第16話 灰色の家 1/2

 園児が妙なものを描いたので見てほしい。


 とある保育園の先生からそんな相談が入った。

 

 絵のテーマは自由。

 園児たちは描きたいものを、八つ切り画用紙に思い思いに描いていった。

 

 絵は来月から公民館に展示する予定があり、それに向けて描き始めたものだという。


 テーマが自由といえど、もちろんそれなりの偏りは出る。

 普段から描き慣れている、動物や乗り物、花などはやはり人気だ。


 ハートやリボンなどを、空いたスペースに模様みたいに描く子もいる。

 世界観も雑多で、電車の中にウサギが乗っていたり、魚が空を飛んでいたり、自由な発想。

 

 絵は描く人間の個性そのものだ。



 

 そんな中、何人かの子供たちが妙なものを描いた。



 

 簡単に言うと、小さな灰色の家。


 クラスの園児14人中8人が、を描いたのだ。



 

 8人の技量によって形は微妙に違っている。


 けどその家にはドアがないこと。

 そして窓が真っ黒に塗られていることが共通点だった。


 不気味に思った保育士は、「これはなあに?」と8人の子に尋ねた。


 しかしまだ年中の春だったこともあり、幼い園児たちはまだ言葉があまり発達していない。

 「おうち。」とか、「わかんない。」だとか、そんな返事だった。

 

 「なんで描いたの」と尋ねたら、「思いついたから」と。


 こちらは8人が8人とも同じ答えだった。



 

 保育士はその日の夜にたまたま開かれた同窓会で、このことを話題に出した。


 同じテーブルに警察官になった同級生がいて、捜査のプロがどう考えるのかを聞いてみたくなったのだ。


 ただそんなに深い意味はなく、「どう思う?」くらいに聞いたつもりが、「いや調べる暇ねーよ。いまうちの管轄忙しいし」みたいな感じで流されてしまった。

 

 そこで、まあよく考えたら確かに警察の分野じゃないかなって、その保育士は思ったそうで。


「そこで神社でお勤めのKさんのところへ、ご相談を持ってきました」


 そんなことを言いながら、保育士は俺の前に画用紙を広げた。


 客間の机に並んだ園児たちの絵と、対面している保育士の顔を交互に見ながら、俺はおずおずと口を開いた。


「あの、俺、神主の見習いなんですが……」


「はい! 色々な相談に乗ってくださるかただとうかがったので!

 今日はよろしくお願いします」


「は、はあ……よろしくお願いします」

 

 元気よく頭を下げる同い年くらいの保育士に、思わず会釈を返す俺。


 繰り返すが俺は神主の見習いだ。


 普段は神社の掃除とか修繕とか、たまに祭りや祈祷の手伝いなんかをして過ごしている。


 絵の分析なんて警察以上に専門外。


 はっきりそう思っていたが、保育士のよくわからない押しの強さに負け、気づいたら相談を受けることになっていた。



 

 「灰色の家……とおっしゃいましたか」 

 


  

 広げられた画用紙の数枚を手にとる。


 保育士に確認をするまでもなく、すぐにそれは目に留まった。


「なるほど……確かにこれは家、ですかね」

 

 手に取った絵はお花畑のような風景で、真ん中に大きく女の子が描かれている。


 その足元に、灰色のクレヨンで塗られた、小さな家の形をしたものがあった。


 話で聞いた通り、ドアはない。


 窓が黒く塗られている。


 ピンクや黄色、オレンジが多く使われている風景の中、この家の存在はどこか浮いて見えた。


 異質と言い換えてもいい。


 ほか数枚の絵も見ていくが、世界観はそれぞれであるものの、あえてこの家を書き込む理由はなさそうに思えた。


「最初は、小さいので動物の小屋とかかと思ったんです。

 でも、たとえば犬小屋なら必ず犬も一緒に描くはずですよね」

 

 保育士さんの言葉に頷きながら、俺は数枚の絵を見た。


 動物が描かれていない絵にも、例の小さな家は描かれている。

 近くに動物を描いている子もいるにはいるが……。


 色々考えながら絵を見比べているうちに、俺はつい「ん?」と声を漏らした。


 どうかしましたかという保育士の問いに、俺は2枚の絵を指差した。


「この絵とこの絵。灰色の家のそばに、それぞれウサギと猫が描かれていますよね。


 この家、そのウサギや猫と同じくらいの大きさじゃないですか」

 

 俺の指摘に、保育士は絵を見て「そうですね、確かに」と短く答えた。


 今まで“灰色の家“と表現してきたが、それは人間に比べての話で、2名の園児はその家を動物と同じくらいの大きさで描いていたのだ。


 もちろん保育園児の絵の縮尺など当てにはできない。

 ゾウと自分が手を繋いでいる絵を描く子もいるわけだし。


「でももしこれが本当に“家“だったら、何人かは人間より大きく描いてもおかしくないと思うんですよね。


 幼くても、正確さにこだわる子だっているはずですから。


 保育士さんの『これはなあに』という質問に、『わかんない』と答えた子がいたのも引っ掛かります」


「確かに……。

 家ならうちのクラスの一番幼い子でも、おうちだと答えられるはずです。


 でも誰も入り口のドアを描かないし、窓も真っ黒。

 

 これって本当に家……なんでしょうか」


「それが一つ目の疑問ですね」


「え、一つ目?」


 保育士さんの問いに、俺は広げられた画用紙の中から4枚の絵を抜き出した。


「家のこととは別に引っかかる部分が、あと2つあるんです」



 



 

「1つは、何人かの子が描いたリボンです」


 俺の言葉に、保育士は画用紙に視線を走らせた。


 リボンは女の子の頭についているもの以外にも、無造作に描かれたりして、かなり数が多い。

 形や色、大きさも様々だ。


 保育士は少し困惑したように「リボンがどうかしましたか」と質問したので、俺は4つのリボンを順番に指した。


「この絵を描いた4人の子供たちは、灰色の家のすぐそばにリボンを描いています。


 うち3人は女の子で、1人は男の子。まあそれはいいのですが……

 

 そのリボンの色を、4人全員が茶色で塗っています」


「……あ! 本当だ」


 保育士は声をあげて、一枚の絵を手に取った


 市販されているリボンは明るい色のものが多い。年齢の小さい子供のものなら尚更だ。


 だからリボンを茶色で塗るのは珍しいと思ったが、保育士も同じ感想をもったようだ。


「しかも他の色のリボンは、描いた子によって形がバラバラです。


 でもなぜか灰色の家のそばの、茶色のリボンだけは4人ともよく似た形をしているんです。


 描いた場所も、灰色の家のそば。全員が同じ。

 

 おそらくこの茶色のリボンだけは、4人がを描いたということになります」


「……。つまり……?」


「4人の子が描いたのは想像の風景ではない。

 事実を描いたということです。


 灰色の家のそばに、茶色のリボンが落ちているという事実を」

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