第18話 リセットハウス 1/2★★

 あの変な家に行ってから俺の人生がおかしくなった。

 まだ混乱してる。ゆっくり書くけど付き合ってほしい。




 

 始まりは小学校の時だった。

 当時、俺の周りでは秘密基地を作るのが流行った時期があった。


 秘密基地っていっても公園の茂みとか、友達の家の離れとか、そのレベルのもん。

 ゲームやお菓子を持ち寄って過ごすのが、学校から帰ってからの日課だった。


 そうはいってもマンネリ化はしてくる。

 できることといえば場所を変えるくらいのもので、俺たちはいつも秘密基地っぽい場所を求めていた。


 そんな時に見つけたのがあの家だった。

 

 休日にも関わらず予定のなかった俺は、秘密基地の候補になる場所はないもんかって、その辺をぶらぶらしていた。

 で、そのうちに前から目をつけていた山に入っていくことにした。


 住宅街の裏手にある山で、俺たちは裏山って呼んでいた。

 入るのが禁止されているわけではないものの、あまり手入れがされていない山だったから、当時の親に話せば止められていたと思う。


 道はあったのだが、そこから簡単に見つかるようじゃ秘密基地にならない。

 俺はあえて歩道から外れ、茂みに入って行った。


 そっから10分くらい歩いた時かな。

 木々の向こうに、紫色の屋根を見つけた。

 

 林の中に佇んでいたのは一階建ての平屋だった。


 今になって思うと、外から見てもかなり変な家だった。


 家の隣に駐車場らしきスペースがあるものの、そこに続く車道がない。

 門柱はあるのに柵はなくて、表札はあるのに何も書かれていない。


 人が住んでいた場所にしては、他にも色々とおかしい点があったと思う。


 しかし子供の俺はそれほど深く考えなかった。

 どう見ても人が住んでいる感じはなかったから、秘密基地におあつらえむきの場所としか思わなかった。


 俺はワクワクして玄関のドアを開けた。

 中は埃だらけではあるが普通の玄関だった。


 突き当たりには台所があって、その途中の廊下にはいくつかの襖がある。

 開けていくとそれぞれ書斎、居間になっていて、2つだけあったドアはそれぞれトイレと脱衣所だった。


 俺からすると、ひいばあちゃんの家っぽいっていうか、かなり古い家って印象だった。


 もちろん電気や水道は通ってない。

 けどソファとかテーブルはそのまま残してあって、秘密基地としては最高だろって思った。


 すぐに友達を連れてきたいところだったが、その日はもう夕方になっていた。


 明日、学校でこのことを話そう。

 俺はウキウキしながら家路についたんだ。

 

 最初の異変はその日の夜に起こった。


 晩飯ばんめしを食べて自分の部屋に戻った時、ドアを開けた瞬間に「え?」って声が出た。


 

 

 いつも使っているランドセルの色が変わってたんだ。




 俺のランドセルは濃い紺色のやつだったんだけど、机の横に掛かっていたのは、水色のランドセルだった。

 

 一瞬、友達のやつを間違えて持ってきた? とか考えたけど、さすがにそんなわけはない。


 親がランドセルを買い替えたのだろうかと思ったが、そのとき俺はもう5年生。

 いまさら買い替えるわけがないし、そもそも勝手に買い替えることがありえない。

 

 すぐさま母親に「あの水色のランドセル何?」って俺は尋ねた。

 しかし母親には伝わらなかったようで、「何って何よ」みたいな返事が返ってきた。


「いや俺の紺色のランドセルは? どこやったん?」


 そういう言い方をしたら母親は首を傾げて「あんた、母さんのことからかってるの」と言った。


「入学する前、あんたが自分で水色を選んだんじゃないの。

 おじいちゃんと母さんは『黒の方がいいんじゃない』ってあれほど言ったのに」





 そこから先は水掛け論になった。


 母さんの口から「……本当に大丈夫?」みたいな言葉が出た時に、俺も自分が何を言ってるのかわからなくなって、そのまま引き下がった。


 部屋に戻ったらやはりランドセルは水色。

 夢でも見てんのかと思って、俺はそのままベッドに潜り込んだ。


 そんで次の朝。目が覚めてもやっぱりランドセルは水色だった。

 でもどうしようもないので、俺はその水色のランドセルを背負って学校に行った。


 で、学校に着いたら俺は友達にすぐランドセルの話をした。


「なあ、俺のランドセルって紺色だったよな」

 

