第8話

 トリルは安心してスーとアインに感謝を告げた。

 その二人が旅慣れていて心強いことは、王都を出て一昼夜で分かった。

 特にトリルが感心させられたのは、食だった。アインもスーも、乾燥させたパンのような保存食をたくさん持っていた。ふたりのものは微妙に違ったが、味は決して悪くなく、腹持ちもよかった。

 夜は野兎などを狩りましょう、と言ったスーは、宣言通り二匹の野兎を捕ってきて手際よく捌いた。その様子を見てカワイソウなどと言うほどお嬢様ではないトリルだが、彼女の手際の良さには舌を巻いた。

 料理の腕もかなりのもので、秘蔵の調味料だと自慢して見せた木の筒は十本ほどもあり、出来上がったスープは街中の食堂でも食べられないような味だった。これにはアインも驚いていた。

「人族は食事に手間暇をかけるという話は知っていたが、これほど味が違うとは思わなかった。王都の館で食べたものもうまかったが、これもまたうまい」

人馬ケノス族は、どういう料理をするのですか?」

「俺が思うに、人馬ケノス族には料理という概念があまりないのかもしれん。肉をとって、岩の塩を振って焼くのがせいぜいだ」

「それでは栄養に偏りが出ませんか? 果物や野菜の類はどうしていたのですか?」

 アインが、むぅと唸る。

 尋ねているスーの翡翠の眼はキラキラしていて、彼女の好奇心の高さが見えた。彼女が剣も魔法も使えるというのは、こんな風になんでも吸収してきたからだろうとトリルはひとり納得していた。

「部族で暮らしていたときは、草を食む動物を捕ったら、はらわたも食うように教わったな。うまいとは思わなかったが、確かにあれを食った翌日は足の調子がよかったかもしれん」

「――横から質問していい?」

「俺が肉を食うのが意外だったか」

 トリルは頷いた。

人馬ケノスって、体の半分は馬の姿なわけじゃない。だから、基本的には植物食なのかなぁ、って思ってたんだけど、スーのお屋敷でも美味しそうに肉も食べてたよね。体のつくりとしては、人族と同じような感じなの?」

「なんとも分からんな。牛人ミノス族は肉をあまり食わないとも聞く」

 アインが言うと、スーも感心したように頷いた。この他、三人は東の町オストまでの道中に色々な話をした。

 トリルは人生で初めての野宿だったが、スーが建ててくれる天幕の中は暖かく、布団だと渡される薄布も見た目以上に暖かく、疲れも手伝って、眠るに入るのは一瞬だった。不思議に思って聞いてみると、天幕にも布団にも、日中の内に陽精ソルの魔法をかけているのだということだった。それを聞いたトリルは、馬について習うよりも魔法について習った方がいいかもしれないと思ったほどだ。

 一方、アインは外で寝た。二人の女性に遠慮して――というわけではなく、彼ら人馬ケノスはそもそもそういうものらしい。月精ルナの加護を受けて外で眠り、危険が迫っているときは彼らに警告してもらうのだという。唯一、新月の夜だけは見張りを立てるということだった。

 幸いオストまでの道中は雨に降られることもなく、オンブラの襲撃に遭うこともなく、何事もなく進んだ。

「あの街では、カストラートの情報は得られなかった」

 オストの外壁が見えてきたあたりで、アインが言った。

「俺はコリーナを出て、まずはこの街で話を聞いて回った。話に応じてくれる者を探すのにも苦労はしたが、聞いてもその名を知っている者はなく、終いには、人捜しならまずは王都へ行けと薦められた」

