第19話 リセットハウス 2/2★★

 もうそこから先は意味不明だった。


 一緒のあの“変な家”に行った友達は話が全く通じない。

 それどころか1人はいなくなっている。

 

 クラスを見渡すと3人も知らない奴がいて、俺は動揺しっぱなしのまま一日を過ごした。


 授業が終わって、俺は諦めきれずに友達の1人に声をかけた。


「まじでおかしいんだって……。ちょっと家を出た間に、家の壁紙とか全部変わっててさ。

 見にきてくれたらわかるから」


「いや人んちの壁紙とか覚えてねーし。

 それよりクラブ行くぞクラブ」


 話をぶった斬られた俺がそのまま連れていかれたのは、野球クラブだった。


 顔色をうかがいながら「俺って野球クラブだっけ……?」って聞いたら「じゃあ何クラブなんだよ」って言われて。

 答えたら答えたで「うちの学校にそんなクラブねえからw」って笑われた。


 わけがわからないまま、その日は野球の練習に参加した。


 チームメイトは知ってるやつと知らないやつが半々くらい。けど俺に違和感を持ってるやつはいないようだった。


 ちなみに俺は野球なんてやったこともない。

 

 なのに道具は普通に用意されているし、バットを振ればボールに当たる。ルールも理解できた。

 今までずっと野球をやってきたみたいに。


 まるで自分が自分じゃないみたいだった。

  

 怖くなってきた俺は体調が悪いって言って、練習を抜けた。

 ところどころ言動がおかしかったこともあって、監督らしき先生もあっさり早退を認めてくれた。

 

 そのまま練習していたら本当におかしくなりそうだったが、帰り道は帰り道で唖然とさせられた。


 公園の遊具がガラッと入れ替わっていたのなんて序の口。

 

 たまに行っていた本屋がホームセンターになっている。


 行き止まりだった場所に道ができている。 

 

 おまけに、いなくなった友達の家は空き地になっていた。

 

 近所の人を捕まえて聞けば、みんな「前からそうだった」という。

 

 

 何から何まで、現実が俺の記憶とズレている感じだった。


 

 




 それからしばらくは、あの変な家には怖くて近寄らなくなった。


 あの家に行くと……なんていうか、強制的に現実を書き換えられてしまう。そんな認識だった。


 そんな中、俺はなんとか現状に溶け込もうとした。

 最初はいろんな場面で「大丈夫か」って言われたりしたが、だんだん慣れて、3ヶ月もすれば違和感なく過ごすことができるようになった。

 

 けどそれから数年経って、俺は再びあの家に足を踏み入れた。

 高校受験に落ちた翌日のことだ。


 進路が決まらない不安感からか、俺は家でクッションをぶん投げたり、参考書を破ったり、それはもう荒れていた。

 家族も今はそっとしておこう……みたいな感じで、俺は夕方まで部屋に閉じこもっていた。

 

 そんな時にふと思い出したのだ。小学校の時のあの経験を。


 あの変な家に行けば現状が変わるのかもしれない。

 高校に落ちたっていう現状も、もしかしたら書き換えられるのでは?


 受験の失敗でやけっぱちになっていた俺は、躊躇ためらいもせず裏山へと向かった。

 

 久しぶりに足を踏み入れた空き家は、子供の頃にやってきた時のままだった。

 自分の家さえ変わってしまっていたのだから、変わり映えのないこの家の姿にむしろホッとしたくらいだった。


 俺は1時間くらいそこで過ごして家に帰った。

 その時点では何も起きなかった。

 

 しかし翌日。目が覚めた時には、俺は無事に高校生になっていた。


 それも高校2年生に。


 つまり今回は進学の結果どころか、年齢や季節も変わっていたということになる。

 これにはかなりビビったが、学校に行ったら顔も見たことのない恋人がいたのにも驚いた。


 まあその彼女は、その子がどんな子なのかとか、付き合った経緯とかが全くわからんせいですぐ別れたが。


 ——それから俺は、何かがうまくいかないたびに、あの変な家に行くようになった。


 あの家に行くと、どうなるかは選べないものの、世界が少し書き換えられる。

 

 ある意味人生がリセットされる。

 そんな認識だった。

 

 だが問題はリセット後に、その世界線での記憶の埋め合わせがされていないことだ。


 例えば野球部に入っている事実が発生するが、その経緯はわからない。

 彼女がいても、その娘がどういう人かわからない。

 

 これだと周りから変人扱いされることがあるし、最悪の場合、記憶障害を疑われたりもする。


 そしてリセットによる変化の度合いも強烈なことが増えてきた。

 

 例えば父親が全く別人になった時は流石にわめきちらたし、病院に入院させられそうになった。


 これはまずいと思って翌日にリセットしたら、俺の入院の話は無くなっていた。

 その代わり自分の名前が変わっていた上に、年の離れた弟が発生した。


 その時に姉ちゃんの存在が消えた。


 家族は最初っからうちに長女なんていなかったかのような態度。

 姉ちゃんは存在しなかった世界へと改変されてしまった。

 