 いつもの秘密基地仲間にそんな話をすると「紺色?」と友達は不思議そうに聞き返してきた。


「何? ランドセル紺色に変えんの?」

「いや違うって。

 俺のランドセルさ、水色じゃなくて紺色だったよな?」


 俺の言葉を聞いた友達からは、マジな顔の「は?」が返ってきた。


 そこからのやり取りは母さんの時と同じ水掛け論になり、俺は半分パニックになった。


 2時間目が終わった後の休み時間になって、いつもつるんでる3人が「お前ほんと大丈夫かよ」って集まってきた。


 そこで俺は昨日の出来事を話すことにした。


 俺のランドセルの色が変わったのに、誰も分かってくれないことも含めてそのまま話した。


 そしたら友達の一人が、俺の話に食いついた。


「じゃあさ。その変な家に行ったせいで、お前のランドセルの色が変わっちゃったって話?」

「こいつの中ではなww」

「おいやめとけってww」


 内心、俺は泣きそうになりながら友人たちのやりとりを聞いていた。


 ランドセルが変わったことより、わかってくれないことが悔しかった。

 

 それからあいつらは「じゃあさ、今日帰ったら行ってみようぜ」ってなって、俺はあの家まで案内することになった。


 正直怖かったのもあるが、お前らのランドセルの色も変わってしまえばいい、くらいに思っていた。




 放課後になって俺は3人を例の家まで案内した。


 あいつらは俺の話をまるで信じていないようだったが、新しい秘密基地ができること自体にはテンションが上がっていた。


 到着すると友人たちはそれぞれ感想を言い合い、中に入ってお菓子を食べたり、ゲームをしたりした。


 帰ったらお前らのランドセルがどうなってるか見ものだけどな。

 俺は内心でそんなことを思ってた。


 しかし帰ってから、俺は面食らうことになる。


 例の家から帰ってうちの玄関を開けたら……なんと家の内装が変わっていた。


 具体的にいうと壁紙とかカーテンが違う。

 家具とか家電も一部が見たことのないやつになっている。


 おまけに部屋の間取りまでもが変わっていて、家を出た時と帰った時で、まるで別の家ってくらいの違い。


 

 異世界に紛れ込んだみたいで鳥肌が立った。



 玄関で変な声をあげる俺のもとに、母さんと姉ちゃんがすぐに飛んできた。

 俺が「なんなんこれ!?」みたいな感じで聞くと、やっぱり話が通じない。


 当然俺の部屋もおかしくなっていて、ランドセルはそのまま(水色)だったが、買った覚えのない野球道具が置いてあったりした。

 

 その夜、俺は他人の家に泊まっているような感覚を味わいながらベッドに入ったが、一睡もできなかった。


 とにかく早く明日になれと思った。

 少なくとも、一緒に行ったあいつらなら分かってくれるはず。

 

 窓の外が明るくなってきたら、すぐさま俺は登校する支度を始めた。


 見たことのない服がクロゼットに入っていたり、食器や食パンのある場所が以前と変わっていたりしてかなり気持ち悪かったが、家族に何も言わず7時に家を出た。


 家を出る時、姉ちゃんに「いつも行くの早いよねえ」って言われて、それもマジかよって思った。

 昨日までの俺は、たいてい遅刻ギリギリで、よく小言を言われてたはずなのに。

 

 そんで教室に入り、友達が登校したらすぐさま声をかけた。

 

「昨日さ……どうだった?」


 俺の質問に友達は「昨日?」と口にした後、


「ああ、あれなー。結局、塾に行かされることになっちゃってさ!

 成績が戻るまでやめさせないとか言うでやんの。だりいよな〜」


 とか、全然関係のないことを言った。



  

 しかも昨日と全く違う色のランドセルを背負いながら、だ。



 


 変な家に行った話も、ランドセルの色の話も、コイツの中でそもそも存在していない。

 話しながらすぐにそれが分かった。


 時間差でやってきたもう一人の友達も似たような状況だった。

 そいつのランドセルは黒のままだったが、そいつは昨日、クラスの女子の家に遊びに行った話を自慢してきた。


 やはり何も覚えていないのだ。

 いやコイツらが覚えてないと言うよりも、俺の覚えていることとは

 

 俺のことをからかっているなら、そうであってくれ。

 内心、発狂しそうになりながら必死で話を合わせた。


 話を合わせながらもう一人の友達の登校を待っていた。

 俺たちの中では、そいつがいちばん勉強ができて、まともなやつだって認識があったからだ。

 

 けどそのうちに先生がやってきて、そのまま始業の時間を迎えてしまった。

 全て埋まっているロッカーを見ながら、「あれ、◯◯は……?」って二人に聞いた。

 

 そしたら二人は「誰だよそいつ」みたいなことを言って、いそいそと自分の席へと戻っていった。

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