第6話 U病院の霊安室 2/2★★
背中を冷たいものが走った。気づくと俺は、全速力で廊下を走っていた。
噂じゃない。この病院はマジかもしれないって思った。
ロビーにたどり着くと、1人でスマホを見つめるBの姿があった。Bは俺を見るなり「あれ、Aは?」と尋ねてきた。
息の上がった俺はすぐに答えられず、そんな俺を尻目にBは「くそ、やっぱ電波繋がんねーわ」とスマホをポケットに収めた。
「なあ、俺らAにからかわれてんじゃね?」
Bは唐突にそういった。先導しておいて姿を見せないし、ここへの侵入口を見つけたのもAだ。
思い返せば、居酒屋で廃病院の話題を始めたのもAだった気がする……。そう思ったのもあって、Bはロビーに残ったのだという。
「イタズラなら潮時だろ。呼んでも出てこないなら帰ろうぜ」
イタズラという言葉に、俺は首を横に振った。そしてようやくナースステーションでの現象を喋ることができた。
Aの仕業だとするなら、音を鳴らして驚かすまでなら理解できる。
でもナースコールのランプを光らせるなんて、イタズラでやるわけがない。
「この病院絶対やばいって、Aをおいてったらやばいって」
「んー、……てかお前もグルとかじゃ」
「そんなことするかって! なんかあったかもしれないって!」
ナースコールのくだりでは顔を引きつらせたBだったが、それでもAのイタズラという線で考えているようだ。
しかし俺があまりに必死なものだから、「わかったわかった」となだめるように応じた。
それでAを探すことになったんだけど、闇雲に探すにはあまりに広い。で、Aはどこへ向かったのかって話になった時、俺たちは小学校の時の噂の中身を思い出した。
この病院には一つだけ、名前のついていない部屋がある。
その部屋では、病院が営業していた当時から、おかしな現象が報告されている。
俺とBが覚えていた話はおおむね同じだった。もう一度二人で案内板の所へ向かい、ライトで照らしてみる。
名前のない部屋。そんなもんなければ、噂は噂のままで終了。俺も引き返すつもりだった。
ゆっくりと明かりを動かしていく。
別館1階の一番奥に、空白のスペースが存在しているのを見つけてしまった。
その部屋だけ確かめて帰ろう。俺とBはそう決めて廊下を歩き始めた。
Aは2階の渡り廊下を通って別館へ向かったようだが、俺が頑なに2階へ上がるのを拒んだ。
ナースステーションの現象をBに信じてもらいたい……そうは考えたものの、あそこに戻るのは無理だった。あの曲がまた聞こえてきたなら、今度こそ心臓が止まるんじゃないかって思った。
少し遠回りだが、一階の北側通路を迂回して別館へと向かう。
Bはまだ俺たちを疑っている感じの問いかけをしてきたが、それが逆に心強かった。
こいつまでビビり出したら、とてもAを探していられる気がしない。
とはいえここに長く居続けるのもきつい。Bもそう感じているのだろう。ここに来た時とは倍くらいの早足で、脇目も振らずに歩いた。
そのため、すぐに目的の場所に辿り着いた。
案内板に表記のなかった部屋。他の部屋にはドアの上に名称のプレートがあるが、この部屋にはそれもない。
それ以外は普通だ。でも、ドアノブに手をかけたBが息を呑んだのが分かった。
ドアの向こうに何かがいる。言葉にできないけどそんな感じがした。
「おーい、A。……いるんだろ」
ドアを開けると、ゆっくりと明かりが漏れた。
その時に見た光景をそのまま話す。
まず目の前にAの後ろ姿があった。つまり俺たちは探していた人間を見つけた。
で、その奥の壁に
Aは俯くようにして、視線を落としていた。
Aの背中の向こうにはベッドがあって。
その上に人間のようなものが横たわっていた。
はっきりとは見えなかった。とてもはっきりと見てられなかった。
線香の匂いに混じって微かな異臭が鼻をつく。
それに気づいたのと同時くらいだった。やけに低いトーンで「なあ」って呼びかけられた。
状況からしてAが俺たちに言ったんだろうけど、その声は聞いたことのない別人の声だった。
それからAがゆっくりとこっちを振り向くような動きをしたが、顔を合わせる間もなく、全速力で部屋を飛び出した。
