第14話 Y小学校の家庭科室 2/2★★
時間にして1分もかからない距離なのに、その時だけはやけに遠く感じましたし、いろんな考えが頭に浮かびました。
面倒なことになってもいいから、いっそ子供のイタズラであってほしい。そんなことさえ考えていました。
家庭科室の前までやってくると、入り口の扉も開いていました。窓の閉め忘れといい、見回りの先生がいい加減だったのでしょう。
そのせいで私がこんな目に……。
恐怖と怒りで半泣きになりながら私は廊下から中を覗きました。
女の子はさっきと同じ位置にいました。
位置関係からして、私の姿は視界に入ったでしょう。けれど女の子はぴくりとも動かずに、何も書かれていない黒板ただ見つめるだけ。
生きた子供なら反応がないなんてあり得ません。なので私は声をかけませんでした。
もしも女の子と目が合ったりなんてしたら、私は気を失ったと思います。
私はなるべく女の子を見ないようにしながら、室内に足を踏み入れました。
幸い、開いていたのは女の子が立っている場所とは反対側の窓。近づかずに戸締りすることはできます。
私は静かに窓を閉めました。鍵をかけようとする自分の指が今まで見たことがないくらいに震えていました。
それから家庭科室を出ようと、静かに踵を返した時です。
さっきまでそこにいた女の子がいなくなっていたのに気づきました。
気配も何もなく。本当に忽然と消えたのです。
みなさんだったらどうでしょうか。ホッとするでしょうか。
私は違いました。むしろ恐怖が膨らみました。
姿は見えないだけで、そばにいるのではないか。
たった今、私と女の子の立場が入れ替わっただけではないのか?
見ている立場から、見られる立場へと。
「もう無理ぃ……」とか、そんな泣き言を言いながら、私はよたよたと廊下に出ました。本当は一刻も早く学校の敷地から逃げ出したかったですが、膝が震えて言うことを聞きませんでした。
壁に手をつきながら歩いて、なんとか下駄箱まで辿り着きました。
今度はセキュリティも問題なくかかり、外に出た時になってようやく呼吸が整ってきました。
落ち着いてくると色々な疑問が浮かんできます。
女の子は何者なんでしょう、とか。どこに行ったんでしょう、とか。これって上司に報告しなきゃいけないやつ? とか。
いろんな考えが際限なく浮かんできますが、今は一刻も早く学校から離れたい。
私は乱暴に車のドアを開け、車のエンジンをかけました。
その時、助手席から音が聞こえました。
カチャって音。
女の子が隣に座ってこちらを見ていました。
さっきまでの無表情とはまるで違う、ニタっとした笑顔で。
悪戯っぽいとかそんな可愛いものじゃなく、ねっとりとした悪意のある笑みに見えました。
——よっぽどショックだったのでしょう。その直後の記憶が残っていません。
気づくと私は校舎の外壁を向いてうずくまりながら、同僚に背中をさすられていました。
後に聞いたところでは、先輩の元に私が電話をかけたそうです。その時の様子がただ事ではなかったということで、先輩はすぐに学校に駆けつけてくれて、泣いている私を発見したとのこと。
私がうわごとのように「助手席が、助手席に」みたいなことを繰り返していたので、先輩は警戒しながら車内を覗き込んでくれました。
けれど女の子の姿はなくて、私が何を怖がっていたのか、その時は先輩にもわからなかったそうです。
ただ誰もいないのに、助手席のシートベルトが閉まっていたことだけが気になったと言いました。
翌日から私は体調不良を理由に、一週間ほど仕事を休みました。
先輩がうまく言ってくれたのでしょう。校長先生も深くは聞かず、「ゆっくり休んでくださいね」とだけ言ってくださいました。
それから私は復職することができましたが……20時が近づくと、今でもあの夜のことを思い出します。
きっと一生、忘れることはなさそうです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます