第9話
扉はトリルには大きかったが、アインにとっては小さく、
そうでもないな――とトリルはすぐに思った。あらためて、父の仕事の丁寧さがよく分かる。
例えば、鎧の継ぎ目に使われる留め具は、鋲を打つ部分だけを厚めにつくる。そうしないと、戦いの衝撃に耐えられず、最悪の場合、その部分から外れ落ちてしまうからだ。しかし、仰々しく展示されている鎧は、金属の板を鱗状につなぎあわせている種類でそれなりに磨き上げられてはいるが、肝心の留め具が薄い。これでは、膂力のある戦士に鈍器で打ち据えられると、そこから崩れ落ちる。よくて二度か三度しか耐えられないだろう。
「こんなに色々と置いてあるとは、確かにすごい店なのだろうな」
アインの言葉に、トリルはう~んと首を傾げざるを得なかった。戦い慣れしていることと、武具の良しあしを見定めることとは、どうやら別物らしい。
「何かご入り用ですか、旅の方」
声をかけてきたのは、お腹の出た中年の男性だった。この店の主なのだろう。
「見たところ、既に上等な鎧や剣をお持ちのようですが」
見上げられながら言われ、アインは手近な剣を一振り持った。
「武器はひとつだけあっても乱戦には耐えられん。常に質の良いものを求めるのが戦士だ」
「仰るとおり。当店の武具は、どれも職人達が腕をふるった質の良いものばかりでございます。ご注文を頂ければ、特注品をつくることも可能です。もちろん、料金が割り増しになりますが」
「アインの足下を守る具足でも造ってもらう?」
トリルの言葉に、アインは驚きながら笑顔を見せた。
「脚に防具をつける、という冗句が人族にもあるのだな。そんな無駄なことをするはずがあるまい。俺よりも、トリルはいいのか。剣一本では心許ないだろう」
「失礼ながら――お嬢さんも剣持ちなんですか? こりゃ驚いた。私はてっきりこの
断る理由もないので、トリルは腰の鞘から剣を抜き放ち、店主に丁寧に手渡した。店主は慎重にそれを受け取りながら、まじまじと木目の刀身を見つめる。アインも興味深げに、黒光りする木目の刀身を見ている。
「不思議な剣だな。この模様は、何か意味があってつけているのか?」
「ううん。何故かこうなった、としか言えないかな。お父さんが色々な合金を試している中で、これだけが上手くいったの。同じ割合で合わせても、後にも先にもこの一振りだけ」
「お客様のもので申し訳ないのですが、試してもよろしいですか?」
トリルが頷いて応えると、店主は近場にあった枯れ木を台の上に置いた。これはトリル達の店でもやっていることで、枯れ木を両断できるかどうかで切れ味を試すのだ。枯れ木が折れたり割れたりするようなら、切れ味はそれほどでもないということになる。
店主がヒュンッ――と風切り音を立てて振り下ろすと、剣は枝と、その下の薄い台までをも両断した。枝に割れが微塵もないということは、切れ味が尋常でないということだ。それを見たトリルは唇の端で笑みを堪えた。
「この切れ味の素晴らしさ――軽くなく、重くなく、装飾も多くなく、少なくない。奇跡のような剣だ。失礼ながら、これをつくった方は?」
「北の街ノルドのブッフォという職人です」
聞いたことがないな、と首を傾げながら店主は言う。
「ノルドのブッフォ――覚えておきます。いやはや、素晴らしいものを拝見させて頂いた。これほどのものをお持ちなら、残念ながら当店の品は必要ないでしょうな」
言いながら、店主は台帳らしきものにサラサラと書き付けた。
「確かにその剣は素晴らしいが、本当に一本でいいのか?」
「切れ味はすぐに元通りになるし、問題ないと思っているけど――どうして?」
「人族の戦い方をよくは知らないが、有利を維持するためには、武器を投擲したり持ちかえたりする必要があるだろう。例えば長柄相手に剣で立ち向かうよりは弓、鎧を纏う相手には刃物より鈍器のほうがいい。トリルが余程の剣の達人ならば話は別だが」
「理屈は分かるけど、アインみたいにアレもコレも持ち歩いて使いこなすのは、私には難しいよ。剣だって、持ち慣れてはいるっていうだけだし」
トリルは、改めて壁に掛かっている様々な武具に目をやった。投げ槍や手斧、両手で扱う槍斧、弓などを見るが、どれも自分が扱う想像が出来ない。大方、振り回されて終わりだろう。
「おや、剣の腕には自信がないのですか。それなら、いいものがありますよ」
そう言って店主が店の奥から持ってきたのは、小型の
「これは当店で開発した小型版で、力のないご婦人でも護身用に扱える工夫がされています」
店主が弩弓につけられた取っ手をくるくる回転させると、噛み合った歯車の仕掛けで弦が引っ張られていく。
「こうして矢をつがえて、引き金を引けば、発射できます。連射は出来ませんが、特別な技術は必要ありませんし、手を増やすというそちらの戦士殿の言葉には合っているかと」
矢をセットし、店主が人型に向かって引き金を引く。ビォンッ――勢いよく射出された矢は、胴体部分に深く突き刺さった。
「面白い武器だ。人族はいろいろと考えるものなのだな」
これはいいかもしれない――木目の剣を持っているとは言え、怪物に襲われてまともに戦えるかどうか自信はない。しかし、これがあれば、遠くから射撃してアインを援護したり、逃げながら戦ったりなんていうことも出来そうな気がする。あまり
トリルは小型弩と、固い樺製の矢を筒で買い、腰の後ろに備えて店を出た。
「結局、私の買い物に付き合ってもらっちゃったね」
「色々と面白いものを見ることが出来て有意義だったよ。トリルの父殿は、そういうものはつくらないのか」
「うちでは、こういう――なんていうの? からくり? の類は全然だったなぁ。昔ながらの剣やら鎧やらばっかり。まぁ、そのおかげで技術は磨かれてきたんだろうけど」
トリルはそう言いながら、青空を見上げた。太陽は大分高い位置まで上っていて、宿に行けば部屋に入れそうな感じだった。アインも同じように考えたらしく、空を見て、それからトリルを見た。
「時間的にはちょうどよさそうだな。行ってみるか、その――なんという名だったか」
「『牡丹亭』だっけ。お腹も空いたもんね」
二人が通りを歩くと、その宿はすぐに見つけることが出来た。焼いた煉瓦で彩られた壁に、牡丹をあしらった看板が掛けられていた。
「それは良い買い物をなされましたね」
合流したスーは、野菜をふんだんに使ったスープを口に運びながら言った。
「オストは他の種族との交流があるためか、色々と新しいものが生まれる土地柄だと言われています。からくり式の小型弓の話は王都でも聞いたことはありましたが、実物はまだ入ってきていませんでしたよ」
スーに褒められて、トリルは安心と喜びを感じたが、それをはっきり出すのは何か恥ずかしい気がして、笑みが浮かんでくるのを必死に隠しながらスープを口に運んだ。
「そっちの方はどうだったの?」
「有益な情報はいくつか得られました」
スーの言葉に、アインが反応した。手に持っていた骨付き肉を皿に置く。
「カストラートの居場所が?」
「いえ、そこまでの情報ではありません。ただ、コリーナの北に位置するモンテ山という山に、怪しい人族が住み着いたらしいという情報がありました。その人物によると思われる被害もあるらしく、件の人物だという可能性はあるかもしれません」
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