「では、魔術師団の支部に寄ってみましょう。市民の間を流れている情報と、魔術師が集めている情報とでは、違いがあるでしょうから」

 こうしてオストの街に入ったトリルは、すぐに驚きの声を上げた。他の種族がちらほら見かけられたのだ。

「オストって、人族の街だよね?」

「王国領の東端にある街ですから、大陸東側に住む種族が訪れることが多少はあるようですね。詩人などは積極的に訪れて、他種族と関わりを持とうとしているそうですよ」

 大通りの隅に寄って、行き交う人々を見る。

 牛の頭をした大柄な種族は、牛人ミノスだ。ノルドにいた頃に本で読んだ通りの巨躯だ。人馬ケノスの身長とさほど変わらないかも知れない。それなりに交流があると聞いていたとおり、牛頭の巨人達は、ちらほら大通りを闊歩している。

 随分と線の細い人だ――と思ってよく見ると、耳が切れ長で手の指も細長い人達がいる。草色の髪と瞳。森人エルフだ、とすぐに分かった。

 そして森人エルフに似て線が細いが、身長がやや低めで、露出した肌に鱗が見える人がいる。水の中に街を造ると言われている水人フォークだ。真っ青な髪と瞳、そして長い指の間には水かきのような膜があり、首には二本の溝のような線がある。

「ノルドには人族しかいなかったから、新鮮だなぁ。東の街がこうってことは、西の町もこんな感じなの?」

「位置関係から言えば、西の町オーヴェストには鉱人ドワーフ竜人ドラグーンが足を運んでもおかしくないのですが、彼らの国の門は固いようです」

 スーは答えながらきょろきょろとあたりを見渡している。彼女にとっても、他の種族は珍しいらしい。

「それらの国にカストラートが身を潜めるのは難しそうだな」

「そうですね。となると、モナルキーアのどこかに潜伏しているか、もしくは人里離れた場所を転々と放浪しているか……種族差別をするような輩が他の国に立ち入るような真似はしないでしょうし」

 スーはそこまで言って、トリルとアインに向き直った。

「では、私はこの街の魔術師団の支部に行って参ります。宿は、街の東大通りにある『牡丹亭』というところをとります。正午には部屋に入れるように手配しておきますので、それまではお二人で散策なさっていてください」

 これは路銀の一部ですと言って数枚の銀貨を渡すが早いか、スーは駆け足でとっとと行ってしまった。オストに来るまでの道中もそうだったが、彼女はとにかく疲れを見せない。靴にかけられた魔法の効果もあるかもしれないが、単純にトリルとは体力が違うように思われた。

「正午となると、結構時間があるね。アインは何か、見たいものある?」

 トリルが聞くと、アインは腕を組んで考え始めた。その間に、トリルもまた、自分の希望を考えてみる。故郷にいた頃から、別段、買い物に行くような趣味はなかった。正確には、何か娯楽に使うような金は無かったのだ。あらためて何かしたいことはないかと考えてみても、思いつくはずもない。

 唯一思い当たったのは、鍛冶屋だった。父の仕事が騎士団長に認められるほどのもので、鉱人ドワーフ族の職人も唸らせたということは分かっているが、実際の所、他の職人がどういうものをつくっているかはあまり知らないのだ。

「武具の類を見てみたいな」 

 アインの呟きに、トリルはドキッとした。どうやら、同じ結論に至ったらしい。

「俺たち人馬ケノスは、他の種族が造ったものを譲ってもらうか、一族で使い回すかだ。金で売り買いする武具というものを、一度見てみたい」

「私も鍛冶屋の娘として、それには大いに興味があるの。ちょっと、探してみようか」

 通りを行く人に話を聞くと、武具を扱う店はオストに数軒あるそうだが、十人に聞けば十人が薦める店がある、と言われた。それは『金鶏』という店で、試しに十人に聞いてみたところ、本当に十人がその店を薦めたので、二人は向かってみることにした。『金鶏』は大通りを北に行き、市場を抜けて少し進むと右手に見えるという。特徴的な外観だから、行けばすぐに分かるということだった。

「これだな」

 正面の扉の上に、大きくニワトリの絵が掲げられている店を見つけ、アインが言った。

「事前に聞いていないと、鶏肉屋さんにしか見えないね」

 トリルが言うと、アインは声を上げて笑った。

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