第17話

 あっさりと言ってのける人馬ケノスの戦士に、トリルは信頼を深めたものだった。

「みなさんのおかげで順調に進んでいますよ。それにしても、以前よりも怪物達が活発なような気がして、どうにも気になりますな」

 栗毛の牛人ミノスが言う。

「今回の件以外でも、被害が増えたりはしているのですか?」

我々牛人ミノスは、力も強いし、角もある。みなで戦えば、オークやサイクロプスに負けることはまずありません。しかし、ここ数年で、奴らの数は明らかに増えていて、小さな村の作物が奪われたりすることも増えたと感じています」

「私がアインと出会ったときも、街道沿いだったもんな……もしかしたら、どこの国でも起きていることなのかも」

 トリルが言い終えると、一行に沈黙が流れた。なんとなく不安な、不穏な空気を全員が感じたのかも知れない。

「なんにせよ」

 沈黙を破ったのはスーだった。

「行程も半分を過ぎました。残り半分、気を抜かずに行けば無事にたどり着けるでしょう」

「そうですね。ただ、ここからが注意が必要です」

 そう言いながら、栗毛の牛人ミノスが進む方向を指さした。

「ここから北に向かって二日ほどで、ネーヴェ川という大きな川を渡ります。そこから先が森になっているのですが、死角も多く、そこで襲撃を受けた者も多いのです」

「そのあたりは急いで進んだ方がいいということだな」

 アインの言葉に、全員が頷いた。

 それから二日、なだらかな丘や平原を進み、いよいよネーヴェ川にたどり着いた。幅は広く、底は浅く、水は澄んでいて、水遊びをするのによさそうな川だった。

「ここの水は、モンテ山にある山脈の雪解け水が流れてくる支流なので、一年中冷たくて、飲むと最高にうまいんですよ」

 葦毛の兄が笑う。

「それじゃあ、水筒の中身をいれかえたほうがいいかな」

「それはいいですね。私もトリル様に倣って……」

「待て」

 アインが鋭く言った。

「敵がいるぞ」

 トリルは緊張して、目を凝らした。しかし、見晴らしのいい川辺が広がっているだけで、怪物や野盗の姿はどこにも見当たらない。

「……どこ?」

「分からん。だが、たてがみが逆立った。これは、オンブラの気配だ」

 アインが腰の両手剣をとり、構える。スーは双剣を、トリルは木目の剣を構える。しかし、どこにも姿がない。

「あ――」

 トリルの目に、橋を渡った向こう側の人影が見えた。目深にフードをかぶっているが、距離があっても牛人ミノスではないことは見て取れた。もちろん、人馬ケノスでもない。人族か、森人エルフか、水人フォークか……人族だとしたら、例の人物である可能性が高い。

「助けて下さい!!」

 橋の向こうの人影が叫んだ。

 トリルは隣のスーを見た。二刀の剣士は緊張した面持ちで小さく首を傾げる。トリルが一歩前に出ようとすると、先頭のアインが手で制した。

「待て――何か、あれから気配を感じるような気がする」

「あれって……あそこの人? でも、しゃべってるよ? オンブラは言葉を持たないでしょ」

「そんなことは分かっている。だが――何か、妙だ」

 一行は橋の手前で武器を持ったまま止まっている。すると、人影が、大きく息を吐いたように肩を動かした。そしてそのまま、両脇の木立に姿を消した。

 ――沈黙。

「……どうする?」

「進むしかあるまい。もとより、この道しかないのだろう?」

 アインが言うと、後ろに構えていた三人の牛人ミノスが頷いた。先頭にアイン、その後ろにトリルが続き、さらに商隊の三人がつき、最後尾にスーが立った。

 せせらぎに挟まれて橋を渡る。トリルの頭に、この水飲んでみたかったな、と余計なことがよぎる。

「水のことは後だ」

 振り向きもせずにアインが言った。どうして水のことを考えてるのが分かったんだろう――と気になったが、無言で頷いて終わる。

 なお構えながら進んでいく。

 橋を渡りきった、まさに直後だった。茂みから音が鳴り、大勢の黒い影が飛び出してきた。

「迎え撃つ!!」

 叫ぶやいなや、アインが四つの蹄を鳴らして駆けだした。手の大剣で、薙ぎ払って進む。

「トリル様は左を!」

 スーの声に従って、左方向に意識を向ける。右側には、双剣を構えたスーがいったはずだ。三人の牛人ミノスを挟む形になっている。自分の役目は、この人達に迫る敵を切り払うことだ。

 守るための戦い――逡巡は許されない。

 ふっ、と短く息を吐く。

 ザザッ――藪から飛びかかってきた影に、トリルは半歩踏み込み、両手で柄を握ってその胴体を薙いだ。サンッ、と乾いた音が響き、その体を裂いた――はずだった。

《――?》

 斬ったはずの影は瞬く間にちりになって消えた。

「えっ?」

 影になるのが早すぎる。これまでに遭遇したオンブラ達は、どれも倒れ伏して時間を置いてから消えていたのに。

 ザザッ――また一体、二体と影が躍りかかってくる。

 迷うな、戦うんだ。トリルは振りが小さくなるように、しかし致命打になるように、相手の動きを見ながら腰の付近に刃を滑り込ませていく。断ち切った途端、霧散する。

 四体、五体と斬って、はっきり分かった。この敵には、体がない。最初は、木目の剣の切れ味ゆえに斬った感触が少ないのかと思ったが、そうではなかった。斬る、というより、剣の風圧でかき消しているような感じだ。トリルの剣が十の敵を撃退したあたりで、勢いが止んだ。

「今のはいったい……」

 葦毛の弟の言葉に、アインは首を振って応える。

「分からん。オンブラの気配ではあったのだが……」

「私の知識にもありません。オーク、サイクロプス、オーガ、ゴブリン……これまでに読んだどの本の記憶を辿ってみても、実体のないオンブラというのはいなかったように思います」

「進むぞ――トリル」

 アインの紫色の瞳が厳しい視線を落とす。トリルは緊張していた体をもうひとつ強張らせた。

「気を抜くな」

 アインが鋭く言った。言われて気付いたのは、自分が無意識に剣を鞘に納めていたこと――いつそうしたのか、自覚がなかった。これがまさに油断というものなのだろう。トリルはあらためて木目の剣を抜き、握り直した。

 森の切れ目まで警戒していたようなことは起きず、一行は開けた場所にたどり着いた。

「どうしますか?」

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