ずっと一緒にいよう 喪失

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 ーー ーー



 私の運命を変えたその日の事を、決して忘れる事は出来ないだろう。

 どれだけの時間が経ったとしても。


「有給? ああ、例の場所に行くのね。もうそんな時期になったんだ」

「前向きになったんだな。良い事だ」

「頑張ってね、応援してるよ」


 私は勤めていた会社に有給の申請をして、ある場所を訪れた。






 海が見える場所。

 私は久々に訪れたその高台で、過去の出来事に思いをはせていた。


 三年前、ここで事故があった。

 観光バスがここから落ちたのだ。


 幸いな事に、他の車に乗っていた人達が事故に気がついていたので、救助はすみやかに行われた。

 けれど、高所から落下した衝撃は大きく、多くの人の元に死神を呼んでしまった。


 結果、数十人の死者が出てしまい、生存者はたった一人だけになってしまった。


 その一人とは、私の事だ。


 ここに来るのは人生で二度目。

 来るまでに数年かかってしまったのは、恐ろしい出来事を思い出したくないから。


 しかし、いつまでも過去の悲劇に膝を屈しているわけにはいかない。


 勇気を出した私は、再びここを訪れる事になった。


 私は持ってきた花を供えて、手をあわせた。


 あれから三年もの時間が過ぎた。


 多くの人は事故の事を忘れ去ってしまっただろうが、反対にどうやっても忘れられない人がいる。


 犠牲者の家族、友人、恋人がそうだ。


 かれらは、大切な人を失くしてしまったこの場所に来て、何度も何度も花を添え、祈りをささげるのだ。


 きっと、来年も再来年も来るのだろう。


 私は目の前に一歩、踏み出した。


 あと数歩先、そこに地面はない。


 この先に踏み出せばきっと、私の大切な人達と一緒にいられる。


 かけがえのない人だった。

 私は、ずっと忘れられない。

 忘れられるはずがない。


 これからどれだけの時が経とうとも、私は今日と変わらないでいるだろう。

 失った何かを思い出しながら、欠けた何かを思い知りながら生きていくのだろう。


 傍にいるはずだったあの人は戻らない。

 一緒に過ごすはずだったあの人との時間も。


 あの人が戻ってこないというのなら、私がそっちに行ってしまえばいい。

 そうすれば、ずっと一緒にいられる。


『ズット、一緒に、イタイな」


 私も。


『これからは、一緒に』


 もうすぐだよ。


 私はさらに一歩踏み出した。


 けれど、誰かが私の腕を掴んだ。


「死んだらあかん」


 邪魔をされた。

 その人も、ここにきているのだ。

 同類なのに。事件の被害者なのに。おいて行かれた側なのに。


 なら、私の気持ちも分からなくはないでしょ?

 放っておいてよ。


「放してっ!」


 必死に腕を振りほどこうとするけど、相手の力の方が強かった。


「死んだって一緒になんてなれんよ。胸張って生きんと、一緒になんてなれんよ。だから生き! 精一杯生きてから会いに生き!」


 その言葉を聞いた私は膝をついた。


 私は、私を止めてくれたその人に、今までずっとため込んでいた心の内を吐き出した。

 

 ずっと一緒にいたかった。


「うん」


 きっと同じ境遇。

 だから、その人になら遠慮なくぶちまけられる。


 ずっと一緒だと思ってた。


「うん」


 でも、いなくなってしまったから、どうしたらいいのか分かんなくなっちゃった。


「辛かったな」


 生きてても楽しくないんだよ。


「悲しかったな」


 悲しかったよ。

 泣きたかったよ。


 でも、前向いて頑張っていかなきゃいけなかったんだよ。


 いつまでもウジウジしてたら、居場所がなくなっちゃう。

 社会のお荷物になっちゃう。


「大変だったな」


 大変な事はあったけど、色々あって遺族の方たちは前を向きました。

 不幸な事件を無駄にすることなく、精一杯人生を送ってます。


 そんな報道で、皆の心をひとくくりにされちゃったから。


 私にもそんなイメージを押し付けて来て、もう大丈夫だよねって、みんな笑顔で接してくる。


 嘘だよ。

 ありえないよ。


 簡単に前なんて向けないよ。


 限られた枚数分だけ文章が綴られた本みたいに、人生は起承転結がはっきりしてるわけじゃないんだから。


「前向いていかんでも良い、たくさん悲しみな。そんで、生きる事だけをまず頑張りな」


 私はその後もずっと泣き続けた。

 これまでにためこんでいた、たくさんの感情を洗い流すように。


 一緒にいたかった。

 けど、あの人の眠る場所に背を向ける。


 私はまだ、そっちにはいかない。



 ーー ーー


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