それから俺とBは一言も喋らず病院の敷地を駆け抜けた。そこから一度も止まらずに、最寄りのコンビニまで走った。
膝に手をつきながら、そこでようやく「なんだよあれ」とBが口を開いた。
「あの部屋、何だよ、霊安室? あれ……まさか、いや」
Bはそこで言葉を飲み込んだ。言葉にしたら、認めてしまいそうになるからだろう。俺も同じ気持ちだった。
背を向けたAの向こうにちらっと見えたあれは、人間の足首だ。
薄暗かったけど、一瞬だったけど、間違いない。目に焼きついていた。
「どうする、警察に電話するか?」
「いやまだあれが何なのか、イタズラかもしんねーし、俺らも勝手に入ったしっていうか……。
くそ、もうわけわからねえって……!」
声がデカくなってきた俺たちの様子を、車から降りた客が
俺たちはとりあえず、このあたりで唯一、深夜まで空いていたカラオケ屋に移動した。
それから明け方になって、俺たちはようやく警察に伝えようって結論を出した。
信じてもらえるかはわからんし、面倒なことになりそうだとは思ったけど、あの病院には俺たちが入った痕跡が残っている。もし事件となれば、その方がやばいって思い、二人で洗いざらい話そうって決めた。
駅前の交番に二人で入ると、若い警官が俺たちの応対をした。
最初は話半分に調書をとっているようだったが、死体を見たかもって話をしたら態度が変わり、電話でもう一人警察官を呼んだ。
現れた上司っぽい警察官は「これから調べに行かせます。念の為、皆さんの連絡先と身分証をお借りしたいのですが。また後日、お話をうかがうことになるかもしれないので」と言って白い歯を見せた。
その視線は完全に怪しいヤツに向けるそれだったが、一も二もなく承諾した。
俺たちはもうあそこに行きたくない。調べてもらえるなら何でもよかった。
なんかの間違いであったことを確かめてくれ。そういう気持ちでしかなかった。
しかし翌日、再び警察に呼び出された俺たちが聞かされた話は、予想していたものとはかなり違った。
まずあの病院に、死体らしきものはなかった。俺たちが伝えた部屋も見たし、付近の捜索もしたが、それらしい痕跡すら見つからなかった。
そこまで聞いて、俺たちは「じゃあやっぱAのイタズラだったのか?」って顔を見合わせたら、「そのAさんのことなんですが」と警官の声色が変わった。
「Aさんは5年前から行方不明で、捜索願いが出ています」
それを聞いて、は? ってなった俺たちは「でもあいつ同窓会に来ましたよ」って言ったら、警官は手帳に視線を落としながら言った。
「同窓会の幹事さんはAさんの連絡先を知らず、彼を呼んでいなかった。
しかし会の前日にいきなりAさんから電話があって、同窓会に参加できないかって言われて。
幹事の子は捜索願いが出ていることなど知らなかったので、それで急遽、予約の人数を一人増やしたそうで」
聞けばAは高校への進学と同時に引っ越し、それからしばらくして行方不明になったそうだ。家出と言われているが真相はわからない。
ただ家出にしろそうじゃないにしろ、どうして5年も過ぎた今、Aは同窓会に姿を見せたのか?
そんなことを考えていたら、警官が俺たち二人に視線を戻した。
「幹事さんに電話があった際、Aさんがしきりに尋ねたそうです。
あなたたち2人は同窓会に参加するか? と。
参加することを伝えたら『分かった』って電話を切って。
どういうつもりでそんなことを尋ねたのか。まあ本人が今も見つからないのでわからないんですが、何か心当たりはありませんか」
その言葉を聞いて血の気が引いた。
Aがどういうつもりだったのか? そんなもんこっちが聞きたかった。
ただ一つ言えること。
それはあの夜、行方不明だったAは俺たちの前に突然現れた。そして偶然を装いながら、俺たちをあの部屋へと連れていった。
それが事実ということだけだ。
あの夜を最後に、Aの行方は今でも見つかっていない。
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