 それがわかった時は自分が変に冷静で、むしろそれがびっくりした。


 父親が別人になったのはあんなに不快感があったのに、姉ちゃんが消えたことは「ああ、今回は姉ちゃんが消えるパターンか」くらいにしか思わなかった。


 俺の中で何かがぶっ壊れたんだと思う。


 ちなみに新しい父親は続投。

 イヤはイヤだったが、「そこはリセットされなかったかぁ」みたいな諦めの境地で、俺はそれ以上騒がなかった。


 そんな感じで、俺はもう覚えていないくらい何度もあの家に行った。


 あの家に行けば、嫌なことから逃げられる。自分の失敗をなかったことにできる。


 自分がどんどんこらえ性のない、いい加減な人間になっていくのがわかった。





  

 そんなこんなで育ってきた俺なんだけど、社会人になってすぐに大事件を起こしてしまった。

 

 車で人をはねてしまったんだ。


 その時は夜中で、おそらくウォーキングをしていたお爺さんに脇からぶつかってしまった。


 普通だったらまず救急車を呼ばなきゃとか、人によっては逃げたいとか、色々考えると思う。

 以前の俺でもそうだっただろう。

 

 けど俺が運転席でつぶやいたのは


「これもリセットだな」


 だった。

 

 俺はお爺さんを放っておいて、そのまま裏山に車を走らせた。


 はたから見れば、俺のしたことはまがいもなくき逃げだろう。

 

 だが俺の中では一ミリもそんなことは思わず、あの家に行けば轢き逃げの事実は消えるかもだし、なんならお爺さんの存在自体も消える。


 しかし警察に捕まってしまったらあの家に行けない。


 だから今行くのは仕方ない。

 本気でそう思っていた。

 

 ふもとに車を停めて、真っ暗な裏山の道を駆け上がった。

 夜の獣道だが、道は体が覚えている。迷うことなく目的の場所に辿り着けた。


 変な家は変わらずそこに佇んでいた。

 何度、世界を改変してきたかわからないが、この家だけはずっとそこにあった。


 だから俺は安心しきっているところがあった。

 この家の存在はきっとリセットの対象外なんだと。


 とはいえ、この変な家も最初にきた時と比べたら劣化も目立った。

 ところどころ雨漏りもしているし、隙間風も増えた気がした。


 家が倒壊してもらっちゃ困るので、そのうち修繕でもしようか。

 でも手を加えたら効果がなくなるとかないよな……?

 

 そんなことも考えながら、一時間ほど経ってから車に戻った。

  

 それからコンビニに寄ったんだけど、なんだかどっと疲れた気がして、軽く眠ってから帰ることにした。


 起きた時には日がのぼっていた。


 運転席で伸びをして、窓の外を見ると田園の景色が広がっていた。


 寝る前はコンビニの駐車場だったはず。

 ああちゃんとリセットされてるなって思った。


 しかし景色が違うとなれば、自分ちに帰るにも少し手間がかかる。


 どうしようかなって思った時、俺はカーナビを使って帰ることを思いついた。

 道がリセットされているとしても、カーナビの地図が同じようにリセットされていれば問題ない。


 俺は住所を検索してみた。

 そしたらさ。エラーが出た。


 何回やっても同じ。

 どうやら俺の住んでいた家……というか住所は消滅し、新しい何かに改変されたみたいだった。


 たまたま畑仕事に向かおうとするおばあちゃんを見かけたので尋ねるも、そんな場所は知らんという。



 

 おそらく俺が経験した中では、今までにない規模のリセットが起きてしまったようだった。



 

 とりあえず家がなくなるっていうのは、俺にとってかなり悪い意味での改変だ。


 すぐに再リセットしないと……そう思ったが、そこからが問題だった。


 俺の住んでいた街は田園になった。

 ということは裏山が存在せず、そこに建っていたあの変な家もない。



 

 俺は今の自分が何者かもわからんまま、この世界に放り出されてしまったのだ。




 とりあえず財布やキャッシュカードは持っていたので、有り金で数日間、いろんなとこを転々とした。

 身分証に住所とかは書いてあるけど、聞いたことない地名だし、怖くて行けずにいる。

 

 でも金も減ってきたし、どうしていいかわからず、今はネットカフェ的なところでこのスレを書いている。


 本当に困っている。

 誰かあの家のことを知らないか? 山の中にある、紫の屋根の。


 ついでに、昔の俺のことを知っている奴がいるなら教えてほしい。小さなことでもいいから。

 

 子供の頃にランドセルの色が変わったことをしつこく話したり、自分の部活を間違えたりしていた変なやつだ。


 昔は河南かわなみ県の継浦つぐうらってことに住んでたはず。

 地元が同じやつとかいない?




  


※その後、スレッドには 〉1 に対する質問や、スレ民からの考察が書き込まれた。


 〉1 の言う地名が存在しないことから、


 世界が少しずつ書き換えられている説

 パラレルワールドからやってきたという説

 単に〉1がおかしくなっているという説

 釣り説


 など、さまざまな話で盛り上がった。


 だがあるスレ民からこんな説が投下された。


『変な家に行くたびに記憶が書き換えられて、世界の方が変わったと錯覚してるんじゃね?』


 これに 〉1 は反応し、


『え、じゃあ今の俺は元々この世界を生きてきた俺で、記憶だけが全部架空の記憶ってこと?』


 と尋ねると、『全部かは知らんけど、世の中の方が書き換わるよりは現実的じゃね?』と返された。


  〉1 は上記のレスを最後に姿を見せなくなった。


 その後はほとんどネタスレ扱いで板は伸びていったが、1000スレが近づいた矢先にスレ民からこんな記事が貼り付けられた。




 

 ウォーキング中の男性死亡。轢き逃げ犯、いまだ捕まらず。

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