第5話 U病院の霊安室 1/2★★

 心霊スポットっていろんなとこにあるじゃん。

 トンネルとか墓場とか。あるいは廃墟とか。


 俺の田舎にもそういう場所があってさ。ずいぶん昔につぶれた病院。廃病院っていうのかな。


 結構大きい病院で、俺が生まれるちょっと前までは地域の医療を支えていたらしい。


 けど経営に行き詰まって、負債を抱えたまま持ち主は行方知れず。解体することもできずにそのまま放置された病院があったんよ。


 その病院が「でる」って、小学校の頃にそんな噂があったんだ。


 でもそんなもんは面白おかしく喋っているだけで、実際に見に行こうなんてやつはいなかった。


 病院は町の外れにあってさ。昔は周辺が栄えていたみたいなんだけど、病院がつぶれたのと一緒にシャッター街になった。


 だから実際に建物を見たことのある奴すらほとんどいなくて、まあ地域の都市伝説みたいな扱いだった。


 そんでこの前の話。大学の秋休みに入ったころ、俺は久しぶりに同窓会で田舎に帰った。


 同窓会が終わって二次会みたいな感じで、久しぶりに会った友達2人と小さい居酒屋で飲みなおしていた。


 その2人(AとB)とは中学を卒業して以来の顔合わせだった。けどやっぱり子供の頃の話は盛り上がるもので、会ってなかった数年の空白が埋まるのはあっという間だった。


 そんな2人と思い出話に花を咲かせているうちに、どういうわけか、あの廃病院の話になった。そういえば小学校の頃にそんな噂があったよな、みたいな感じで。


 それからその場のノリというか、酒の力も手伝ってか、例の病院を見に行ってみようぜ……ってなったのだ。






 居酒屋から4、50分くらい歩いたと思う。けど喋りながらの道中はあっという間だった。


 気がつくと俺たちは例の病院の前までたどり着いていた。


 U病院。


 門前の立派な看板を見て、俺たちははじめて病院の名前を知った。


 建物は二階建てで、パッと見2つの棟が渡り廊下でくっついている。どちらかの棟が治療棟、どちらかの棟が入院棟なのかもしれない。


 地図アプリには“旧U病院“と表示され、写真が何枚か投稿されているが、それ以上の情報はなかった。


 スマホを見ながら先導をしていたAが「内部の写真も載ってるってことは、どっかから中に入れるみたいだな」と言って駐車場の裏手に向かった。


 正面玄関は手すりを鎖でぐるぐる巻きにされていて、まあ入れそうにない。破壊するわけにもいかないので、もう1人の友達(Bって呼ぶ)と一緒にAの後に続いた。


 3人でスマホのライトを頼りに周囲を探すと、入り口は案外簡単に見つかった。


 非常階段の脇にある扉が半開きになっている。地図アプリに写真を投稿したやつもここから入ったのだろうか。


 不法侵入とかになりそうだし、普通はここで「やっぱやめとくか」ってなってもおかしくないだろう。けどAが「入れんじゃん。行こうぜ行こうぜ」みたいなこと言って開けるもんだから、俺とBも後に続いた。


 長い廊下を歩くと、ロビーのような場所に出た。受付と会計のカウンターがそれぞれ一つづつあって、その前にはピンクの長椅子がいくつか置かれている。


 ロビーからはまた廊下がいくつか伸びていて、封鎖された正面入り口の横には階段とエレベーターがあった。


 案内板を照らすと、診察室や病室だけでなく、放射線室や手術室なんて表記も見られた。


 でかい病院ってのは本当だったんだな。そんなことを考えていると、いつの間にか階段を上っているAの「おーい、行くぞ」という声が聞こえた。


「おう。……あれ、Bは行かねーの」


 階段のほうへ足を向けた俺だったが、なぜかその場につっ立ったまま案内板を眺めているBに声をかけた。


「もしかしてビビった?」


 俺の煽りにBは「そうじゃないけど」と言って、少し声をひそめた。


「なんかさ。変な感じしないか」


「変って、霊的ななんかを感じるとか?」


「いや、うーん。どうなんだろ」


 曖昧な返事をするB。そしたらAの「先行ってるからなー」という声が響き、Bは「俺、ここで待ってるわ」と言った。


 いやビビってんなら、1人で残る方が怖くないか。そんな風にも思ったが、まあ無理強いしてもアレなので、俺は1人で階段へと向かった。






 

 1人でさっさと行ってしまったのか、階段を上り終えたらAの姿はなくなっていた。


「おーい、どこいったー?」ってやる気のない呼びかけをしながら、いろいろ部屋を見て歩いた。

 

 Bを煽っておいてあれだが、やっぱそれなりに不気味さを感じた。夜逃げに近いような形で閉院したせいなのか、やけに残留物が多かった。


 ベッドや車いすなんかの設備だけでなく、部屋によってはカルテや薬瓶なんかもそのままにされている。


 人間の痕跡を生々しく感じるというかなんというか。そこで働いていた人たちや患者の息遣いを感じる。


 心細くなってきた俺は先に行ったはずのAを足早に追ったが、一向に姿が見えてこない。


 おまけにナースステーションを挟んで廊下が二手に分かれた場所に出てしまい、いよいよ追跡は難しくなってしまった。


 そのあたりで俺はちょっと違和感を覚え始めていた。なんであいつ、呼んでも返事しないんだ?


 そもそもAは俺の先を歩いているはずだが、廊下からAの足音が聞こえてこないのだ。自分の歩く音はこんなに響くのに、気配すら感じないなんておかしい。


「マジでどこ行った。もしかしてビビらせようとしてる?

 だったら俺、先に戻るぞ」


 呼びかけにもAからの反応は全くない。イラつき半分、心細さ半分で、俺はBの待つロビーに戻ろうとした。


 その時だ。なんか音楽が聞こえてきた。

 

 電話の保留音みたいな音。曲名はわからないけど、多分クラシックの曲。それが突然廊下に響いた。


 館内放送とかじゃなくて、すぐそばから。




 目の前のナースステーション。音はそこから聞こえてくる。



 

 まともな状況で考えたら、そこにAが隠れてるって思うところだろう。だってこの病院はもう使われていない。


 Aは隠れて俺を驚かそうとしたが、不運にも着信があって、俺にバレてしまった。そう考えてもおかしくないだろう。


 けど俺にはそう思えなかった。音がかすれ、どこか物寂しく感じるその曲が、活発なAのスマホから流れているイメージがわかなかった。


 おそるおそるナースステーションの奥を覗き込んで、嫌な予感は確信に変わった。




 “ナースコール“と書かれた電子ボード。

 1つの部屋のランプが、暗闇の中で点滅していたのだ。

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