第17話 灰色の家 2/2

 ——不気味に思ったのか、保育士の体がブルっと震えた。


 灰色の家。かたわらにある茶色のリボン。


 それには何かしらの意味がある……そう思うと、正体がわからないことに気持ち悪さを感じたようだった。

 

 それから保育士は、保育園にそれらしいものがないかを考え始めた。

 だがいくら考えても、それらしいものは思い当たらないようだ。


 少なくとも、保育園の景色ではないらしい。


「それで……あの、もう一つの気になったことというのは?」


 リボンの件は考えが行き詰まったらしく、保育士は話題を先に進めた。


 俺はまた3枚の絵を抜き出し、保育士の前に並べた。

 

鳥居とりいです。

 14人中3人の園児が、絵の中に鳥居を描いているんです」


 真っ赤なクレヨンで描かれたそれは、灰色の家と違い、どう見ても鳥居だった。


 ただ描かれている場所は無造作で、滑り台の横に描いていたり、鳥居の下を新幹線がくぐっていたりしている。


 ちなみに鳥居と神社はセットのはずだが、神社らしきもの描いている子はいなかった。

 

「神社に勤めている私が言うのもなんですが、普通、子供はあまり鳥居に興味はないでしょう?」

 

「あ、それについては私、心当たりがあります!」


 保育士によると、それは先週の遠足が原因ではないかということだった。

 

 お弁当を持って、近所の神社で遊ばせてもらいに行ったらしい。


「遠足っていってもお散歩の延長みたいなものなんですけどね。

 歩いて15分もかからない神社ですし。


 最近はニュースで物騒な話も聞きますし、あまり遠くには行けなくて。

 

 その時にみんなで神社の鳥居を見たんです。


 大きいね、とか、初めて見た、とか言っていて……印象に残っていたのかなって」


 


 

 ——神社?

 



 

「……どうかしましたか?」


 保育士の呼びかけに、俺はもう一度最初の絵を手に取った。

 

 灰色の家。

 窓は真っ黒。

 小さい。

 

 もしかしてこの家……。


 俺は広げていた絵をまとめると、部屋の時計に目をやった。


「今からお時間はありますか?


 灰色の家の正体が、わかったかもしれません」






 保育士の運転で、俺たちは園児たちが遠足で来たという神社へとやってきた。


 その神社は跡取りがいなかったらしく、8年前から市の管理下になっている。


 管理下といってもトイレが時々清掃されているくらいで、ほぼほったらかし。

 外壁はかなりくすんでいて、周囲は雑草がうっそうと茂っていた。


「あの灰色の家は、灯籠とうろうではないかと思うんです」

 

 石でできている、中に蝋燭を入れるあれです。


 そう付け加えると、保育士は「ああ、神社とかお寺にある」と手を叩いた。


「言われてみると、灯籠って家に見えませんか?


 三角の屋根があって、その下に四角がある。


 灯籠のことなど知らない保育園の子供たちは、形を見て『これは小さい家だ』と思ったのでしょう。

 

 色が灰色なのは、灯籠が石でできていたから。


 窓が真っ黒に塗られていたのは、それが窓じゃなくて、蝋燭を置くための穴だったからです」


「なるほど!


 あれ、でも灯籠って街灯みたいな役割のものですよね?


 それだと背も高いし、家みたいな形にはならないんじゃ」


 保育士の問いに、俺は「雪見ゆきみ灯籠とうろうというのがあるんです」と説明した。


 灯籠は背の高いものが一般的だが、雪見灯籠はサイズが小さく持ち運びが簡単。庭園などに置かれているのもよく見かける。

 

 物によっては、猫やウサギくらいの大きさのものもあるだろう。


 画像検索をして見つけたのか、保育士は「確かにこれなら、子供たちは小さい家って思うかも」と納得した様子だ。


 しかし問題は、その灯籠が見当たらないことだった。


 二人で神社をぐるっと一周してみたが、それらしいものが見当たらない。

 

 遠足でやってきた園児たちは、この神社で見た灯籠を描いたのではないか。

 そう考えていたが、どこにもないとなれば前提が変わってきてしまう。


 ……。

 いや待てよ。


 俺たちはもう一度、最初に登ってきた石段のところまでやってきた。


 石段を登ったところは砂利などで舗装されていない土の地面だが、両脇に正方形の平たいコンクリートが埋まっているのを見つけた。

 

「なんですか、これ」


「おそらく台座です。

 ここに何かがあったのを、撤去したあとではないかと。


 撤去したものはおそらく……」


 その時、石段の下を散歩するお婆さんを見つけた。

 

 そのお婆さんに尋ねたところによると、昔は石段を登ったところに石造りの灯籠とうろうがあったらしい。


 けど何かの拍子に片方の灯籠が崩れて、危ないからって2つとも撤去したという。


 散歩を再開するお婆さんにお礼を言って見送り、俺たちは再び台座に視線を戻した。


 

