第10話 つぶれちゃう場所
店の入れ替わりが激しい場所ってない?
こないだまでクレープ屋だったのがラーメン屋に変わってるとか。
で、個人塾になったかと思えばマッサージ店になってるとかそういう感じのとこ。
立地はいいはずなのに、どんな店が入っても長く続かずにつぶれちゃう。
昔、私がバイトしていたとこがそんな感じの場所だった。
当時の私は高校を卒業し、専門学校に通いながらバイトをしていた。
そのバイト先っていうのが、地元に新しくオープンしたカラオケボックスだった。
あんまり利用者は多くないけど駅前で、そこそこの広さがある店舗。
ちなみにカラオケができる前はビリヤード場だった。
新しくオープンっていっても、もともとあった建物を改装して作ったらしく、裏から建物を見ると年季の入った外壁が
それでも街にカラオケができたっていうことで、オープン当初は学生とかを中心に賑わっていた。
私がおかしな話を耳にしたのは、働いて1ヶ月目くらいのことだった。
夜のシフトに入っていた時のことだ。
一つ下の後輩から「〇〇ちゃん、バイト辞めたらしいっすよ」と聞いた。
その辞めた子とはあんまり喋ったこともなかったから、正直「へー」って感じだったんだけど、その辞めた原因がいわゆる心霊現象ってやつだった。
「夜中、最後の客が帰って部屋を片付けていたら、廊下の奥の部屋に入っていく女を見たんですって。
他に客はいないのにおかしいなって思って、その部屋のドアを開けたら誰もいなかったみたいで。
その時点でもうだいぶ怖かったのに、いきなり部屋のインターホンが鳴り出して、その日からバイト来なくなっちゃったみたいっす」
私はさっきよりワントーン高い「へぇー」を返した。
けど次の1ヶ月で色々あって、私もその噂がガチだったんだなって思うようになった。
まず店長がどんどんやつれていった。
体調悪いんですかーって聞いたら、店長は
ここのところ客からのクレームが止まらないらしい。
その内容っていうのがめちゃくちゃオカルトじみていて、
・客がドリンクバーでコップを置いたら、真っ赤な謎の液体が出てきて止まらなくなった。
店員が駆けつけたら、床にこぼれていたのはただの水だった。
・客が鍵をもらって部屋に行ったら、ソファに女が座っていた。
フロントに戻って「先客がいる」と報告し、店員と向かったら誰もいなかった。
・トイレの奥の個室が何時間もずっと閉まっている。ドアを叩いても返事はない。
中で誰か倒れているのかと思い、店員がこじ開けたこともあるが中には誰もいなかった。
これはたびたびあって、放っておくといつの間にが空いている。
・カラオケの最中に子供が、ドアの隙間から変なお姉ちゃんがこっちを見てるという。
ドアを開けると外には誰もいない。
……などなど、その時に店長が喋った内容だけでもこれだけ出てきた。
店長は「マジでこんなんどうしようもねーじゃん」とか「怪奇現象のデパートかよ」みたいなことを言って頭を抱えた。
そんな店長を見ながら、一緒にいた後輩と私は「怪奇現象のデパートとかおもろいっすねー」ってヘラヘラしてた。
ちなみに私と後輩も、トイレが開かなくなる件には遭遇している。
ただ私たち二人は「そのうち開くならいいじゃん」って感じで、でもトイレ掃除の時にそれだとウザいよねーって話すくらいだった。
そんな私たちを店長はむしろ重宝してくれたらしく、バイト代を上げるから夜のシフトにどんどん入ってくれと頼まれた。
私と後輩は幽霊がバイト代を上げてくれたぜーってことで、その日から週4〜5くらいでシフトに入った。
もちろん、シフトに入れば入るほど怪奇現象に出くわす回数は増えてくる。
誰も使っていない部屋からフロントにインターホンが入るとか、店内BGMに謎のうめき声が混じることなんか序の口。
使ってない部屋のドアがパタパタと開いたり閉まったりするし、そういう系は鍵を締め直すとかの対応が必要で面倒だった。
まあ私たちもそんな感じでバイトを続けてたんだけどさ。
ある日いきなり、強烈なやつが放り込まれたのよ。
夕方からほとんど客がこない暇な夜があってさ。私といつもの後輩はフロントでまったり喋ってた。
そんで夜の2時を回ったくらいだったかな。
唯一入ってた男性3人組の客から注文が入って、後輩が部屋にフードを届けに行ったのよ。
その間私はフロントに一人でいたんだけど、後輩が全然戻ってこないの。15分くらい。
私はお客さんに絡まれてんのかなって思った。
けど他のお客さんが来るかもしれないからフロントを離れるわけにはいかない。
どうしよっかなって思った時、防犯カメラの存在を思い出した。
これで様子がわかるかもしれない。
私はフロントのパソコンで見られるカメラの映像を切り替えて、フードの注文があった部屋を覗くことにした。
お客さんたちは3人で歌っていて、後輩の姿は映ってない。
それからぽちぽちと画面を切り替えていたら見つけたのよ。
後輩は廊下を歩いていた。
その背中にピッタリとくっつくように、裸足の女が歩いていた。
あんなに近くにいて気づかないなんてありえない。
だから後ろの女がオバケなのはそうなんだろうけど、後輩の様子もおかしいのよ。
まるで糸が切れた人形みたいに力が抜けて、首と上半身をゆらゆら揺らしながら歩いてる。
そんな後輩の向かっている先の画面を覗くと、扉がパタパタと開いていた。
その部屋からは10本くらい白い手が伸びていて、後輩を手招きするような動きをしていた。
——いやこれ、連れていかれちゃうやつじゃん。
私はフロント業務をほっぽり出し、秒で後輩のところへ走った。
モニターで見ていた場所に行くと、後輩はぽっかり開いた空き部屋に入る目前だった。
私が大声で名前を叫ぶと、後輩は急にビクッと体を震わせてその場にへたり込んだ。
急いで駆け寄ると、後輩は目をぱちくりさせてこっちを見た後、「あれぇ、私……うっ……」と表情をゆがめ、その場に嘔吐した。
私はキッチンにいたもう一人のバイトに連絡し、急いで後輩の家族を呼んでもらった。
すぐに来てくれた後輩のお姉さんには「オバケにやられたっぽいです」とは言えず、体調が悪そうなんでお願いしますと言って引き渡した。
帰り際、後輩は私に「気づいたら吐いちゃってて、迷惑かけてすみません」っていうので、私は「いいから朝になったら病院行きなよ」とだけ言って見送った。
翌朝にはすっかり元気になった後輩から、「昨日は迷惑かけたんで」とランチのお誘いがきた。
何が起きたか全くわかっていなかったようなので、昨日の怪奇現象全部盛りみたいな状況を教えたら、さすがの後輩も言葉を失っていた。
変な沈黙が流れたので、私が「で、次のバイトどこにしよっか」と言ってやったら、「次はオバケ少なめのとこがいいっす」とマジメな顔で言うからちょっと笑えた。
それから私たちはバイトを変えて、今もプライベートで時々遊んだりしてる。
——それでさ。何が言いたいかっていうと、うまくいかない場所には大なり小なり理由があるってことなんだよね。
その理由を
ちなみにカラオケは私らが辞めた半年後に閉店。
その後はそこそこ有名な薬局チェーンが入ったけど、やっぱり変な噂が立って2年でつぶれた。
今は廃墟になって何年か経つけど、あの場所はこのままそっとしておいた方がいい気がする。
お店の替えはきいても、命の替えはきかないからね。
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