第9話 うたごえ喫茶ニューモダン 2/2★★

 俺がことの顛末を耳にしたのは、警察の口からだった。


 翌朝になってアパートに籠る俺のもとへ二人の刑事がやってきて、話を聞かせろというのだ。


 あの後、俺はBとCの家族、それと救急へ電話を入れた。BとCが体調を崩して動けなくなった……とか、そんなことを話したと思う。


 救急車が回収した二人は病院に運ばれて入院している。しかし様子がおかしいのだと年配の刑事が切り出した。


「何を言っても反応がなくてですね。病院でいま、いろいろ検査をしているとこなんですがね?


 外傷はなさそうなんですが、様子がどうも。

 君が知っていることを教えてくれませんかね」


 そんなことを言いながら、もう一人の若い刑事は俺の部屋をキョロキョロ見渡していることに気がついた。


 俺は雨宿りで建物に侵入したところまで正直に話した。けどレコードの件は話さなかった。


 俺までおかしくなってると疑われちゃたまらないし、思い出すと本当におかしくなりそうな気がした。


 俺の話に刑事は「でも酒を飲んだだけでああはならないですよねえ。弱ったな」と頭を掻いた。そんなことを言いながら、視線はじっと俺の表情を見ている。


 そんな追求に俺は


「急に二人が動けなくなって、どうしていいかわからなくなって逃げてしまいました。落ち着いたところで、一緒にいたAと相談して助けを呼ばなきゃってなって」


 と、自分でも嘘なんだか本当なんだかわからないような答えを返した。


 どうしてその場を離れたのかをしつこく聞かれたが、俺もAもパニックになっていたってことで押し通した。


 最終的に刑事は、念の為とか形式上のこととか言いながら、その場で俺にクスリの検査をさせろと言ってきた。


 それに応じると、二人の刑事はあっさりと帰っていった。


 再び部屋で一人になると、今度は罪悪感が波のように襲ってきた。


 あの場では仕方がなかったとは思う。けど結果的にはBとCを置いて逃げたような形になってしまった。


 せめてお見舞いにだけでも行くべきだろうか。しかしそう思ってAに電話をかけたが、Aは電話に出なかった。


 自分一人でも病院に行けばよかったのだが、踏ん切りがつかなかった。


 明日行こう。落ち着いたら行こう。そんなことを思っているうちに時間が過ぎた。


 そして二日が経った頃、この間の刑事たちがこんな知らせを届けにやってきた。




「昨日のことです。BさんとCさんが亡くなりました。ご存知ですか」



 

 唖然とする俺の表情を眺めながら、刑事は手帳を取り出した。


「Bさんは昨日の朝、4階の病室の窓から飛び降りまして。

 Cさんは家族に車椅子を押してもらいながらの散歩の途中、いきなり立ち上がって走り出し、そのまま大型トラックの前に飛び出したようで」


「え、じ、自殺……?」


「同じ日にというのが気になりますが、近くにいた人から状況を聞く限りはそうでしょうな」


 Bは同じ病室で入院している患者が、Cは家族がその現場を目撃している。本当に止める間もなく突然の出来事だったらしい。


 ただ二人とも、死の直前に妙な現象が起きたのだという。


「一昨日までなんの反応もしなかったお二人がね、とつぜん歌い出したそうなんですよ。


 周りの人によるとその時の状況が変でしてね。

 BさんとCさんの口から出る声がね、まるで別人の女の歌声だったらしいんです。

 

 それで歌が終わったら急に怯えたように叫び出して、周りが助けを呼ぶ間もなく死んでしまった。


 どうでしょう。何か心当たりはありませんかね」



 

 歌を歌い出した。



  

