第12話 貼り紙の家 2/2

 スマホにかかってきた電話は、たまに一緒に遊ぶことのあるAの兄ちゃんからだった

 

 Aの様子がおかしい、何か知らないか、って。親はAのことで手が離せないから俺が連絡したって。

 かなり焦った声の電話だった。


 Aの兄ちゃんは俺の前にも一件、Aの所属するサッカー部のキャプテンにも電話を入れたらしい。

 それをふまえてもわからないことだらけで、今度は一番よく遊んでいる俺に電話をかけたらしかった。


 聞いた話をまとめるとこうだ。


 サッカー部のメンバーはAも含め、顧問が来るまでそれぞれ自主練をしていた。

 けどもうすぐ部活が始まる時になって、Aが急に「俺……帰るわ」と言い出した。

 

 先生には用事だって伝えてと言い、わけを聞く間もなく荷物をまとめて走ってったらしい。


 キャプテンは何かあったのかって周りに聞いたが、チームでトラブルが起きた様子はなかった。


 けど帰る直前、Aがこう呟くのを聞いたメンバーがいたそうだ。



 

 見つかった、って。




「……。様子がおかしいっていうのは……?」


 唾を飲み込みながら尋ねる俺に、Aの兄ちゃんは少し間をおいて話し始めた。

 

 Aは窓やカーテン、ドアを開けるようとするのを異様に怖がる。


 食事の時間になっても部屋から出ようとしない。トイレにも行こうとしない。


 病院に行こうって言っても、ものすごい力でベッドにしがみついて離れない。


 理由を聞いても話さない。


 ただ


「見つかった」「見つかった」「見つかった」


 と、うわごとのように繰り返しているのだという。





 

 次の日、Aは学校に来なかった。

 Aの兄さんも、電話をかけたのは俺だけだったのだろう。大きな騒ぎにはなっていなかった。


 俺は結局、貼り紙の家のことを話すことができなかった。


 Aに言うなって口止めされてたからというのはもちろんある。

 けどそれは言い訳で、話すことで俺が巻き込まれることになるかもしれない。そんな恐怖があったからだ。


 でもやっぱり罪悪感からか、2日経っても登校しないAのことが心配になってきた。

 

 もう遅いような気もするけど、俺は友達を誘ってAの家にお見舞いに行くことにした。


 玄関先に出てきたAの母さんはやつれていた。

「Aはまだ部屋から出られなくて」と本当に申し訳なさそうに謝って、胸の奥がズキンときた。

 

 俺たちは小遣いを出し合って買った菓子袋をAの母さんに手渡して、そのまま帰ることになった。

 予定では一緒に見舞いに来た友達と遊ぶ予定だったか、そんな雰囲気でもなく、自然に解散する流れになった。


 そんなAの家からの帰り道。

 俺はたまたま通りかかった公園の前で足を止めた。


 妙に静かだったのだ。

 見ると、いつもは誰かしら遊んでいる公園に、今日は誰の姿もない。


 にもかかわらず……どこからか視線を感じる。 


 その正体はすぐにわかった。公園の前の掲示板に貼り紙があったのだ。


 そこに書かれていた似顔絵が俺に視線を向けていた。

 顔の下には太いマジックで『探しています』の文字。

 

 Aが言っていたのはこれかと、一瞬思った。

 でもすぐに違うとわかった。




 この顔はAには似てない。

 俺に似ている。

 



 探しています


 その文字をもう一度見た時、自分に向けられた視線が急に増えた気がした。

 顔を上げると、すぐそばの電柱にも同じ似顔絵が貼ってある。


 その向こうの電柱にも。

 またその次の電柱にも同じ貼り紙がある。


 探しています

 探しています

 探しています





 







 

『見つけた』




 







 耳に届いたのは、男とも女ともつかない異質な声だった。

 

 それがどこからかはわからないけど……すぐ近くから聞こえた。


 俺の頭の中は真っ白になった。


 次の瞬間には、俺は絶叫しながらその場を走り去っていた。


 無我夢中で走った俺が辿り着いたのは、家じゃなくて学校だった。

 近かったからだろうか。その時の自分が何を考えていたのかはまるで覚えていない。


 けたたましく職員室の窓を叩く俺を見て、外に出てきた先生が「どうした、どうした! 落ち着け!」と抱きしめてくれたのは覚えている。


 それから俺は校長室で保護されるような形になった。

 すぐに教頭先生からの連絡で親が迎えにきたが、俺は学校から出られなかった。


 外に一歩出たが最後。

 俺を探しているヤツに出くわすような気がした。


 この時点で1人じゃもう抱えきれなくなり、全ての事情を親や先生たちの前で喋った。


 親も先生も唖然とした表情で話を聞く中、いちばん年配の先生だけが、「……区長さんならなにかわかるかもしれん」と言って校長室を出て行った。


 


 

 それから15分。親が何を言っても俺は頑として動かなかった。

 そんな折に、地元の区長さんが校長室にやってきた。祭りで何度か見たことのある、神社の神主も一緒だった。


 俺の話を聞くと、魅入られてしまったか、と神主さんの方が言った。


 それから「何もわからん方が怖いだろうし、わしらの言うことも納得できんだろうから」と、貼り紙の家のことを話してくれた。

  

 あの家には一応人間が住んでいる。

 だが人間じゃないモノもおそらく棲みついている。


 住人が何かを引き寄せたのか。何かが住人をおかしくしたのか。

 区長さんたちにも全貌はわからないらしい。


 色々な意味で“厄介な家“であるのだが、法律上は住人が存在するために行政も手が出せない現状。

 それでも子供が近づかないように、ずいぶん昔だが、公園や公民館、果ては地元の店までも移転させたりしたほどだという。


 おそらくAと俺が体験したことは、あの家に棲むの仕業ではないかと言われた。


 そして念のこもった貼り紙に触れたことで目をつけられてしまった。


 そういう見解だった。


 そのあたりで、ずっと口をつぐんでいたうちの両親が口を開いた。

 神主さんがいるのもあって、お祓いとかお願いできるんでしょうか、みたいなことを聞いていた。


 しかし神主さんは、家の持ち主による協力が望めない以上は難しく、仮に家に入れたとしても祓えるかどうかわからない。

 むしろあの家主に無理してコンタクトをとるのは、別の意味で危険だろうと首を横に振った。


 そんな俺たち家族に提案された唯一の対処法は、この町を離れることだった。

 

 区長さんたちの知る限りでは、町を出てあの家から距離をとった者には、異変が及んでいないのだという。


 要するに引っ越せってことだった。

 なんなら隣の学区でもでもいいからなるべく早く。そこなら転校しても、中学で今の友達と一緒になれるからと。


 そんなことを、区長さんも神主さんも大真面目な顔で言うのだ。


 あまりに急だし、わけのわからない話ではあった。

 でも戸惑う両親を尻目に、俺はそうしたいとはっきり言った。


 外で感じたあの視線。あの声。

 思い出すと気が狂いそうだった。

 

 戸惑った表情で視線を落としていたうちの両親だったが、そのうちに父親がぽつりと一言「区長さんの言う通りにしないか」と母親に言った。


 Aの話もふまえて、ただ事ではないと感じたのもあるだろう。

 けどそれ以上に「○○はよっぽどのことがないと、こんなに怯える子じゃない」って、俺のことをそう言ってくれたのは嬉しかった。


 区長さんが静かに頷くと、教頭先生に書類を持ってくるように伝えた。

 そしてその場で転校の手続きがとられたのだが、さすがにそのスピード感にはびびった。


 うちは一人っ子だったのと、アパート暮らしだったのもあり、転居の手続きもあっさりしたものだった。

 

 5日ほど県外のじいちゃんちに出されていた俺だが、6日目には隣町の新しいアパートに入居。

 翌週には新しい学校への通学が決まった。


 でも転校の理由は「呪われたからです」とは流石にいえず、今も胸の中にしまったままでいる。


 Aはあれから連絡が取れていない。両親の話では家族みんなで遠くの県に移ったらしいが……。


 無事にだろうか。俺は今も気になっている。

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