第3話 33番のバンガロー 2/2

 バーベキューを楽しんだ後は、Kが売店でしこたま買い込んだ菓子をつまみながら酒を飲んだ。


 ここに到着した時こそあんな調子だったKだが、ビールを2・3缶開けたあたりで幽霊のことなんか忘れたみたいに酔っ払っていた。

 まあ俺が意図的に話題に出さなかったのもあるけど、懐かしい話もしたりして、普通に楽しい酒になった。


 深夜1時を回って、Kは目をしばしばさせながら「そろそろ寝るわ」と言った。俺はタバコ吸ってくるから先に寝ててくれって言うと、Kは「おーう」って言って布団に潜った。


 あの調子なら朝まで起きないだろ。俺はひっそりとカメラを持って外に出た。


 周りのバンガローからも明かりは消えていた。管理棟の前にある自販機と共用トイレの周りだけが煌々と輝いており、昼間はいなかった昆虫たちが群がっている。


 車を停めた駐車場まで歩くと、俺は懐中電灯の灯りをつけた。くすんだ黄色と黒のロープが闇夜に浮び、その先には砂利の道が伸びている。


 昔はこの先にも車で行けたのかもしれないな。そんなことを考えながらロープを跨いだ。一瞬、Kの忠告が頭に浮かんで立ち止まったが、別に変な感じもしない。


 そのまま歩くと、虫の声に混じって川の流れる音が聞こえてきた。その音がだんだんはっきり聞こえてきたあたりで、広場のような場所に出た。


 周りが真っ暗闇で最初はよく見えなかったが、周囲を照らすと、その広場を囲むようにしてバンガローが並んでいるのが見えた。


 形は俺たちが泊まっているものとそう違いはない。けど外壁のペンキが剥がれたり、丸太が腐ったりしていて、何年もメンテナンスがされていないのがわかった。


 近くのバンガローを照らすと、立て札に30って書いてあり、隣のバンガローには31と書いてある。少し道を下った先、川沿いに3軒のバンガローが見えた。


 おそらく、あのどれかが問題のバンガローなんだろう。


 足音を殺すようにして近づき、バンガローを照らすと、真ん中のバンガローに“33”という数字が見えた。


 ここが、事故に遭った姉弟きょうだいの泊まっていたバンガロー……。


 部屋の前に立ち、手にかいた汗を拭ってドアノブを握った。

 しかしもちろん鍵がかかっていて、扉が開くことはなかった。


 その瞬間、俺は「ふー」っと大きく息を吐いた。それからようやく、額をつたう玉のような汗をタオルで拭った。


 開かなくてホッとしたというのが正直なところだった。




 だってそのバンガロー、中に人の気配がしたもんな。




 根拠はない。でも中に誰かいる。

 確証に近いレベルでそう感じた。


 ドアが開けば、そのと出くわすことになる。

 矛盾してるけど、ドアを開けようとしながら、開かないでくれって思ってた。そんな感じだ。


 どうあれ深夜に現場まで行ったんだし、数枚の写真も撮れた。もう引き返してもいいだろ。


 そう思って扉を離れ、引き返そうとしたその時だ。なんの気もなしに、俺はバンガローのそばを流れている川にライトを向けた。




 白い服の女の子が立っていた。

 暗闇で真っ黒に見える川の流れの、ちょうど真ん中あたりに。




 いや、立っていたっていうのがあってるかわからない。

 川が音を立てて流れているにも関わらず、女の子の体は完璧に静止してこちらを向いている。

 

 幽霊なんて信じなかった俺でも、一発でソイツが生きた人間ではないことがわかった。


 普通ならさ。この時点で絶叫しながら逃げるじゃん。それが普通だしそうすべきだったと思う。


 でも俺は仕事だって意識があったのか、どっかおかしくなっていたのかわからないけど、首から下げたカメラを女の子に向けた。


 フラッシュが光った瞬間に女の子の姿が闇に浮かんだ。身を包むワンピースはぐっしょりと濡れて、長い前髪の隙間からは青白い口元が見えた。


 やった。撮れた。

 そう思って踵を返そうとした時だ。俺は自分の体の異変に気がついた。


 振り返ろうとしても動けない。

 それどころか、足が勝手に女の子の方に向かって歩き始めている。


 片足が川に入り、冷たい水が靴下に染み込んだ。

 そういうのを感じる感覚はあるし意識もある。なのに自由がきかない。そのまま背中を押されるみたいにどんどん体が水に浸かっていく。

 

 両膝が濡れたあたりで俺は泣き叫びながら謝った。そんな俺を女の子はただ見ている。


 このままだと強制的に自殺させられる。

 そう思った時だ。


「うちの馬鹿がバカなことして申し訳ない。

 今日はこれで勘弁してもらえませんか」


 背後からKの声と、ドサドサって何かを落とすような音が聞こえた。


 それからバシャバシャと水をかき分ける音がこっちに近づいてきたかと思うと、Kは水に浸かりながら俺の横に並んだ。


 そして


「俺が代わりにこいつを川に沈めておきますんで!」


 そう言って俺の頭を掴んで、思いっきり水に沈めた。


 今でもわからない。あれはどんぐらい沈められてたんだろう。

 水中でガボガボ言いながらパニックに陥った俺だが、気づくとKの手は離れ、体は動くようになっていた。


 目の前から女の子の姿はなくなり、辺りにはただ水が流れる音だけが聞こえていた。





 翌日になってKからあの夜のことをいろいろ聞いた。

 付き合いの長いKは、俺がこっそりバンガローに向かうことをなんとなく予想していたんだという。


 少し間を空けて後をつけると、ちょうど俺が川であの状態になっているところだった。

 で、Kは慌てて叫んだんだけど、Kが叫んだ後の何かを落とすような音は、売店で買ったお菓子をばら撒く音だったそうだ。


「子供の霊だって聞いてたからお菓子を持ってったけど、アレがなかったら死んでたな。お前」


 どういうことかって尋ねると、「お前が見たのって女の子の幽霊だけか」ってKが質問を重ねてきた。

 そうだって答えるとKに




「お前の後ろで、男の子がニコニコしながらお前の背中を押してたぞ」




 そんなことを言われて再びゾッとした。


「でもお菓子をばら撒いたら、男の子は押すのをやめてお菓子の方に向かってった。そしたら女の子の顔がちょっとだけ男の子の方を向いたんだよ。

 そのタイミングでお前の頭を川に沈めたら、なんか女の子も消えてくれたな」


 体の自由が効かなかったため状況がよく分かってなかった俺だが、これでやっとあの夜に起きていたことが飲み込めた気がした。


 それからKは助手席でキャンプ場のパンフレットを眺めながら「説教する気じゃないけども」と切り出した。


「お前が今生きてるのは、あの子たちの気まぐれだ。あの二人が本物の悪霊だったなら、お前も俺もあそこで死んでた。

 今度あのキャンプ場に行くようなら、花の一つも供えておけよ」




 

 翌日、俺は会社に出て、そして辞表を提出した。


 カメラの中には最後の仕事の成果が残っていたが、それは言わずに黙ってデータを消した。


 こういう仕事は向いてなかったんだって、その時に思った。


 それから俺は毎年、あのキャンプ場に花を供えに行っている。

 今年は明日行く予定だってKに伝えたら、「じゃあ俺はお菓子買ってくわ」って言って笑った。

 

 明日はちょうど二人の命日だ。

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