとかじりすると、ほくほくした感触の直後に、甘い蜜がしたたり流れてきた。

 思わず空いていた手で口元をおさえる。

「わ、っと……ん、すごい、これ。中に蜜がいっぱい。ところでスー、路銀は大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。元々心配ありませんでしたが、さらに大丈夫になりましたから」

 そう言いながら、スーは肩掛け鞄から麻袋を取り出してみせた。

「そんな袋、持ってたっけ? スーの巾着って、革製の立派なやつだったような……あ、でもそれはアインに預けてたっけ」

「これは、あの遺跡の奥の部屋で見つけたものです」

「ちょ、ちょっ――それってコレペティタが持ってたものってことじゃないの?」

「そうですよ」

「コレペティタって、犯罪者でしょ?」

「そうですよ」

「そのお金って、使っていいお金なの?」

「そうですね……本来は、犯罪で得られた財産は被害者に返却されますが、不明な分は国のものになります。そして、賊の討伐を一般人がした場合、報酬が与えられるのが慣例です。その報酬は、国から直に支払われます。つまり、国の仲介を飛ばしただけで、ここにあるお金は一般人であるトリル様とアイン様が正当に得た報酬という風に見なすことが出来るわけです」

 う~ん、とトリルは唸ってしまった。理屈として正しいような、間違っているような。

「帰ってからのその辺の説明は、私がきちんとしますから、ご心配なさらないで大丈夫ですよ」

 にこにこと笑うスーに、トリルはこれ以上は聞かないでおこうと決めた。彼女を怒らせると怖いというのは、隣の人馬ケノスが証明してくれている。

 そう言えば――とトリルはその人馬ケノスを見た。

「アイン、スーから預かったお金で何をしに行ってたの?」

 む――とだけ唸って何も言わないアインに、トリルとスーは首を傾げる。アインは路銀の入った袋をスーに返却した。

「それほど減ってはいないはずだ」

「ええ、それはそのようですが――」

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