第21話 レイラちゃん 1/2★★★
最初にあの落書きに気がついたのは、教室で授業を受けている最中の出来事でした。
数学のノートに、見覚えのない女の子の絵が描かれていたのです。
女の子は赤色の細いクレヨンのようなもので描かれていました。髪は長くてワンピースのような服装をしており、表情は笑顔。ところどころ線がはみ出たりしていて、小学生くらいの子が描くような女の子でした。
そして女の子のそばには、おそらく女の子のセリフとおぼしき英語が書かれていました。
Hello. I’m Layla
(こんにちは。私はレイラ)
Candy please
(アメをちょうだい)
それを読んだ私は、ああ、友達のイタズラだなって思いました。
私がトイレにたった隙でも見計らって、落書きをしたのでしょう。
おやつをせびるにしても手の込んだことをするわね。レイラなんて名前までつけちゃって。
私はふふっと笑って、レイラちゃんのそばにキャンディの絵を描きこみました。
休み時間になって、私はいつもつるんでいる友達2人に落書きの件を問い詰めました。クレヨンで描いたら消せないじゃん、成績下げられたらどうすんのよ〜……みたいな感じで。
そしたら友達二人はきょとんとした顔。「なんのこと?」と返され、私は「女の子の落書きよ」とノートを渡しました。
ノートをパラパラとめくった二人でしたが、顔を見合わせて「落書きってどれ?」と聞いてきます。
あれ? この二人の仕業じゃなかったの? そう思いながら私はページをめくりました。
するとどうでしょう。さっきのページにレイラちゃんの絵はありませんでした。
なんの痕跡もなく、まっさらな状態。
慌てる私に、友達は「夢でも見たんじゃないの」とか「寝るなら家で寝なよ〜」とかイジってきます。
そんなはずは……と他のページも探してみました。やはりレイラちゃんの姿はどこにもありません。
消えたのです。私の書き込んだキャンディと一緒に。
あっけに取られた私は、本当に夢でも見ていたのかと思いました。
しかし、あれが夢ならどれだけよかったことか。
それは悪夢を超える出来事の始まりだったのです。
彼女が再び姿を見せたのは、次の日の夜のことでした。
お風呂上がりに英語の参考書をめくっていた私は、ページの上部に赤い影を見つけて手を止めました。
昨日と同じ女の子。
レイラちゃんの落書きがそこにありました。
Book please
本をちょうだい
——何これ。
思わず参考書を床に落としてしまいました。
つい数日前に開いた時にはなかったはずの落書きです。参考書は部屋の引き出しに入れてあるので、私以外の人が触ることはありません。
つまりこの落書きの女の子。
レイラちゃんは、誰も触っていない参考書にいきなり現れたということになります。
手の込んだイタズラ? でも誰がどうやって?
レイラちゃんは昨日と同じ顔でこっちを見ています。
しかし昨日とは違って、今日はその笑顔が気味悪く思えました。
そして今回、落書きに添えられたメッセージは「本をちょうだい」。その意図するところも見えてきません。
背中に冷たいものが走った私は参考書を閉じ、机の奥に押し込みました。
落書きの絵と顔を合わせているのが怖い。そんな感覚は初めてでした。
その時まだ夜の9時を回ったところでしたが、私は5分で髪を乾かし布団に潜りました。少し勉強する予定でしたが、とてもそんな気分になれませんでした。
あの落書きはなんなのか。
あのメッセージはなんなのか。
どれだけ考えても、推測が浮かんでは消えるだけ。明かりを落とした部屋の中で、おそらく一時間以上はぐるぐるといろんなことを考えていたと思います。
ただ、そのうち気疲れして眠ってしまったのでしょう。気づいた時には窓から薄明かりが差して込んでいました。
私は目をこすりながら体を起こしました。まだ頭はぼーっとしていましたが、最初に頭に浮かんだのは昨日のメッセージでした。
本をちょうだい
「本……?」
独り言のように呟いて、部屋の隅にある本棚に視線を向けました。
わりと大きい本棚で、中学生くらいから買い集めた雑誌や小説、漫画なんかが押し込められています。
しかしその一部が抜けて、本棚の下に積み上がっていました。
地震かなにかで落ちたのかな……そんな風に思いましたが、明かりをつけてギョッとしました。
本の表紙が刃物のようなもので裂かれていたのです。
それも1本や2本の切り傷じゃなく、執拗なほどズタズタに。
「ひ……っ!」と結構な大きさの悲鳴が出ました。それから部屋を飛び出すと、急いで一階へと降りました。
リビングではお父さんがコーヒーを飲みながら朝のニュースを見ていました。私の姿を見るとお父さんは「お、今日は早いね。……どうかした?」そう尋ねました。
私は息を荒く吐きながら冷蔵庫まで歩き、冷やしてあった水を取り出して一気に飲み干しました。
そんな行動を不思議そうに見ているお父さん。
お父さんにいつもと変わった様子がないのを見て、少なくとも家に泥棒が入ったわけじゃないのだと私は考えました。それなら早く起きたお父さんが先に異変を見つけるはずですから。
でも、それじゃあれは何。
変質者のしわざ? それとも——。
「顔が青いぞ。体調が悪いのか?」
手にしていたコーヒーカップを置くお父さんに、私はなぜか「大丈夫、なんでもない」と返しました。
自分でもうまく説明がつかないのですが、言えなかったのです。
代わりに私は再び自分の部屋に戻り、ボロボロになった雑誌を手に取りました。
さっき明かりをつけた時に、その裂け目から赤いクレヨンが見えていたからです。
震える手で表紙をめくると、ページの上の隅。
いつもの定位置にレイラちゃんはいました。
なぜか前に現れた時よりも少し大きな姿で。
Rabit please
うさぎをちょうだい
今度のメッセージはそのように書かれていました。
——どうしていいかわからなくなった私は、再びリビングにおりました。
お父さんが話したのでしょうか。お母さんも起きてきていて、私に「調子が悪いの? 熱は測った?」って聞いてきました。
私はよっぽどレイラちゃんのことを話そうかと思いました。しかし友達に見せようとしていた時に落書きが消えていたことを思い出し、途中で言葉を飲み込みました。
落書きのことを話しても、たぶん信じてもらえない。むしろズタズタの本を見て娘の精神状態を心配するのではないか。
もちろん変質者の可能性だってあるのですから、落書きのことはともかく、本のことは伝えるべきだったと思います。
それでも私は何も言わず、何もせず、黙って登校の支度を始めました。多分どうしていいかわからなかったのだと思います。
とにかくレイラちゃんから逃げたい。少しでも遠くに離れたい。
その一心で、私は朝食もとらずに家を出ました。
それから早朝から開いている高校の自習室で時間を潰し、教室に向かいました。
ほどなくして一時間目の授業が始まりましたが、頭の中は朝の件でいっぱい。集中できるはずもありません。
心ここにあらずといった状態のまま昼休みを迎えました。
私の様子が変だったせいでしょう。友達が「パン買いに行こうよ。今日はおごるから」なんて誘ってくれました。
私は下手な笑顔を返し、友達二人の後についていきました。
そしてパンを買った帰りのことなのですが、中庭に人だかりができているのを見つけました。
なんだか物々しい雰囲気というか、ざわざわした感じ。そこに慌てた様子の先生が駆けつけています。
「何かあったのかな……」
友達の一人が不安そうに口にすると、近くにいた女子生徒が「飼育小屋のうさぎが死んでたらしいよ」と口を挟みました。
「小屋の中のうさぎが、首から血を流して死んでたんだって」
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