第27話

「よかった――思った通り、やっぱり、あのコレペティタは、精霊にとっても守るべき命じゃなかったってことだ。でも、今回はたまたまうまくいったけど……もっと、強くならなくちゃ」

「なぜ?」

「だって、二人がコレペティタに攻撃してる間、私はとてもじゃないけど参加出来ないってわかったもん。それに、その前のオークとの戦いだって、結局、何も出来なかったし。魔法は役に立ってよかったけど……もっと頑張るよ。なんだったら、前にアインが言っていたような、臨機応変に武器を使い分ける技術も身につけられるようにする。今回なんて、敵が使った武器をわざわざ保管して置いて、やり返したわけでしょ。あれは、人馬ケノスの流儀なの?」

 トリルの問いに、アインは急に上を向いて、頬を掻いた。おかしなことを聞いただろうかとトリルは心配になった。ひとまず答えを待っていると、少し経って、ようやくアインが言葉を紡いだ。

「お前がやられた分を、やり返してやろうと思っていただけだ」

「そ、そっか……」

 言ってすぐ目を逸らすアインから、トリルも視線を逸らした。この流れで言うことか――と思いながらも、嬉しさと恥ずかしさがトリルの中で騒ぐ。

「……ありがと」

 下を向いたまま言ったせいで、アインに聞こえたのかどうか、分からなかった。

「そういえば」

「そういえば」

 同時に言葉を発してしまい、お互いに目が合って、声が止まってしまった。トリルは、アインに怪我がなかったかと聞きたかったのだが、詰まってしまった。顔が熱い。沈黙のまま、また視線を外した。

「お待たせしました」

 スーの声がして、二人は勢いよく通路を見た。

「えっと――すみません、そこまで驚かせるつもりはなかったのですが。それよりも、ちゃんとお伝えになったんですか」

「む……」

 スーの剣幕に、アインがぐっとなる。まるで目の高さは違うはずなのに、スーの方が上から見下ろしているような雰囲気だ。

「もう大丈夫。ありがとね、スー。壁画は描き写せたの?」

 トリルが問うと、スーは自慢げに笑って手帳を差し出した。そこには、この短時間で描いたとは思えないほど、かなり忠実な、ちいさな壁画があった。色こそないが、さっき部屋で見たものとそっくりだ。

「実は、絵についてはちょっと自信がありまして。宮廷画家に直接教わったことがあるんです」

「すごいね、スー。出来ないこと、ないの?」

 手帳を受け取りながら、スーがはにかむ。

「さあ、仲直りも済んだようですし、新たにオンブラが出てくる前にルーラードさんの所に帰りましょう」

 三人は来た道を戻り、心配そうに小屋の前で待っていたルーラードを安心させた。顛末を聞いて、牛人ミノスの隠者は頷きながらも首を傾げた。

「七つの種族は別々に国をつくり、随分長いことそれぞれに生活を営んでいる。吾輩とは違う種類の変わり者は別の国に行くこともあるだろうが……手を取り合っていたという話は聞いたことがないな。だが、まぁ、無事で何よりだ」

「ルーラードさんは、これからもここで過ごすのか?」

「基本的にはな。だが、お前達の話を聞いて、少し世界に目が向いたのも事実だ。機会があれば、街に行くくらいのことはするさ」

 笑顔の隠者に見送られて、三人は山を下り、街道を北に向かった。

 例の行商の三人が話を通しておいてくれたらしく、一行は街の入り口で早速歓迎の言葉を受け、手配済みの宿に通してもらうことが出来た。

「アイン様のために、別棟も借りてくれていました。私とトリル様は奥の部屋です」

「夕食はどうする?」

 アインが聞くと、スーがトリルを見た。その物憂げな顔に、トリルはハッとして頷いた。

「ちょっと時間をもらっていい? 準備が出来たら呼びに行くから」

「そうか……それなら、スーに頼みがある。いくらか、路銀を預けてくれないか」

「構いませんよ――はい、これを」

 助かる、とだけ言って、アインはカツカツと蹄を鳴らして出て行った。

 トリルはスーに続いて奥に進み、部屋に入り、顔を見合わせて苦笑した。

「ちょっと、きつかったもんね」

 何が、とは言わずにスーは笑って応えた。同じ年頃の、同じ女の子だ。血と汗にまみれた状態のまま、外で食事をするというのは、お互いに抵抗があった。

「受付で、火精イグニスの力が込められた浴槽があると聞いていたのもあって――自分で言えずに申し訳ありませんでした」

「ううん、いつもスーに助けられてばかりだから、ちょっとくらいお返ししたいもん。それで、火精イグニスの力って――?」

「冷たい水を張ってもすぐに温かいお湯にしてくれそうです。しっかり浸かることが出来ますよ」

 トリルとしては水で体を拭ければいいと思っていたが、浴槽があるのならもちろんその方がいい。

「スーが先に入っていいよ」

「なぜですか? ご一緒しますよ」

「い、一緒に入るの?」

「ほぼ治癒しているとはいえ、矢傷はお湯にしみるものですから。片手で傷口を押さえたままで、どうやって髪を洗ったりするおつもりなんですか」

「で、でも……」

 トリルはうろたえてしまった。

 傷の手当てをしてもらったときもそうだったが、スーは、肌を見せたり見られたりすることに抵抗がないんだろうか。

「いや、大丈夫だよ。自分でなんとかするから。ほら、スーは先に入って」

「しかし……」

「いいから、ほらほら」

 強引にスーを浴室に送り込み、トリルは大きなベッドの横に腰を下ろした。背中越しに、ふかふかな感触が伝わってくる。思えば、ベッドで寝るのは、いつぶりだろうか。

 ブーツを脱ぎ、上衣も下衣も脱いで楽な格好になってみた。あられもないだが、スーとふたりなら問題ないだろう。足の包帯に目をやると、血のにじみはすっかり乾いている。

 トリルは肩掛け鞄を引っ張って、中から例の単語帳を取り出した。スーの几帳面な性格のおかげで、単語のひとつひとつにふりがなが振られているから一人でも練習できる。ぶつぶつ『力在る言葉』を言っていると、スーの声が聞こえた。

「トリル様、どうぞ。お洗濯もお願いしてきてしまいますね」

「うん、ありがとう。お願いね」

 トリルは指先で浴槽のお湯に触れ、心地よい温度であることを確かめてから、体を湯船にいれた。足の傷は、まだ少しじゅっと痛む感じがあったが、それ以上に疲れた体が癒される感じが心地よかった。

 お風呂から上がり、柔布で体を拭いて服を着る。街中で危険はないだろうということで、スーと同じように軽装をまとった。久しぶりに鎧や鎧下を着込んでいないので、体がとても軽い。ただ、ブーツだけは別の準備がないので、きつく締めないで履いた。

 浴室を出ると、スーは既に部屋に戻ってきていた。

「先程、アイン様に会いましたよ。何かは分かりませんが、用事を済ませて戻ってこられたようです」

「じゃあ、声かけにいこっか。アインもお腹空いただろうし」

 トリルの言葉に、スーがクスッと笑う。

「どしたの?」

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