 その言葉を聞いた途端、レコードから流れてきた歌がフラッシュバックした。


 思い出されたとかそんなレベルじゃない。いま、俺の耳元で誰かが歌っている。


 吐息がかかるような距離で。


 そう感じるくらい鮮明だった。


「うわ……あああああああああーーっ!!」


 思わず俺は叫びながら耳を塞いだ。そんな俺を見て若手の方の刑事が「だ、大丈夫ですか」と駆け寄ってきた。


 もう1人の方の刑事は「……の時と同じだな」と呟いた。よく聞こえなかったが、Aの名前を口にしたような気がする。


 若手の刑事が俺になだめるような言葉をかけているうちに、いつの間にか歌は聞こえなくなっていた。


 落ち着いてきた俺を見て刑事たちは「今日は改めましょうか」と帰ろうとしたが、そこはむしろ俺の方から引き留めた。


 もう隠しておいても仕方がない。というか、誰でもいいから助けてほしい。

 そんな思いで、俺はあの場所でのことを全て話した。


 余計な疑いをかけられるんじゃないかと思ったが、刑事たちは「Aさんから聞いた話とほとんど同じですね」と真剣な表情だった。


「ほとんど……?」という俺の呟きに、ベテラン刑事は「Aさんの話ではね」と応じた。


「動かないはずのレコードから勝手に曲が流れ出して、曲が終わったかと思ったら、今度は断末魔のような悲鳴が聞こえたそうです。


 それを聞いたAさんは……彼の言葉をそのまま伝えますね。直感的にこう思ったそうです。


 のろわれた、と」


 ——もちろん警察もそんな話をそのまま受け取るほど単純ではない。鑑識を連れて現場の調査を行ったという。


 建物の扉は開いていて、中から俺たちの靴跡や指紋が検出された。内装も俺やAの証言ともほとんど一致していた。


 しかしあんな廃墟に電気が通っているはずもなく、放置された機器はそもそも劣化によって故障している状態。


 だとすれば俺たちが薬物をやっていた可能性があると疑ったが、死んだBとCも含め薬物検査の結果はシロ。


 捜査が暗礁に乗り上げてしまいましてね、と困ったようにベテランの刑事は頬を掻いた。 


「ま、捜査はもちろん続けますがね。もしホントに呪いなら、警察としてはお手上げですわ」


「お手上げって、そんな……」


 警察がお手上げってんなら俺とAはどうなるんだよ。


 俺もそのうちわけのわからない歌を歌い出して、BとCみたいにいきなり自殺するのか?


 怒りと絶望がごちゃ混ぜになって、急速に視界が霞んだ。


 そんな俺にベテランの刑事は肩を叩くと、俺に一枚のメモを手渡した。


「おじさんの知り合いにな、神社の跡取りがいる。お祓いとか興味があるのなら、ここに電話してみなさい」







 わらにもすがりたい思いだった俺は、その日の夜にメモの番号に電話をかけた。


 電話に出た男の声は若く、俺とほとんど変わらないくらいの年齢に聞こえた。しかし話し方はとても落ち着いていて、俺のまとまらない話を穏やかに聞いてくれた。


 話が終わると、できるだけ早くAも連れて神社に来られますかと聞かれた。Aに確認も取らず、俺は行きますと即答した。


 直後にかけた電話にもAは出なかったが、アパートに行くと部屋の鍵は開いていて、Aは震えながら閉じこもっていた。


 痩せこけて髪はボサボサ、服も汚く、身の回りの世話すらできていないように見えた。


 ただブツブツと「歌が聞こえる、歌が聞こえる」って繰り返していて、いよいよやばいと思った。


 Aを家から引っ張り出して車に押し込み、そのまま例の神社へと向かった。


 今は一刻を争うって本能的に思って、休憩も入れず車を4時間ぶっ飛ばした。


 神社に着くと、電話で話した男が俺たちを迎えた。


 声の印象から受けた通りに若く、大学生くらいに見えた。名前をKと名乗った。


 俺とAを仏間に通すと、Kは俺たち二人に話を聞かせてほしいと言った。とても話せる状態ではなかったAに代わって俺が全部喋った。


 話を聞き終えたKは「おじさんの話からしても、すぐに来てもらってよかったと思います」と言った。


 どうやらあの刑事からある程度の説明はあったらしい。

 面倒見のいい人だったんだなって、この時になって感謝した。


 刑事によると例のうたごえ喫茶はいわくつきの場所で、実際、あの場所では過去に人が死んだ事件があったらしい。


 Kは俺たちの様子を見る限り、まず間違いなく、世間で言うところの「呪い」がかかっていると断言した。


「少し失礼します」


 そういうとKは俺の瞼を上下に開くと、医者のように眼球を覗き込んだ。


 それからAに手を伸ばしたのだが、体に触れる直前で「っ!」とKは声をあげ、慌てたように手を引っ込めた。熱い鍋を触ってしまった時のような反応だ。

 

 見ると、Kの指先は内出血を起こしたように、5本ともが赤黒く腫れていた。


 それから「できる限りのことはしますが」と神妙な面持ちで口を開いた。

 

「Aさんについては、もし助かれば幸運だったと思ってください」







 それから俺はKによるお祓いをうけ、塩の入った袋を渡された。


 神社で清めたこの塩を水道水でいいから水に溶かし、眠る前に必ず飲むこと。そして週に一回は神社にお祓いに来ること。そう言い渡され、家へと帰った。


 それ以降は俺の周りでおかしな現象が起きることもなく、あの時の歌が聞こえることもなくなった。


 今はお祓いに通うこともなく、普通の生活に戻ることができている。


 しかしAの方は一年たった今も家に帰っていない。あいつの状態は医療的な処置も必要で、そういう対応が可能な場所へと移されたらしい。


 会えば俺に影響があるかもしれないからと、場所は教えてもらえなかった。家族でさえたまにしか会うことはできないそうだ。


 Aは俺を助けてくれた。願わくばもう一度会ってちゃんとお礼を言いたい。

 

 それがあの世での再会にならないことを、今は祈るばかりだ。

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