第13話

「はい。初めての実戦は12のときです。国の外れにある小さな里がオンブラに襲われたという報が入り、バルカロール様に従って随伴しました」

 トリルは黙ったまま次の言葉を待った。

「里に着いたとき、既に多くの人が倒れていました。敵勢は、やはりオークで――その内の一体が、既に息絶えているであろう女性を足蹴にしたんです。その瞬間、私の中で怒りが弾けました。私は馬を下り、走り寄って、一太刀で足を、二の太刀で首を斬りました。乱戦の中、私は3体のオークを斬り捨てました」

「すごい……訓練の賜だね」

 トリルが呟くと、沈黙が流れた。少ししてから、スーが小さく言葉を紡いだ。

「小娘の初陣の成果を、周りは囃してくれました。バルカロール様にも褒めて頂けるかと思いましたが、違いました。怒りに任せて剣を振るい、命を奪うことに躊躇をなくすようではならぬ、と」

 トリルはどきりとした。さっき、アインが彼の父に言われたという言葉に似ていると思った。

「命を奪われることよりも、命を奪うことをこそ恐れよと。打ち倒した相手にも守るべき存在があったかもしれない、と」

「――さっきアインが言ってた言葉に似てる気がする」

 はい、とスーははっきり言った。

「驚きました。種族の違う戦士が、同じような境地に至って、それを継いだ私やアイン様が、命を奪うことを恐れるトリル様に巡り会った。予言とは違う事象ですけれど、不思議な巡り合わせを感じます」

 トリルは視線をスーから天幕の天井に移した。今日の戦いで振るうべきだった一太刀を思い浮かべる。

「……眠れなさそうですね」

「ん……ふたりに負けないようにとは言わないまでも、足を引っ張らないように成長しなくちゃなぁ、って。ただの町娘だった私に出来ることなんて、そうそうないのは分かってるけどさ」

 スーはじっとトリルを見て、意を決したように口を開いた。

「よろしければ、魔法について手ほどきをして差し上げますか?」

「本当?」

「はい。口幅ったいですけれど、初陣の気持ちの高ぶりとその後の焦り、私にも分かりますから」

 狭い天幕の中で、二人は体を起こして向き合った。

「でも、魔法って私にも使えるものなの? インテルメッツォさんがしてくれたみたいに、疲れにくくする魔法なんかが使えるようになるならありがたいんだけど」

「使えるかも知れませんし、使えないかも知れません。まずは、理屈からお話ししますね。どの種族の魔法も基本的な構造は一緒だと言われています。古代に開発された『力在る言葉』を使い、精霊に語りかけ、その力を借りる、という流れです」

「トイ、トイ、トイっていうやつね。それは聞いたことある」

「精霊に呼びかけ、これから力をお借りしますという言葉です。そして、お願いの内容を伝え終えたら、よろしくお願いします、頑張って下さいという意味で『イン・ボッカ・アル・ルーポ』と唱えます」

 トリルは、聞いたとおりに『イン・ボッカ・アル・ルーポ』と唱えてみる。

「お上手ですよ。舌を巻いたり唇を噛んだりと、細かい発音も丁寧に行う必要があるので、咄嗟に唱えるには練習が必要ですけれど」

 トリルは前のめりになって次の言葉を待つ。

「そして、もっとも重要な魔法の内容は、精霊の力と、術者の意志・志向によって決定します。私達人族は陽精ソルの守護を受けていますから、彼らの力を借りるのが一般的です。彼らが司る、活力や輝き、色などに関わる魔法が可能です」

陽精ソル以外の精霊の力を借りることは出来ないの?」

「不可能ではないとされています。実際、宮廷魔術師の中には、人族でありながら土精テラの力を行使できる人もいますよ。ただ、個人差が大きくて、相性がよければ可能ですし、相性が悪ければ不可能です。ただ、守護精霊であれば必ず相性が良いというわけでもないのが、魔法が万人のものではないと言われている理由です」

「なるほどね……それじゃ、私がたまたま火精イグニスと相性がよければ、焚火を生み出したりもできるってことか」

 スーが頷いた。

「大まかにはそんな感じです。しかし、精霊達にも想いや機嫌があり、こちらの才能のようなものもあるので、一概には言えない部分もあります。ただ……」

 スーの目つきが少し鋭くなった。

「命を傷つける魔法は、絶対に望んではいけません。全ての精霊に嫌われ、二度と願いを聞いてもらえなくなります」

「他者を傷つける魔法って――相手を燃やすとか、切り刻むとか、そういう魔法?」

 トリルも神妙な表情で言葉を紡いだ。

「そういった直接的な魔法はもちろんです。また、気をつける必要があるのは、例えば「そこにある木に火を点けて」という、魔法などです」

 そう言われて、トリルはさっき外で倒木を椅子代わりにしていたことを思い出した。

「お願いとしては、倒れた木を燃やすことですから、精霊はやってくれるでしょう。しかしその結果、その上に座っている命を傷つけたとなると、精霊は「騙された、こいつの言葉は信じてはいけない」と怒り、二度と声を聞いてもらえません」

「なんだか、ちょっと怖くなってきた……」

「正しい心の持ち主であれば、精霊は必ず力を貸してくれると言われています。そういう点では、トリル様は十分に魔法を使う資格と才能があるはずです。『力在る言葉』を習得するには時間が必要ですが、簡単な単語で行使できる魔法をいくつかお伝えしますね」

 こうしてスーから魔法の手ほどきを受けたトリルは、習ったとおりに実行してみることにした。何も変化が無ければ才能がないことが露呈して恥ずかしい――が、やってみるよりほかにない。

『トイ、トイ、トイ……』

 唱えながら、指を組んで、目を閉じる。なんとなく、目を閉じた方が声が届きそうな気がした。

陽精ソル、目の前、光。イン・ボッカ・アル・ルーポ』

 唱え終わって、目を開ける。スーは驚いた表情を浮かべていた。

「……ど、どうだった?」

「一瞬ですが、閃光のようなきらめきが走って、すぐに消えました。はっきり魔法になっていましたよ。トリル様には、魔法の才能があるようです。これから時間を見つけて、少しずつ『力在る言葉』の語彙を増やしていきましょう。語彙や語感、並べ方によってまったく変わってきますから、学ぶのは大変ですけれど」

 スーが不敵な笑みを浮かべる。学習の前途は長そうだが、旅の前途もまた長い。ゆっくり、少しずつ、二人の力になれるように、頑張ってみよう。トリルは、どうやら光ったらしい自分の小さな指を見つめた。

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