お人形

古魚

お人形

 何か月も学校を休んでいた友達が、今日久しぶりに学校へ来た。


「久しぶりだね、由奈。大体9か月ぐらい?」


 由奈は、高校に入ってすぐに「先輩の彼氏ができた!」と喜んでいたのも束の間に、学校へ来なくなった。先生に事情を聴いても教えてくれなかった。課題は出されていて単位はギリギリ進級できるラインを維持しているとは聞いた。


「多分それぐらいかな? 久しぶりだね、凛」


 由奈は休む前と変わらない眩しい笑顔を浮かべる。その顔を見て、何か変わってしまった訳ではないんだと安心する。


 由奈は家が厳しく、ネット環境に全然触れられず、スマホにも家族以外の連絡先は入っていない。家に行こうにも、由奈の家は高級マンションで、特定の許可証がないと入れない。

 結局休んでいる間、一切由良と連絡が取れなかった。


「どうしてこんなに休んでいたの? 私、ずっと心配してたんだよ?」

「うーん、今はまだダメ、教えられない」


 しばらく悩んだ後、由奈はそう言って首を振る。明らかに目が泳いでいる。


「どうして?」と聞こうとすると、部屋の電気が消され、由奈の瞳から光が消える。


「ほら~次移動教室だろ、さっさと行くぞ」


 ホームルーム委員長が私たちに、めんどくさそうな視線を向ける。


「ごめんごめん、すぐ行く。ほら凛、行こ!」

「ちょっと! まだ話終わってないんだけど!」


 由奈は教科書をまとめて、足取り軽く教室から出ていく。

 慌てて私も教科書類をまとめ、教室を後にした。




 

 由奈が高校に来るようになって何日も過ぎるにつれて、私の中で空白の9か月は、少しずつどうでもいい物になって行った。

 その後、私たちは普通に大学へと進学した。私は地方の大学へ、由奈は家事を重点的に学べる、女子大学へ進学した。

 大学に行って、ようやく友達の連絡先をスマホに入れることを許可して貰ったらしく、大学1年の12月、私のスマホに電話がかかって来た。


「もしもし? 凛?」

「その声、もしかして由奈!?」


 大きな声を出してしまい、大学の廊下を歩く他の人に凄い目で見られてしまった。慌てて大学を飛び出し、周りに誰もいないベンチへ腰掛けた。

 久しぶりの会話に花を咲かせ、しばらく話し込む中で、今度会って話さないかという話題になった。


「もうそろそろ私の大学冬休みになるから、その時会おうよ」

「由奈がいいなら、私はいつでも行けるよ」

「ほんと? それじゃあ22日に、いつも行ってたところで!」

「分かった、それじゃあまた今度、バイバイ」

「うん、バイバイ」


 プーっと電話が切れる。それと入れ違いで、私のチャットサービスSNSに、由奈と言う名前のアカウントからフレンド申請が届いた。


「由奈、元気そうだったな……」


 そのフレンド申請に許可を出し、記念すべき最初のメッセージ交換をした後、スマホを閉じようとすると、別の人物からメッセージが飛んできた。


《なあ愛しい彼女よ、今日バイト無いからそっちの家言ってもいい? てか行くね》


 私の彼氏、拓真だ。高三の頃から付き合い始め、学部は違うが、今は同じ大学に通っている。


【いいよ、じゃあしょうがと玉ねぎ買って来て。今日の夕飯生姜焼きにする】

《さてはお前、俺のこと大好きだな?》

【いまさら確認することでもないでしょ?】

《確かに》

《じゃあ講義終わったらすぐ行くわ》

【うん、まってる】


 くしゃみをしながらスマホをポケットにしまうと、私は家へと帰路へ着いた。最近は妙に体が重く体調が悪いため、アパートまでそんなに遠くは無いが、バスを使っている。



「ご飯炊かないと……」


 家に付いて、スマホとワイヤレスイヤホンを充電用ケーブルに刺し、キッチンへ立つ。炊飯器に洗った米をセットして、炊飯ボタンを押す。同時に、冷凍庫内にある豚肉を冷蔵庫に移動し、少し解凍させておく。


「よし……」


 一先ず晩御飯の支度の準備は終えたので、服を脱ぎ、外の洗濯機に放り込んだ後、部屋着に着替える。鞄の中身を整理し、上着をハンガーにかける。

 そうこうしているうちに、扉をノックする音が聞こえた。


「愛しの彼氏様がやってきてやったぞ」

「全く、調子がいいんだから」


 子供っぽい笑みを浮かべ、靴を脱いで部屋へ上がる。


「それじゃあ作り始めるから、適当にテレビでも付けて待ってて」

「おう」


 私は、手際よく料理を完成させ机へと運ぶ。


「お~うまそ~」


 私から白米と箸を受け取ると、元気よく「いただきます!」と言って、拓真は肉へとかぶりついた。


 全て食べ終わり、適当に二人でくだらない話をしていた頃、テレビから不穏なニュースが流れて来た。


『次のニュースです。今日、〇〇県××市の山奥で、子供の遺棄死体が発見されました。警察の調べによると、2歳~3歳の女の子で、身元の鑑定を急ぐとともに、犯人の捜索を行っています』


「子供遺棄か……」


 ぽつりと拓真が呟く。


「どうしたの?」

「いやさ、この事件が起こった場所、俺たちの地元じゃん? じゃあ地元に残った誰かと関係あったりするのかなって思っただけ。皆いい奴だから、こんなことしないと思うけどさ」