 灯籠はここにあった。

 でも今はない。



やぶの中を探しにいきましょう」


 俺のやぶから棒な発言に、保育士さんは「え、え?」と慌てた顔をした。


「俺もちょっと経験があるんですが、片付けが面倒なものって藪の中に隠したりするんです。


 とりあえず参拝客から見えなければいいって。

 

 神社って敷地だけは余裕がありますからね」

 

「でも、園児たちを藪には入らせていませんよ?」


 安全管理の面から、園児たちは目の届く範囲で遊ばせていた。

 見ていた限り、藪に入った園児はいなかったはずだと保育士は言った。


「撤去された灯籠が藪の中にあるのなら、子供達が絵に描くのはおかしいんじゃないですか……?」


 そんなことを言いながらも後をついてくる保育士に、俺は「おっしゃる通りです」と返した。


「藪の中にある灯籠を、藪に入っていない子供たちが描けるはずがない。


 でも事実として子供たちは描いた。

 14人中いるうちの8人も。


 集団がそろって、目にしていないはずの灯籠を描いた。


 そばに落ちていると一緒に」


 どういうことですか? そう尋ねられ、それを確かめに行こうと思います、と短く返した。




 心臓を鷲掴みにされるほどの嫌な予感を感じながら。


 できれば俺の考えすぎであってくれ、と願いながら。



 

 ——藪の中を少し歩いて、それは見つかった。


 少し土に埋まった灯籠。

 お婆さんの言っていた、崩れた灯籠の上部だろう。


 その横には、子供が描いたものと同じ形のリボンが見つかった。


 汚れてくすんだ茶色をしているが、元々は白いリボンだったのだろう。


 


 

 リボンが落ちていたすぐそばの地面には、不自然に雑草が薄い場所が見つかった。


 誰かがその場所を掘り起こし、再び埋め直したかのように。




  

「……。同窓会で警察官の友人が忙しいと言っていたそうですね。


 警察はどんな事件の捜査で忙しいと言っていましたか?」


「え?」


「ニュースで物騒な話を聞くから、あまり遠くには行けない……。

 そうおっしゃいましたよね。


 そのはどんなニュースだったのですか?」


「それはこの間、女の子がいなくなったって報道が……」


 そこまで言いかけると、保育士の顔がこわばった。


 そしてゆっくりと視線がリボンへと向かう。


 俺はその場にしゃがむと、手で薄く土の表面を払った。


「警察のご友人に、連絡お願いすることになるかもしれません」







 まもなく近くの交番から警察官が到着し、俺たちも現場に立ち会った。


 2人の警察官がスコップで掘り返すと、俺たちの嫌な予感は的中した。


 土の中から見つかったのは、報道に出ていた行方不明の女の子だった。


 灯籠とリボンの描かれたあの絵。

 

 神社にやってきた子供達を通じて、この女の子は伝えたかったのだろう。


 私を見つけて、と。




 見つかった女の子の遺体は遺族に返され、現場に残された手がかりから、まもなく犯人は捕まった。

 

 発見者ということで、おそらく保育士にも警察から連絡が入ったのだろう。


「あなたに相談をしてよかったです」と、保育士から俺にお礼の電話があったた。


「もしKさんに相談していなかったら、不思議な絵だな……だけで終わっていたと思います。

 

 おかげで女の子を見つけてあげることができましたし、保育園から少し離れた場所にもお散歩へ行くことができるようになりました」


 そんなことを言う保育士に「そんなことないですよ」と俺は返した。


「あの絵は公民館に展示される予定なんでしょう?

 そうしたら絵を見た誰かが気づいたのでは」


「いやあ、気づいたとしてもあの藪の中まで探しに行く人はいませんよ」

 

 笑いながらそんなことを言う保育士に、俺もまあそうですねと頷いて返した。


 近隣住民とか、神社の関係者なら絵を見てピンとくる人がいるかもしれない。


 でもピンときたって、わざわざ現場に行こうとするヤツなんて……。


 そんなふうに思った時、俺の頭にもう一つの疑問が浮かんだ。




 どうして犯人は、遺体を埋める場所にあの神社を選んだのか。




 もしかして犯人は、あの神社はまともな管理がされておらず、人通りが少ないことを知っていた?


 だとすればおそらく、犯人はこの近隣に住んでいた人物。




 公民館を利用するかもしれない、この街の住人だったのではないか。

 


 園児たちの絵が公民館で公開されるのは明日。


 もし今回、保育士が俺のところへ相談を持ってこずに、犯人が先にこの絵を見ていたとしたら。


 この絵が、自分の犯した犯行のヒントを示していることに気がついたとしたら——。


「……。

 間一髪だったのかもしれないな」


 俺の独り言に、保育士は「え?」と聞き返した。


 なんでもありません。


 そう言って、俺は受話器を握る手の汗を拭った。

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