第2章 牛人の国 コリーナ

第14話

「もぉ一杯どうだい」

「こっちのもいけるよ」

「この焼き菓子、売り物にならないやつだけど、よかったらどうぞ」

 トリル達は、たくさんの牛人ミノスに囲まれ、街の広場で盛大なもてなしを受けていた。

「スー……他種族間の交流は、あまり盛んじゃないんだよね?」

「そのはずなのですが……」

 ミルクが注がれた木の杯を受け取りながら、スーは小さく言った。

 トリルはあらためて周囲を見渡してみる。チェーロという名の街は、人族の街とは随分違った。街を囲う石壁は低く、オンブラ対策というよりも野の獣が入ってこられないように、という程度のものだった。二階建て以上の建物はひとつもなく、広く転々と住居や店が立ち並んでいる。あちこちに炊事場や広場があり、全体的に開放的だ。

 アインはと言えば、広場の一角で大柄な牛人ミノスと体をぶつける力比べをしている。枠の外に出した方が勝ち、という単純な競争のようだ。

「やるなぁ、若いの!!」

人馬ケノスの代表として、情けない真似はできん!」

 周りが囃し、当人達も汗だくになりながら笑って体をぶつけあっている。

「びっくりしたでしょう、急に囲まれちゃって」

 トリルとスーが座る円卓に、皺の多い茶色い顔をした牛人ミノスが座った。声の細さや雰囲気、物腰から、女性なのだろうと察しがついた。女性は笑いながら、まだ空になっていないトリルの杯にミルクを注ごうとする。トリルは慌てて杯を飲み干し、それを受けた。

「あの、実は私、牛人ミノスの方と会うの初めてで……失礼をしてしまってたら、ごめんなさい」

牛人ミノスの流儀はただひとつ『競えど争わず』よ。失礼なことなんて、きっと何もないと思うわ。楽しんでもらえないと、私達はちょっぴり傷ついちゃうかもしれないけれど」

 クスッと笑ったトリルに微笑みを返し、女性は「それに」と言葉を次ぐ。

「あんなにきれいな白い毛並みを見ちゃったら、細かなことは気にならなくなっちゃうわよ」

 女性はアインの方をうっとり見つめる。周りを見ると、確かに、白と言えるような毛並みの牛人ミノスは一人もいない。茶色や黒、栗色などが、単色だったり混じっていたりするが、白っぽい毛の色は珍しいようだ。

「白い毛色には、何かいわれがあるんですか?」

牛人ミノス族なら誰でも知ってる言い伝えよ。遙か昔、大陸を悪い王が支配していた。しかし、白い牛の王サルヴァトーレが立ち上がり、世界に平和を取り戻した。それ以来、白い毛並みの生き物は幸運の象徴として大切にされるようになった、ってね。人族には、そういうのないの?」

 トリルとスーが互いに目を合わせる。

「サルヴァトーレ――って、私達が知ってる英雄と同じ名前だよね。肌の色はともかく、白馬にまたがってるし……何か、繋がりがあるのかな」

「可能性はありますね。種族が違っているのに似通った言い伝えがあるなんて、不思議な感じがします」

「もらうぞ」

 トリルが持っていた杯が宙に浮いた――と上を向くと、それを奪ったアインがそこにいた。いつの間にぶつかり合いを切り上げて来たのか、アインはぐっと杯をあおり、牛人ミノスの女性に差し出した。女性は喜び、大きく頷いて、また杯になみなみと注いだ。

「あの体格だけあって、牛人ミノスは戦士として優秀な種族だな。単純な力比べでは、正直かなわん」

 アインは膝を折り、二杯目のミルクを口に含んだ。

「随分抵抗がないなと思ったら、そういえば、牛人ミノスの人と過ごしてたって言ってたっけ」

「ああ。カストラートの襲撃から逃げ延びた俺は、ルーラードという牛人ミノスの隠者に拾われ、彼の元にいた。とは言え、山奥から出ることはまずなかったから、牛人ミノス族と交流とまではいかなかったが」

 手ぬぐいで汗を拭きながら、アインが言葉を紡ぐ。

「それって、コリーナのどの辺りなの?」

「北の方だ。山の名は知らん」

「北の山といったら、モンテ山だろうね」

 別の女性が話に入ってきた。ミルクの女性は角が短めで横に伸びていたが、こちらの女性は角がそれより長く、上の方に伸びている。牛の頭に人の体というイメージしかなかったが、よく見ると角にもみな違いがあって、個性があった。

「そうなのか? あの辺りは山が多かったし、俺の知己も山の名など言っていなかったように思うが――」

「でも、アインが過ごした山がモンテ山だとしたら、危ないんじゃないの? 例の怪しい人物が近くに住み着いたっていうことになるから……」

「もしかして、アンタ達、最近北の方で悪さしてる連中に心当たりでもあるのかい?」

 三人は、無言で頷いて応えた。

「それなら、ちょっと相談に乗ってやって欲しい奴がいるんだよね――カデンツァ! カデンツァはいる!?」

 女性の呼び声に応えて姿を見せたのは、体の大きな牛人ミノスの中でもさらに二回り大きい男性だった。彼は二言三言女性と言葉を交わしたかと思うと、鼻息荒く三人に顔を近づけた。

「お客人方! 是非とも話を聞かせて頂きたい!!」

 圧倒されながらも、スーが代表して情報を提供する。コリーナでオンブラ対策を担当している一人だというカデンツァは、話を聞き終えると満足そうに頷いた。

「なるほど――合点がいった。ヌヴォロの街に繋がる北の道を通っている途中、何者かに襲われて荷を奪われた、という話が増えていたのは、それが原因だな」

「実際に被害が出ているのですね」

「うむ。被害は食料の類を奪われたというのがほとんどで、命に関わるような事件は起きていないんだがね。ただ、このところ頻繁に発生しているものだから、行商人達が怖がってしまって」

「他に道はないの?」

「ない。この国で大きな街といえば、ここチェーロと北のヌヴォロだから、ここの流通が止まってしまうとうまくないんだ。実際、ほら、そこにいる連中は足踏み状態さ」

 カデンツァが手で示した先には、なるほど、見るからに大荷物を傍らに、暗い表情をした三人が居た。

「今年のチェーロ印の果実水は、角がふやけるほどに良い出来で、早く運ばせてやりたいんだが」

「では、俺達が彼らの護衛に就くというのはどうだ」

 アインが口を開いた。

「見ての通り、俺達は戦働きに慣れている。モナルキーアを出てから、オンブラを何体も影に返してきた。俺達が護衛に就き、襲撃を返り討ちにして正体を暴こう」

 その言葉に、近くにいた人々がざわついた。聞こえてくる言葉の端々を聞くと、どうやらアイン、つまり白い毛並みの人馬ケノスと行動を共にする、ということ自体が彼らにとって魅力的な意味があるらしかった。

「しかし、何の報酬もない、というわけにもいかないのだろう」

 カデンツァが苦笑する。

「人族の取引というのは、そういうものだと聞く。何かを与える代わりに、何かを得る。私達牛人ミノスとは違い、後日や先日、果ては去年世話になったからというわけではいかないと」

 恥ずかしながら、とスーが口を開く。

「私達人族の取引とはそういう文化です。しかし、私達は旅の身。次の街に行くついで――という言い方では失礼かも知れませんが、旅の道連れに荷運びの方々がいらっしゃっても、何もおかしいことはないと思います」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る