第11話 貼り紙の家 1/2★★

 小6まで住んでいた田舎町に、大人から「近寄るな」って言われている家があった。


 外壁という外壁、塀という塀に、びっしりと貼り紙がしてある家だ。

 二階の屋根の近くの、あんなとこどうやって貼ったの? って場所にまで隙間なく紙が貼ってある。


 書いてある内容は、電波がどうのとか、地底人がどうのとか、生まれ変わりがどうのとか……完全にイっちゃってる人間のそれ。


 関わらないほうがいいのは子供でもわかった。

  

 どんなヤツが住んでいるかは、少なくとも俺の周りでは誰も知らなかった。


 けど塀に貼ってある紙の内容がいつの間にか変わっているから、空き家ではない。そんな認識でいた。


 俺たちの世代はその家のことを“貼り紙の家“と呼んでいた。


 まあその家があるのは学区のはずれで、通学路でもないし、周辺に遊ぶ場所もない。


 だからそもそも立ち寄る理由がなかった。

 存在は知っているけど、よっぽど見る機会はない。そんな家だった。

 

 ことが起きたのは6年生の2学期。

 友達と、普段は行かない隣町のゲーセンへ行った帰りだった。


 俺は同じクラスの友達のAと自転車に乗っていた。


 帰りの道中、クレーンゲームで負けまくったAはずっと虫の居所が悪そうだった。


 「設定がおかしい」とか「ぜってー詐欺だ」とか、普段からそういうとこはあったけど、あの日は特に荒れていたと思う。


 そんな時に通りかかったのが、あの貼り紙の家だった。


 見たのはかなり久しぶりだった気がしたが、やっぱり気持ちの悪いものだった。


 貼ってある紙は黄ばんでボロボロになったものから真新しいものまで様々。

 相変わらずなんだなって心の中でつぶやいた。


 そんでそのまま通り過ぎようとした時にさ。Aが自転車を止めたんだよ。

 Aは小さく舌打ちをすると、自転車を停めて、スタスタと貼り紙の貼ってある塀に向かって戻っていった。

 

 おいおいどこ行くんだよって話しかけたが、Aの足は止まらず、

 

「腹立つよな。気分悪いもん見せやがってよ」


 そう言って、塀の貼り紙を2・3枚、ビリッ! と破って剥がした。


 俺は呆気あっけに取られながらその様子を見ていた。

 ただ「やべーことしやがる」って思うだけで声が出なかった。


 Aはというとそれでスッキリしたのか、「やっちった、逃げようぜ」なんて言ってそそくさと自転車にまたがった。

 

 慌てて俺もペダルに足を乗せたが、気になって一度だけ塀の方を振り返った。

 

 Aの破り捨てた紙の切れ端が、風に飛ばされて側溝の水たまりに浮いているのが見えた。





 


 

 翌日の朝。いつものように登校した俺が自分の席で本を呼んでいると、いつもより早い時間にAが教室に現れた。


 Aはカバンも置かずに俺のところへやってきた。心なしか顔が青ざめている。


 そして俺が「どうかした」って聞く間もなく、


 

「俺、探されてる」



 と話を切り出した。


 それからAは不安そうに周りをキョロキョロ見ながら、今朝の出来事を話し始めた。


「うちから学校にくる途中にさ。公園あるじゃん。

 その公園の前に掲示板があるのは知ってるよな。


 その掲示板に貼り紙がしてあったんだよ。

 似顔絵が描いてあって、太い文字で『探しています』って。


 その似顔絵が……なんだか自分に似てる気がしたんだよ」


 それを聞いた俺は「いや気にしすぎじゃね」って答えた。

 どんな似顔絵だったか知らないけど、それだけじゃAかどうかはわからない。


 そもそもAは普通に学校にきている。探される理由がわからない。

 

 そう言ったらAは「下駄箱でもさ」と話を続けた。

 

「学校について、下駄箱のところでさ。隣のクラスのやつに話しかけられたんだよ。


 なんか変なヤツが、お前のこと探してたぞって。

 

 見せられたのが絵だったから絶対じゃないけど、多分お前のような気がしたって」


 その友達の話では、登校中に急に似顔絵を見せてきて。けっこう細かく特徴を話してきて……身長とか服装とか髪型とか。

 そしてこの子のこと知らないか、って聞いてきたとのこと。

 

 隣のクラスの友達は去年同じクラスだったから、すぐにAのことが頭に浮かんだのだという。


「結構しつこくて変な感じがしたからさ。

 知らないって言っといたけど、Aの知り合い?」


 友達にそう聞かれて、Aはすぐ知らないって否定した。


「—けど一応、友達に聞いたんだよ。どんなやつだった? って。


 そしたらあいつ、覚えてないっていうんだよ。

 

 顔どころか、どんな服装だったかとか……男か女かすら思い出せないって。


 そんな事ある……?

 話の内容はこんなはっきりしているのに、相手の姿だけ思い出せないとか」


 話を聞きながら、俺の頭にはあの光景が浮かんでいた。


 Aが塀の貼り紙を破った昨日の光景だ。


 もちろん根拠はない。似顔絵とか貼り紙……っていう要素から、連想してしまっただけなのかもしれない。


 けど俺にはどうしても無関係とは思えなかった。おそらくAもだろう。


 俺は先生に相談しようって言った。考えすぎかもしれないけど、伝えておくに越したことはないと。


 けどAは首を縦に振らなかった。

 貼り紙を破ったことがバレるのを恐れたんだと思う。


 話は堂々巡りになり、そのまま1時間目の授業が始まった。

 それから放課後になるのはあっという間だった。


 結論が出ないまま下校の時間になり、帰りはどうすんのってAに聞いた。


 Aは放課後の部活があったので、それには出ると言った。

 帰りはサッカー部のメンバーと帰るからひとまず大丈夫だろうって。


 俺は教室でAとわかれ、別の友達と下校した。

 少し遠回りをし、途中で公園前を通ってみたが、Aの言っていた掲示板には何も貼っていなかった。


 見つかって剥がされたのだろうか。

 それとも、やっぱりAの勘違いだったとか?


 まあ、それならそれが一番いいか。

 貼り紙がなかったことで、俺は頭を切り替えて帰路に着いた。


 その日の晩。



 Aがおかしくなった

 


 俺のスマホにそんな電話が入った。

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