 言われてみれば確かに、〇〇県××市は私たちの高校がある地域で、22日に行こうとしている喫茶店もある。


「物騒だね~」


 特段私は興味を示さず、そう適当に流した。

 そのまま時間は過ぎ、気づけば時計は10時を指していた。


「22日、車出してやろうか? 電車賃もったいないだろ?」

「え、ほんと? じゃあお願いしようかな」


 私がそう答えると、拓真はにやりと笑い「なーらーばー」と言いながら、私をソファーに押し倒す。私は抵抗する間もなく、拓真の下に転がされる。


「代価は払ってもらうぜ」


 ああそうゆうことか。私の彼氏さんは欲求不満なご様子。


「したいなら最初からそう言えばいいのに」

「先週もしたから、さすがに鬱陶しがられるかなって思ってさ」

「なんで拓真からの愛を、私が鬱陶しく思うのよ?」


 拓真は、顔を赤らめて、少し視線を逸らす。


「拓真が誠実過ぎて、高校生の時には手を出してくれなかったんじゃない。その分、を取り返すためにも、大学に入ったら一杯愛してって――」

「分かったって、俺が悪かった」


 私の口は拓真によって塞がれ、続く言葉は甘い甘い蜜で絡めとられた。




 22日、拓真の運転で私は、約束の喫茶店まで来た。店の中に入ると、既に由奈は席についていた。


「あ、凛!」


 私の姿を見つけると、元気よく由奈は手を振り、手招きをする。


「由奈はいつでも元気だね」

「えへへへ、久しぶり、凛」


 私たちはそれからずっと話し続けた。お昼時から話し続けて数時間、日が傾き始める頃、話題は彼氏の話へと変わっていった。

  

「へー凛は彼氏と上手くいってるんだね! よかったよ!」

「そうゆう由奈はどうなの? 高校の時、いつだったかを境に、一切彼氏のこと話してくれなくなったじゃん」


 由奈は、あれだけ好き好き言っていた彼氏の話を、突然一切しなくなった。訳を聞いても話してくれず、そのまま卒業してしまった。


「そうだね……彼氏とはね、私が高三の時に別れたよ。先輩が大学に行った後、手紙を送ってたんだけど、一切返事が来なくて、私の卒業が近づいた頃に、『もう別れよう、手紙も送って来ないでくれ』って返事が来たから」


 衝撃の事実を知らされ、数秒間硬直する。聞かない方がよかったかも……。


「最近まで、踏ん切りがつかなかったんだけど、ようやく最近決心して、先輩が私にくれたお人形を捨てたの。私と先輩の愛の結晶だったんだけどね、今となっては、邪魔でしかなかったから」


 一瞬、由奈の瞳に恐怖を感じる。私は、深淵を覗いているかのような錯覚に陥った。


「ねえ凛、一切話さないし、ほとんど自分で動いたりしない人型のは、人形だよね?」

「それはそうでしょ――」


 そんな意味不明なやり取りの後、すぐに話題が切り替わり、また話し込んでいる間に、由奈の不思議な話は気にならなくなっていた。


 それからまたしばらく経ち、拓真が私を迎えに来てくれた。由奈との別れを惜しんで、また会おうと新たな約束をした後、喫茶店を後にした。





 帰りの車の中で、景色が暗くなり退屈になって来た私は、ナビに付いているテレビのチャンネルを回した。

 チャンネルがニュースに切り替わったところで、思わず手が止まった。


「ん? バラエティーでも見るんじゃなかったのか?」


 私の動きを不思議に思ったのか、拓真がそう聞いて来るが、私はキャスターが読み上げた言葉で頭が一杯だった。


『本日の夕刻、〇〇県××市の子供遺棄事件の犯人と思われる、近隣の女子大学に通う長谷川由奈容疑者を逮捕しました。容疑者は『一切言葉を離さないし、あまり動かないから人形だと思った。』と容疑を一部否認しています』


「由奈が……遺棄事件の、犯人……?」

 

『また、死体となって発見された子供は、発達障害という診断を受けていました。長谷川容疑者に子供を産ませた、元彼氏とは現在別れていることも分かっており。警察は、育児ノイローゼが遺棄の動機とみて調査を進めています』


「凛、大丈夫か?」

「由奈が、あの由奈が……?」


 呼吸が浅くなる。どうして、なぜ? そればかりが頭を駆け巡る。


『速報です。たった今、警察が長谷川の元彼氏を重要参考人として事情聴取を行ったそうです。元彼氏の証言によると『高校生で子供をもってしまったことが怖かった。最初は二人で頑張って育てようとしたが、子供が発達障害だと知って、面倒を見切れないと思い、別れた。まさかこんなことになるなんて思っていなかった』とのことです。詳しい内容については、情報が入り次第、お伝えします』


 そこで私は、由奈の心情を察した。あの空白の9か月間も、意味不明な会話も、全てに納得が行った。


 そして、同時に恐怖が、腹の下の方からこみあげて来た。


「ねえ、拓真」


 黙って運転し続ける拓真の方に、恐る恐る視線を向ける


「拓真は、私のこと……捨てないよね?」


 自身のお腹に手を当てながら、私は拓真へ聞いた。


「当たり前だろ」


 簡素な返事が、私は怖くて仕方がなかった。

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お人形 古魚 @kozakana1945

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