第6話 みーつ&違和感。
遅いな、ひな。
待ち合わせの書店の中を、ぱらぱらと文庫本をめくりながら歩く。
先週のこの時間は、もう二人で喫茶店に入っていた。
シフォンケーキの試作でいつもより遅くなったから、学校から駅まで走って、なんとかいつもより二本遅い電車に乗れた。
急に足元から冷気が伝染してきた気がして、肩がビクッとなる。
それにしても寒くなったな。
最近は、いつものカーディガンの上にブレザーを着て家を出る。
先週、夏の間にクリーニングに出してたブレザーを、放課後に取りに行こうと思ってたら、お姉ちゃんがもう取ってきてた。
なんならクローゼットに掛かってた。
自分で取りに行くから良かったのに。
と言おうとしたら、
駅行ったついでだったのおー。そそ、あと、これ買ってきたんだ。食べよ! 美味しそーでしょ。
とアップルパイを見せられて、何も言えなくなった。
ありがと、だけはすごい小さい声で言ったけど。届いてたかは知らない。
✧
本屋さんに着いてから、三十分が経った。
流石に連絡を取った方がいい、スマホを開いたところで思い出した。
わたしはひなと連絡先を交換していなかった。
勝手に動いたら入れ違いになるだろう。
身動きが取れない。
どうしようか。
途方に暮れ始めた頃、本屋さんの階段を、慌ただしく上ってくる靴音がした。
反射的に振り返り、ドアが開くのを待つ。
少し間をおいて、木のドアが音を立てて開いた。
「……ふぅ。……とゆ! ごめん、なさい、遅れちゃって」
「……全然。何かあった?」
一瞬下を向いたひな。
「……放課後、席替えをしてて、遅くなっちゃった。ほんと、ごめん」
膝に手をついて呼吸を整える彼女に、何か足りないと思って、すぐ気が付いた。
リュックを、持ってない。
「それは、大丈夫、だけど。……リュックは?」
「……あっ! 置いてきちゃった! あたし、ほんと馬鹿だなあ。教えてくれてありがと、……気付かなかった」
どこか、台本の
「……そっか。定期とかは」
「たまたまブレザーのポッケに入ってた! あと、スマホも。ほんと、偶然。めっちゃラッキーだよねー!」
わたしが最後まで言い終わらないうちに、慌てたように言葉を被せた、ひな。
あはは、すぐこーゆードジやっちゃう、と後頭部に手を当てて笑う。
たまたま、か。
たまたま、だったら、いいんだけど。
「……それは、良かった。取りに戻らなくていいの?」
「ううん、しょっちゅうやることだし、ほぼ何も入ってないからだいじょーぶ! ……さてと、今日はどーする?」
さっきとはどこか違う雰囲気。
ちゃんとひな自身が喋ってる気がする。
「どこでもいいよ」
「じゃーあー、今日は、新しく出来てた、タルト屋さん行く?……一人だと、ちょっと、入れなくて」
え? ギャルは無敵だと思ってた。
可愛いお店に入るの躊躇うギャルもいるんだ? なんか親近感。
「そこって確か、全部テイクアウトだったような」
「まじか! 買ってからどっか別のとこ行くしかないね」
✧
本屋さんでは、それぞれ1冊ずつ文庫本を買った。
ふんふーん、と鼻歌を奏でる彼女と並んで、店までの道を歩く。
楽しげな横顔を見て、さっきの一瞬の違和感の正体がわかった。
ひなは今日、メイクをほぼしてない。
というか、拭き取った感じ。
リュックの件もそうだけど、なんだか今日は、様子がおかしい。
本当に何も無い?
「……ひな、今日水泳とかあったの?」
わざと、的外れなことを、聞いた。
「なんでー?夏だけだったよ! ……あ、メイクね! 失敗しちゃって、全部取っちゃった、えへへ。どう? 可愛い?」
「…、うん、それはそれで好きだよ」
「やったあ! とゆに褒めてもらった! ……やっぱ、金曜はいいなあ。とゆに会えて、しかも、」
「……二日間も、授業がない!」
「そう言ってもらえると、嬉しいな。わたしも、ひなに会うの、一週間の楽しみだよ」
「……ほんと! よかったあ」
タルト屋さんで、ミニタルトを一つずつ買ってから、近くの公園のベンチで、一緒に食べた。
色んな話をして、あのきらきらした笑顔で、学校のことを話すひなを見ていると、さっきのことたちが、わたしの気にし過ぎだと思えてくる。
じゃあ、すっぴんのひなが、少し弱く見えたのは、気のせいだろうか。
どっちつかずの君と嘘 ちゃしえ @nori-tama55
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