4・郊外へ

 以前斉木は沿岸から流れてきた放浪者の一団と話したことがある。かれらとは、まだなんとか通常の会話が可能だった。

 陸前高田のあるコミューンが、一人の若い僧侶のため潰滅したと言う。

 斉木はコートの中で、陸自第六師団流れの拳銃を握りしめた。

 常時持ち歩いているが弾は一発しか込められてない。

 その一発も最後の威嚇のためだ

 眼前でおびえ、うちひしがれている少女は外見こそ人間でも、もはやその種の名前さえさだかではない異類であった。

 〝 迷子たち〟―― 果てしない相対時空の荒野と化した世界をひとり彷徨うあいだに、怪物のような精神を持つにいたった孤独な人びと。

 しかし斉木もまた、彼女と同じものになる覚悟のうえ街を出たのではなかったか。

 わずかにためらった後、斉木は言った。


 ――十文字まで送ろう。

 ――でも、街から離れたらおじさんは……

 ――先生、と呼んでくれるかい。これでも前は城北中で教えてたんだ。

 ――え? 城北中だったの! 


 少女の顔が、思いがけぬ驚きに輝いた。


 ――ね、ならば安生あしょう町の郡司美紀って子、知らない? 大津川の、ほら大正橋のたもとでファミリーマートやってる家の子。あ、あと安川秀美ちゃん。従姉妹で城北バスケ部のキャプテンなんだけど、覚えてないかな。ああ、みんなどうしてるんだろう?


 早口にしゃべる少女の面差しはひどく平凡なものに変わっていた。

 きっと学校ではさほど目立つ方でもなかったのだろう。しかしその頬に照り映えるのは、世界が薄明に閉ざされる前に斉木がながく慣れ親しんできた、乱反射する思春期のまばゆい情動だった。


           ♮

 

 あらゆる廃墟は死に絶えた静寂に沈んでいた。

 とまった時計の上で、ふいに鴉が一羽啼いた。

 斉木は眉一つ動かさなかった。


 ――街に、いたくないのね。


 不意にそう言うと少女は立ちあがって軒下から歩み出た。くらがりから外へ出ても、少女はヴェールのような影を纏っているようだった。

 “ C ”のあと。《 新杜丘パラダイム 》での三年間。

 それは江西地区から先の遺棄された田園では、どれ程の歳月を意味していたのだろうか。


 ――行こう。夜が来る。


 打ち捨てられたショッピングモールを音もなく夜が浸食してくる。高い屋根はすでに霧にかくれ、時計台はもう見えない。

 ふたたび鴉が、地の底にひびくような声で鳴いた。

 急に少女は斉木に身をすり寄せ、その手を握った。

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