第20話 野◯峠ヘアピンカーブ

 もう二度と行きたくない場所ってのはあるか?

 俺にはある。ある山道のヘアピンカーブだ。


 あれ以来、俺は山道そのものがトラウマになってる。


 何があったか話そうと思う。


 


 当時の俺は新車を買ったばかりで、仕事が終わると町から離れてドライブをしてた。

 

 夜道を一人で走りながら、一日のストレスを癒す俺カッコいいみたいな感じで、目的地も決めずに走ってた。


 あの日は定時に上がれたから、県をまたいで移動することに決めた。

 で、隣の県の高台まで行くことにした。一人で夜景を見下ろす俺カッコいいみたいな感じで。


 高台の駐車場に着いたのは20時ごろ。平日だからか他に車は停まってなかった。

 街の明かりを見ながらタバコをふかしたり、缶コーヒーを飲んだりして、気づくと2時間くらい経ってた。

 我ながら贅沢な時間の使い方をしてたと思う。


 

 その帰り道。

 俺は登ってきたルートをそのまま戻ったつもりだった。

 けど登りと下りじゃ景色が違うことや、夜道なのもあり、途中で道を間違えたみたいだった。


 下っているはずなのに、進む道が上り坂になっている。

 行きにはなかったはずの古いトンネルをくぐったあたりで、どっかでUターンしなきゃなと思った。


 けどちょうど走っていた場所が、脇が崖になっている細い一本道。

 もうちょっと走らせて、道幅が広くなったら切り返そう。そう思っていた。


 すると、ヘアピンカーブの向こう。カーブミラーに対向車の明かりが見えた。


 俺は何となく速度を落としたが、すぐに違和感を覚えた。


 明かりの接近する速度が異常に速いのだ。

 この狭い道なのに、全速力でこちらに向かってくる。


 何だ、この車……。


 

 カーブの向こうから、けたたましいエンジン音とともに現れたそいつは白い乗用車。


 家族連れっぽい4人が乗っていて、全員がニタニタ笑いながら俺を見ていた。


 まるでジェットコースターで下るときみたいなテンションで両手を挙げている感じ。

 運転手もハンドルを握ってなかった。


 そんでエンジン音を突き破って聞こえてくるくらい高い声で


 キャー!! キャー!!! キャーー!!!!


 って、無邪気に叫ぶ声がはっきりと聞こえた。




 

 次の瞬間には、4人のうち2人のつぶれた顔面が、笑顔のまま俺の車のフロントガラスに張り付いた。


 それが意識を失う前に見た最後の光景だった。



  

 強烈な爆発音と一緒に全身がつぶれるような感覚を味わった気がしたが……そこから先はよく覚えていない。


 意識が戻ったのは3日後。

 病院のベッドの上だった。


 それから病室を訪ねてきた警察にはすべて話した。

 警察は事故の状況を細かく聞いてきたりしたが……そんなことよりもあの家族のことだ。


 間違いなく、あいつらはわざとぶつかってきた。


 アクセル全開で。


 アトラクションでも楽しんでいるかのように笑いながら。


 完全に正気の沙汰じゃない。


 事故の件で顔を合わせなきゃならないかと思うと、マジであいつら全員死んでてくれと思った。


 そんな状況を事細かに話すと、警察官は顔を見合わせた。


「お尋ねしたいのはそこなんです。

 あなたはあの夜、一体何とぶつかったのですか」


 警察の話だと、現場には他の車があった痕跡が存在しないのだという。


 現場に散らばったガラスやミラーの破片はすべて俺の車のもの。

 車はかなりの勢いで衝突したはずなのに、ぶつかった箇所から別の車の塗料は検出されず。


 周辺住民からの目撃情報もなし。

 もちろんケガ人も、つぶれた車の中で気を失う俺一人。


 断片的にだが、刑事の一人がそんな風に言ったのを覚えている。


「あなたの車とぶつかったとおぼしきものが、何も見当たらないのです。

 

 ただヘアピンカーブの真ん中で、ぺしゃんこになったあなたの車だけが残されていた。

 

 現場の人間も困惑しています。交通事故とも自損事故とも違うって。

 

 これはどういう事故なのでしょうか、と」


 そんなことを言われて、困惑したのはこっちの方だった。


 俺は確かにやられたんだ。あの狂ったような叫び声は今も耳にこびりついてる。

 間違いなんかありえない。


「ああ、それと」


 警察官が取り出したのは、ビニールに包まれたSDカードだった。

 少し角が曲がっているが、見覚えがあった。ドライブレコーダーに差し込んでいたものだ。


「幸いにも再生できる状態ではあったのですが、破損のせいか、画像にはノイズが入っていました。


 しかし音声だけは無事でした。


 ぶつかる直前のあの笑い声は……いったい誰のものですか? よろしければ確認を」


「っ! 知るかそんなもん!」


 俺は頭を抱えて獣みたいに叫んだ。


 またあの笑い声なんか聞かされようものなら、頭が割れると思った。

 

 俺の大声を聞いて、医者と看護師がすぐに病室にかけつけた。

 警察官は「またうかがいます」そう言って去っていった。


 そのあとは色々と疑われたんだろう。尿検査をされたり、変なテストを受けさせられたりした。


 結果はもちろんシロだが、いっそ俺の方がおかしくあってくれとさえ思った。


 だって、そうじゃなきゃあいつらは“居た”ってことになるだろ。


 また遭遇するかもってことだろ?



 

 そんなことがあって、俺は山道がトラウマになってる。


 そんなの冗談だろって?


 そうだな。


 首から下が二度と動かせないこの有様も、全部冗談ならよかったのにな。

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